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第二章 孤高の王は託された夢を探す
第十五話 夢見を求める理由
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(これは、また夢か……?)
いつもはぼんやりと人影が見えるだけだったのに、今夜はやけに鮮明に見える。
燦の夢に入り込んだのか、それとも現世なのかと迷っているうちに、気が付くと板塀に囲まれた屋外に立っていた。
背後では、建物が炎を上げて激しく燃えている。
(火事! それに、すごい雪だ)
夢の中だからか、熱さも寒さも感じない。しかし確かに背後では火が燃え盛り、足元には冷たい雪が積もっていた。
ふと、一筋の光が目の前を走った。
女の人らしき影が現れ、その光を受け止める。
周囲には、真っ黒な別の人影がいくつか、女を取り囲むようにゆらゆらと揺れていた。
(炎に、雪……そして、これはなんだ?)
激しい怒り、悔しさ、悲しみ、様々な激情が心に伝わってくる。そして、いつもなら聞こえない人の声が、はっきりと久遠の耳に伝わってきた。
『お前が、綺羅ノ王になどなれるものか……!』
「――うわああっ!」
寝台の上で飛び起きる。
そこが燦の寝室であることに気が付き、安堵のあまりに全身の力が抜けた。
(あれはなんだったんだ……?)
まるで太刀筋のような一瞬の光、そしてそれを受け止める女の影。振り続ける雪の中で建物が激しく燃える光景は、思い出しただけで恐怖が蘇る。
(あの光は、燦様の炎武の才に似ていた)
額にぐっしょりかいた汗を手の甲で拭い、一度大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
眠っている間に暴れてしまったからか、衣の胸元が乱れていた。女であることを燦に知られてはいけないと、久遠は慌てて襟元を引いて合わせる。
その時、いつも肌身離さず持ち歩いている物がなくなっているのに気が付いた。
「……あれ? どこ?」
大切にしている、母の形見の石。小袋に入れて胸元に入れていたはずだ。
夜闇の中でごそごそ探していると、燦が部屋の明かりを点けた。
「うわっ! 燦様、起こしてしまいましたか?」
「耳元で叫ばれて、眠っていられるものか。何を探している?」
「すみません……大切な石が見当たらなくて」
「石? どんなものだ?」
久遠は母の形見である石について燦に伝えた。翡翠でも水晶でも瑪瑙でもない、どこにでもあるただの石ころ。そんなものを後生大事にしていると知られたら、笑われるかもしれないと心配したが、燦は久遠と一緒になって必死に探してくれた。
「……久遠。もしかして、これか?」
寝台と褥の隙間に入り込んでいた小さな石を燦が拾った。
「それです! ありがとうございます!」
手を伸ばし、燦から石を受け取る。手のひらに収まるほどのごつごつとした灰褐色の塊を見て、久遠の目から思わず涙がこぼれた。
自分でも、これがなんの石なのかよく分かっていない。母の形見だと信じてはいるが、そもそも母に関する記憶が一切ないのである。
それでも、この石が大切で愛おしくて、絶対になくしてはいけないものだということは分かる。
「見せてもらってもいいか?」
「はい……でも、ただの石ですよ?」
久遠は燦に石を手渡す。燦はそれを、明かりの下でしげしげと眺めた。
きっと馬鹿にされる――てっきりそう思ったのだが。
燦の反応は、久遠の予想とは真逆だった。
「大切なものなのに、ただの石なんて言うな」
「え?」
「どうしても手放せない大切なものなら、卑下して隠すな。堂々と、これは自分の宝だと言えばいい」
「僕の、宝……?」
「ああ。この石には、小さな穴が空いているじゃないか。首飾りにできそうだ」
燦はどこからか飾り紐を持ってきて、石に空いた穴に通した。首飾りの形になったその石を、久遠の首にそっとかける。
「嬉しい……ありがとうございます。これで絶対に失くしません」
「……まったく。夜中に泣いて暴れるからだ。また俺の昔の夢を視たのか?」
「燦様の夢? あっ、そうだ……」
やはり、あれは燦の夢の中だったのだ。
「恐ろしい夢でした。雪が降る中、お屋敷が燃えて……あれは、燦様の過去ですか?」
「そうだ。だが、俺もはっきりとは覚えていない。いや、覚えていることが事実ではなかった……と言うべきか」
