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第一章 男装姫は孤高の王の夢を視る
第八話 僕が女なら
しおりを挟む「久遠、そこに座れ。あまり緊張しなくてもいい。ここには俺以外には誰も来ない」
「はい……」
王の寝室に入って、緊張せずにいられるわけがない。久遠は燦から手渡された敷布を丁重に断って、冷たい床の上に腰を下ろした。
ここに通される前、久遠は小刀の類を隠し持っていないかと調べられそうになり、あわや身ぐるみ剝がされる寸前だった。拒めば疑われるし、脱げば女であることを暴かれてしまう。
万事休すというところで燦が現れ、「調べる必要はない」と言って寝室まで通してくれたのだった。
燦の到着がもう一歩遅ければ、どうなっていただろう。そう考えただけで、背中に悪寒が走る。
燦は帯を解いて袍を脱いだ。内着の胸元をくつろげると、寝台の上に腰を下ろす。
久遠は燦に聴こえないように、こっそりと唾を呑み込んだ。
本当に、自分に王の夢見ができるのだろうか。不安でがたがたと手が震える。
「久遠。花緒の懐妊を言い当てた時、どのようにして夢見をしたんだ?」
すっかりくつろいだ燦が、寝台の上に横になりながら久遠に聞いた。
「はっ、はい! あの時はとても眠くて、花緒様と僕が隣に並んで眠ってしまったのです。恐らくその時に花緒様の手に触れて、そこから花緒様の夢が僕の頭に見えるようになって……」
あまり詳しく言うのも憚られる。花緒が前后だと知らなかったとはいえ、夫以外の男と一晩を過ごした話は、外聞がよくない。
だが、燦はそんなことを気にする様子はない。
「夢見では、子の性別も分かるのか?」
「いえ、そこまでは……。僕はまだ見習いですし、夢見もはっきりと見えるわけではないのです。一度目の前が真っ暗になって、それからぼんやりとした影がだんだん見えてきます。人の声も耳に聞こえてくるというよりは、心に伝わって理解するという感じでしょうか。だから、今夜の夢見にも、僕は自信がありません……」
願わくは、今からでも夢見を止めると言ってほしい。しかし久遠の願いはほんの一瞬で砕け散った。
「自信などなくていい。本心を言えば、俺は后など誰でもいいと思っている」
「誰でもいい? それはいけません! 后は次代の王母となるかもしれない御方です。ですから、今からでも僕の兄や父に交代を」
「主家の息のかかった覡など信用できるか。その点、お前はいい。どの主家とも繋がりがない」
「……僕が、父や兄から夢見の結果を指図されているかもしれないじゃないですか」
「指図されているのか?」
「いや、それは……されていませんけど……」
「では決まりだ。さっさと夢見をしてもらおう。俺がここで眠ればいいのか?」
「はい。僕が燦様と手を……繋がせていただきます」
燦は頷いて、寝台の上に横になる。久遠が床に座ったままじりじりと寝台に近付くと、燦は久遠の手首を握ってぐいと引いた。
その勢いで、久遠は燦の体の上に倒れ込む。
「わっ!」
「久遠。お前は一晩中床に座っているつもりか? 寝台で、俺の隣に横になればいい」
「……いやっ!? それは遠慮致します! 座っていないと、夢見に集中できませんから!」
燦は久遠のことを男だと思っているから、こうして遠慮なく距離を詰めてくるのだ。
隣に横になって眠ったりしたら、何かのはずみに女であることを知られてしまうかもしれない。それに、久遠にも一応、女としての隠れた恥じらいというものがある。男装していても、久遠は身も心も女なのだ。
燦から視線を逸らし、久遠は部屋の明かりを消した。
暗闇の中、掛布の下を探って、燦の手を握る。
上背があるからか、燦の手はとても大きい。繋ぐというよりも、すっぽりと包まれるような感覚だ。
この手から、どんな夢が伝わってくるのだろう。
(お願いです。夢に誰も出てこないで――)
そう願いながら、久遠も目を閉じる。
どれくらい時が経ったか――燦の静かな寝息が耳に入った。
(全く……花緒様といい燦様といい、随分と不用心な人)
しっかりと握り合った手には、汗が滲んでいる。一度放そうとすると、寝惚けた燦がぎゅっと握り返してきた。久遠は汗を拭くのを諦めた。
いよいよ、燦の夢見をする定めからは逃げられそうにない。
(花緒様の時は、どうして上手くいったのだっけ)
嵐の夜のことを思い出す。
あの時は、花緒の夢見をしようと思ってしたのではない。ただ嵐が怖くて手を握っているうちに、自然と花緒の夢の中に入った。
だが今日はあの日とは違う。
久遠の夢見には、綺羅ノ国のこれからがかかっている。
正しく夢見をしなければと思えば思うほど、心が追い詰められて、目にじんわりと涙が滲んだ。
その時――寝惚けているのか、燦が久遠の手を強く引いた。
久遠は寝台の上、燦の隣に倒れ込む。暗闇に目が慣れたのか、拳二つ分ほどの、すぐ目の前に燦の顔がはっきりと見えた。
(男の人の顔を、こんな間近で見ることはそうそうないな……)
男装している自分と、燦のような本物の男では、別の生き物のように感じてしまう。
すっと通った鼻筋、引き結ばれた口元。頬から首にかけての筋はがっちりとしていて、肩幅は久遠とは比べ物にならないほど広く、包容力がありそうだ。
不可抗力とはいえ、男と並んで寝台に横になっているのだと思うと、久遠の頬が緊張で熱くなる。
(そもそも僕は女なんだからな! 人の気も知らないで)
せめてもの抵抗で、久遠は燦とは反対側に体を向けた。これで彼の顔が目に入ることもない。
(僕が女だと知っていたら、夢見には父上か兄上を指名してくれたんだろうか)
部屋の外から聞こえる虫の声に耳を傾け、久遠は目を閉じる。
記憶にある限り、久遠は女の格好をしたことがない。
久遠が覚えている最初の記憶は、真っ暗闇に包まれた狭い蔵の中のことである。
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