3 / 10
1回ウラ
しおりを挟む
弦の第一印象は、正直全くもって良くなかった。
俺の地元はなかなかの田舎で、男に生まれたらとりあえず皆野球を始めるもんだったから、俺も何の疑いも持つことなく右にならえで気がつけば小学校のクラブチームで白球を追いかけていた。
だから、一体どこがどう好きなんだと言われると困り果ててしまうが、まあちゃんと野球は好きだ。中学に上がってもそのまま学校の部活で野球を続けた。
一方の弦は中学時代リトルシニアリーグでずっとやってたエリートだった。
俺とはそもそも軟式か硬式かってところから違うから、同い年で近い地域で野球をしていたのに一度も顔を合わせたことが無かった。
それでも弦の名前はちょくちょく耳にしていたから、たぶん結構な成績を残してたんだと思う。なんかすげぇヤツがいるんだな、くらいには思っていた。
弦の顔を初めて拝んだのは今の高校に入学が決まった後、入学前にある野球部の顔合わせの時だ。
「高野弦っていたじゃん?」
噂好きな中学からの部活仲間がスクールバスの中で嬉々として言った。
「アイツうちの高校来たらしいぜ」
「マジィ!?」
バスの前の席から体をよじって違う奴がこちらを覗き込んで叫ぶ。声がデケェとは思ってたが、ソイツが声を上げていなければ多分俺が言っていたと思う。
うちの高校は一応強豪校と言われるのだが、どうしても”一応”と付けてしまいたくなるのはまずうちの県が毎年どこの高校が甲子園に出場しても本当におかしくないような激弱地域だからだ。中学までに成績を残して有名になった選手はまず間違いなく大阪とか東京とか、強豪校ひしめく都会に根こそぎ連れていかれてしまう。
弦に声がかかっていないはずがなかった。
「これ俺らの代いけんじゃないのぉ??」
バスの中には今まで練習試合なんかで顔見知りだった奴も多く、誰ともなく声が浮つき始めて騒がしくなる。俺だって柄にもなく少し興奮してしまって、初日からバスの運転手にまとめて注意をされる羽目になった。
少し離れたところにある野球グラウンドまで俺たちはぷらぷらと広がりながら歩いていたが、音が近づいてくるにつれて無駄口を叩いてた奴らも緊張に唾を飲んだ。
校舎からグラウンドの入口に向かう道は丁度ブルペンのすぐ隣を通る。逆光の中見えるピッチャーがスッと足を上げ止まって、腕を振る。
スパァァアン
「ヤッばいな」
誰ともなく呟いた。中学野球では聞いたことのないような、高く突き上げる音が投球練習の球を受けるキャッチャーのミットから響いて俺たちの耳の中で反響した。
いや、俺たちだって野球が好きな野球少年な訳で、高校野球の試合が近くの球場でやってるとなれば見に行ったりもする。
それでもこんな欲しいところにガツンとくるような最高に気持ち良い音を、聞いたことあっただろうか。
「おい! 集合!!」
思わず俺たちは足が止まっていたようで、当時のキャプテンの大声で我に返って走った。
練習時間とか設備とか、くだらないローカルルールとか。
そういうこの部活でやってくのに必要不可欠なものを一通り説明し終わるとキャプテンがブルペンの方へと声をかけた。さっき投球練習してたのはきっとエースだろう。あんな投球ができるなんて、と分かりやすい俺たちはもう一つ背筋を伸ばす。
「おい弦! 新入生来てんぞ」
だが呼ばれたのはキャッチャーの方だった。キャッチャーマスクを外しながら小走りでこちらに長身細見の選手が駆け寄ってくる。
俺はこう見えて小学校時代はピッチャーをやらされていた。まあ中学に上がってからはどう考えてもピッチャーというタイプじゃなかったから早々に内野手に転向したんだが、あの頃すげぇ痛感したことを今さら思い出した。
捕球音の良し悪しはキャッチャーの実力が8割だ。
ソイツが眉をにゅっと上げて、俺たちに頭を下げる。
「――中学出身の、シニアでやってた高野弦です。これからよろしく」
少し枯れたハスキーボイス。体育会系らしいイントネーションの崩れた敬語。
弦は推薦入学で、俺たち一般入試組よりも早くから野球部の練習に参加していた。そのキッチリカッチリした礼を前に俺たちの半分は抑えきれず目を輝かせ、残る半分は顔を強張らせながらバラバラと頭を下げ返す。
おそらくこの時点で、俺たちのほとんどがコイツには勝てないと気付いていた。
俺は一瞬出遅れて帽子を取って会釈をする。
もちろんあの音を鳴らしていたのが同い年のチームメイトだったということへの驚きもあったが、それよりも俺は恐怖の方が大きかった。首がすくんで、血が腰の方まで引いていくのを感じる。一旦目線を外したらもう元に戻せなかった。瞬きを繰り返すと視界が小刻みに揺れる。口の中が気持ち悪い唾液でいっぱいになる。
やがて弦がマスクを被りなおしてブルペンへと駆けて行った。それでもまだ、俺はそこから動けなかった。
弦には顔が無かった。
唯一、濃い眉毛だけを残して。
俺の地元はなかなかの田舎で、男に生まれたらとりあえず皆野球を始めるもんだったから、俺も何の疑いも持つことなく右にならえで気がつけば小学校のクラブチームで白球を追いかけていた。
だから、一体どこがどう好きなんだと言われると困り果ててしまうが、まあちゃんと野球は好きだ。中学に上がってもそのまま学校の部活で野球を続けた。
一方の弦は中学時代リトルシニアリーグでずっとやってたエリートだった。