燦の言葉の意図が読み取れず、久遠は首を傾げた。
「覚えていることが、事実ではない……とは」
「例えば、お前は先日、霖に会っただろう? 霖の母親は誰だ?」
「それはもちろん、日紫喜家の大后様です」
「その通り。大后、つまり碧李家から嫁いできた水縹姫だ。では、もう一つ。俺と耀の母親は誰だ?」
「えっと……あれ?」
……おかしい。燦と耀は、霖の兄である。
当然、燦の母親も大后であるはずが、久遠の口からその言葉がどうしても出てこない。
口をあんぐりと開けていると、それを見た燦が小さく頷いた。
「俺の言いたいことが分かるか? 俺にも母親がいるはずなのに、それが誰なのか分からない。不思議に思う者もいない」
「いえ、おかしな話です。考えようとすると、頭の中のその部分だけに濃い靄がかかるような感じがして、思考が止まって……」
「ああ。そういうことだ。燃える屋敷の前で母が斬られるのを、昔から何度も夢に見る。あの夢が事実なのか、それとも俺が作り上げた虚構なのか、もう俺自身にも分からないんだ」
「そんな……」
泣きそうだ。なぜ天は、燦に辛い夢を見せるのか。
五主家の間では、燦は横暴で粗野な男だと言われていた。しかし、それはすべて彼の孤独の裏返しではないのか。
「お前は見たのか? 誰が母を斬ったのか」
燦は追い詰められたような表情で、俯く久遠の顔を覗く。
「……いいえ、はっきり顔までは分かりませんでした。一本の光の筋が走ったのと、女の人の叫び声。それに燃える屋敷と積もる雪。僕が見たのはそれだけです」
「頼む、それをもっと詳しく知りたい」
「だから燦様は、僕に夢見をさせるのですか?」
「そうだ。俺の記憶の中にある燃える屋敷は、日紫喜家の裏にある宝物殿だ。あの場所に入れるのは五主家の者のみ。俺は、母を殺した相手を探している」
「燦様は、夢に見たことが事実だと考えているのですね。お母様を殺めた相手が五主家の中にいるかもしれないのに、后を迎えることはできないと……」
「その通りだ。母の仇と夫婦になるのは御免だからな」
燦の気持ちが痛いほど分かる。しかし、夢見によって親の仇を見つけるというのは、雲を掴むような話である。
久遠が視た、燦の夢の中の光景――燃える屋敷の前で女が殺められる場面――がそもそも真実なのか、そうでないのか分からない。
母のいない寂しさを紛らわせるために、幼い燦の頭の中で作り出した虚構であるとも言えなくはない。
(そんな中で、五主家の内から燦様の仇を探すなんて……)
どうすればいいのか、見当もつかない。
たとえば、久遠と燦が視た光景が事実だったとして。
陽主の宝物を狙う動機は、どの主家にもある。
遠い昔には対等だったはずの五主家の中で、日紫喜家が王として立ち、国を束ねる立場になったのだ。恨めしく思い、王位簒奪を考える家があっても不思議ではない。
だが陽主に手を出せば、天の怒りを買うことは必至である。
久遠は胸元の石をぎゅっと握る。
燦は幼い頃から、この恐ろしい夢を何度も見続けてきたと言った。どんなに心細く、辛い思いをしただろうか。
それなのに、燦はあえて久遠に夢見をさせ、過去と向き合っている。
過去に真正面から立ち向かい、戦っている。
久遠はいつだって、あの蔵の中での記憶を忘れてしまいたいと願っているというのに。
「……燦様。僕が役に立てるかどうかは分かりません。ですが、もしも燦様の夢で何か見えたとしたら、必ず燦様に伝えると約束します」
「そうしてくれ。相手が誰であっても絶対に隠すな。俺が前に夢見を頼んだのは、五主家と繋がりがないと聞いたからだ。お前を信じる」
「はい、約束します」
久遠は、燦の目をまっすぐに見て答えた。
いつもはぼんやりと人影が見えるだけだったのに、今夜はやけに鮮明に見える。
燦の夢に入り込んだのか、それとも現世なのかと迷っているうちに、気が付くと板塀に囲まれた屋外に立っていた。
背後では、建物が炎を上げて激しく燃えている。
(火事! それに、すごい雪だ)
夢の中だからか、熱さも寒さも感じない。しかし確かに背後では火が燃え盛り、足元には冷たい雪が積もっていた。
ふと、一筋の光が目の前を走った。
女の人らしき影が現れ、その光を受け止める。
周囲には、真っ黒な別の人影がいくつか、女を取り囲むようにゆらゆらと揺れていた。
(炎に、雪……そして、これはなんだ?)
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『お前が、綺羅ノ王になどなれるものか……!』
「――うわああっ!」
寝台の上で飛び起きる。
そこが燦の寝室であることに気が付き、安堵のあまりに全身の力が抜けた。
(あれはなんだったんだ……?)
まるで太刀筋のような一瞬の光、そしてそれを受け止める女の影。振り続ける雪の中で建物が激しく燃える光景は、思い出しただけで恐怖が蘇る。
(あの光は、燦様の炎武の才に似ていた)
額にぐっしょりかいた汗を手の甲で拭い、一度大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
眠っている間に暴れてしまったからか、衣の胸元が乱れていた。女であることを燦に知られてはいけないと、久遠は慌てて襟元を引いて合わせる。
その時、いつも肌身離さず持ち歩いている物がなくなっているのに気が付いた。
「……あれ? どこ?」
大切にしている、母の形見の石。小袋に入れて胸元に入れていたはずだ。
夜闇の中でごそごそ探していると、燦が部屋の明かりを点けた。
「うわっ! 燦様、起こしてしまいましたか?」
「耳元で叫ばれて、眠っていられるものか。何を探している?」
「すみません……大切な石が見当たらなくて」
「石? どんなものだ?」
久遠は母の形見である石について燦に伝えた。翡翠でも水晶でも瑪瑙でもない、どこにでもあるただの石ころ。そんなものを後生大事にしていると知られたら、笑われるかもしれないと心配したが、燦は久遠と一緒になって必死に探してくれた。
「……久遠。もしかして、これか?」
寝台と褥の隙間に入り込んでいた小さな石を燦が拾った。
「それです! ありがとうございます!」
手を伸ばし、燦から石を受け取る。手のひらに収まるほどのごつごつとした灰褐色の塊を見て、久遠の目から思わず涙がこぼれた。
自分でも、これがなんの石なのかよく分かっていない。母の形見だと信じてはいるが、そもそも母に関する記憶が一切ないのである。
それでも、この石が大切で愛おしくて、絶対になくしてはいけないものだということは分かる。
「見せてもらってもいいか?」
「はい……でも、ただの石ですよ?」
久遠は燦に石を手渡す。燦はそれを、明かりの下でしげしげと眺めた。
きっと馬鹿にされる――てっきりそう思ったのだが。
燦の反応は、久遠の予想とは真逆だった。
「大切なものなのに、ただの石なんて言うな」
「え?」
「どうしても手放せない大切なものなら、卑下して隠すな。堂々と、これは自分の宝だと言えばいい」
「僕の、宝……?」
「ああ。この石には、小さな穴が空いているじゃないか。首飾りにできそうだ」
燦はどこからか飾り紐を持ってきて、石に空いた穴に通した。首飾りの形になったその石を、久遠の首にそっとかける。
「嬉しい……ありがとうございます。これで絶対に失くしません」
「……まったく。夜中に泣いて暴れるからだ。また俺の昔の夢を視たのか?」
「燦様の夢? あっ、そうだ……」
やはり、あれは燦の夢の中だったのだ。
「恐ろしい夢でした。雪が降る中、お屋敷が燃えて……あれは、燦様の過去ですか?」
「そうだ。だが、俺もはっきりとは覚えていない。いや、覚えていることが事実ではなかった……と言うべきか」
燦の言葉の意図が読み取れず、久遠は首を傾げた。
「覚えていることが、事実ではない……とは」
「例えば、お前は先日、霖に会っただろう? 霖の母親は誰だ?」
「それはもちろん、日紫喜家の大后様です」
「その通り。大后、つまり碧李家から嫁いできた水縹姫だ。では、もう一つ。俺と耀の母親は誰だ?」
「えっと……あれ?」
……おかしい。燦と耀は、霖の兄である。
当然、燦の母親も大后であるはずが、久遠の口からその言葉がどうしても出てこない。
口をあんぐりと開けていると、それを見た燦が小さく頷いた。
「俺の言いたいことが分かるか? 俺にも母親がいるはずなのに、それが誰なのか分からない。不思議に思う者もいない」
「いえ、おかしな話です。考えようとすると、頭の中のその部分だけに濃い靄がかかるような感じがして、思考が止まって……」
「ああ。そういうことだ。燃える屋敷の前で母が斬られるのを、昔から何度も夢に見る。あの夢が事実なのか、それとも俺が作り上げた虚構なのか、もう俺自身にも分からないんだ」
「そんな……」
泣きそうだ。なぜ天は、燦に辛い夢を見せるのか。
五主家の間では、燦は横暴で粗野な男だと言われていた。しかし、それはすべて彼の孤独の裏返しではないのか。
「お前は見たのか? 誰が母を斬ったのか」
燦は追い詰められたような表情で、俯く久遠の顔を覗く。
「……いいえ、はっきり顔までは分かりませんでした。一本の光の筋が走ったのと、女の人の叫び声。それに燃える屋敷と積もる雪。僕が見たのはそれだけです」
「頼む、それをもっと詳しく知りたい」
「だから燦様は、僕に夢見をさせるのですか?」
「そうだ。俺の記憶の中にある燃える屋敷は、日紫喜家の裏にある宝物殿だ。あの場所に入れるのは五主家の者のみ。俺は、母を殺した相手を探している」
「燦様は、夢に見たことが事実だと考えているのですね。お母様を殺めた相手が五主家の中にいるかもしれないのに、后を迎えることはできないと……」
「その通りだ。母の仇と夫婦になるのは御免だからな」
燦の気持ちが痛いほど分かる。しかし、夢見によって親の仇を見つけるというのは、雲を掴むような話である。
久遠が視た、燦の夢の中の光景――燃える屋敷の前で女が殺められる場面――がそもそも真実なのか、そうでないのか分からない。
母のいない寂しさを紛らわせるために、幼い燦の頭の中で作り出した虚構であるとも言えなくはない。
(そんな中で、五主家の内から燦様の仇を探すなんて……)
どうすればいいのか、見当もつかない。
たとえば、久遠と燦が視た光景が事実だったとして。
陽主の宝物を狙う動機は、どの主家にもある。
遠い昔には対等だったはずの五主家の中で、日紫喜家が王として立ち、国を束ねる立場になったのだ。恨めしく思い、王位簒奪を考える家があっても不思議ではない。
だが陽主に手を出せば、天の怒りを買うことは必至である。
久遠は胸元の石をぎゅっと握る。
燦は幼い頃から、この恐ろしい夢を何度も見続けてきたと言った。どんなに心細く、辛い思いをしただろうか。
それなのに、燦はあえて久遠に夢見をさせ、過去と向き合っている。
過去に真正面から立ち向かい、戦っている。
久遠はいつだって、あの蔵の中での記憶を忘れてしまいたいと願っているというのに。
「……燦様。僕が役に立てるかどうかは分かりません。ですが、もしも燦様の夢で何か見えたとしたら、必ず燦様に伝えると約束します」
「そうしてくれ。相手が誰であっても絶対に隠すな。俺が前に夢見を頼んだのは、五主家と繋がりがないと聞いたからだ。お前を信じる」
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