俺とはそもそも軟式か硬式かってところから違うから、同い年で近い地域で野球をしていたのに一度も顔を合わせたことが無かった。
それでも弦の名前はちょくちょく耳にしていたから、たぶん結構な成績を残してたんだと思う。なんかすげぇヤツがいるんだな、くらいには思っていた。
弦の顔を初めて拝んだのは今の高校に入学が決まった後、入学前にある野球部の顔合わせの時だ。
「高野弦っていたじゃん?」
噂好きな中学からの部活仲間がスクールバスの中で嬉々として言った。
「アイツうちの高校来たらしいぜ」
「マジィ!?」
バスの前の席から体をよじって違う奴がこちらを覗き込んで叫ぶ。声がデケェとは思ってたが、ソイツが声を上げていなければ多分俺が言っていたと思う。
うちの高校は一応強豪校と言われるのだが、どうしても”一応”と付けてしまいたくなるのはまずうちの県が毎年どこの高校が甲子園に出場しても本当におかしくないような激弱地域だからだ。中学までに成績を残して有名になった選手はまず間違いなく大阪とか東京とか、強豪校ひしめく都会に根こそぎ連れていかれてしまう。
弦に声がかかっていないはずがなかった。
「これ俺らの代いけんじゃないのぉ??」
バスの中には今まで練習試合なんかで顔見知りだった奴も多く、誰ともなく声が浮つき始めて騒がしくなる。俺だって柄にもなく少し興奮してしまって、初日からバスの運転手にまとめて注意をされる羽目になった。
少し離れたところにある野球グラウンドまで俺たちはぷらぷらと広がりながら歩いていたが、音が近づいてくるにつれて無駄口を叩いてた奴らも緊張に唾を飲んだ。
校舎からグラウンドの入口に向かう道は丁度ブルペンのすぐ隣を通る。逆光の中見えるピッチャーがスッと足を上げ止まって、腕を振る。
スパァァアン
「ヤッばいな」
誰ともなく呟いた。中学野球では聞いたことのないような、高く突き上げる音が投球練習の球を受けるキャッチャーのミットから響いて俺たちの耳の中で反響した。
いや、俺たちだって野球が好きな野球少年な訳で、高校野球の試合が近くの球場でやってるとなれば見に行ったりもする。
それでもこんな欲しいところにガツンとくるような最高に気持ち良い音を、聞いたことあっただろうか。
「おい! 集合!!」
思わず俺たちは足が止まっていたようで、当時のキャプテンの大声で我に返って走った。
練習時間とか設備とか、くだらないローカルルールとか。
そういうこの部活でやってくのに必要不可欠なものを一通り説明し終わるとキャプテンがブルペンの方へと声をかけた。さっき投球練習してたのはきっとエースだろう。あんな投球ができるなんて、と分かりやすい俺たちはもう一つ背筋を伸ばす。
「おい弦! 新入生来てんぞ」
だが呼ばれたのはキャッチャーの方だった。キャッチャーマスクを外しながら小走りでこちらに長身細見の選手が駆け寄ってくる。
俺はこう見えて小学校時代はピッチャーをやらされていた。まあ中学に上がってからはどう考えてもピッチャーというタイプじゃなかったから早々に内野手に転向したんだが、あの頃すげぇ痛感したことを今さら思い出した。
捕球音の良し悪しはキャッチャーの実力が8割だ。
ソイツが眉をにゅっと上げて、俺たちに頭を下げる。
「――中学出身の、シニアでやってた高野弦です。これからよろしく」
少し枯れたハスキーボイス。体育会系らしいイントネーションの崩れた敬語。
弦は推薦入学で、俺たち一般入試組よりも早くから野球部の練習に参加していた。そのキッチリカッチリした礼を前に俺たちの半分は抑えきれず目を輝かせ、残る半分は顔を強張らせながらバラバラと頭を下げ返す。
おそらくこの時点で、俺たちのほとんどがコイツには勝てないと気付いていた。
俺は一瞬出遅れて帽子を取って会釈をする。
もちろんあの音を鳴らしていたのが同い年のチームメイトだったということへの驚きもあったが、それよりも俺は恐怖の方が大きかった。首がすくんで、血が腰の方まで引いていくのを感じる。一旦目線を外したらもう元に戻せなかった。瞬きを繰り返すと視界が小刻みに揺れる。口の中が気持ち悪い唾液でいっぱいになる。
やがて弦がマスクを被りなおしてブルペンへと駆けて行った。それでもまだ、俺はそこから動けなかった。
弦には顔が無かった。
唯一、濃い眉毛だけを残して。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私の守護霊さん『ラクロス編』
Masa&G
キャラ文芸
本作は、本編『私の守護霊さん』の番外編です。
本編では描ききれなかった「ラクロス編」を、単独でも読める形でお届けします。番外編だけでも内容はわかりますが、本編を先に読んでいただくと、より物語に入り込みやすくなると思います。
「絶対にレギュラーを取って、東京代表に行きたい――」
そんな想いを胸に、宮司彩音は日々ラクロスの練習に明け暮れている。
同じポジションには、絶対的エースアタッカー・梶原真夏。埋まらない実力差に折れそうになる彩音のそばには、今日も無言の相棒・守護霊さんがいた。
守護霊さんの全力バックアップのもと、彩音の“レギュラー奪取&東京代表への挑戦”が始まる──。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる