火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね

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第四章 孤高の王は男装姫の真実を知る

第三十話 お互いの気持ち

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 花緒は久遠の手を引いて、壁際に立たせる。

 久遠に対して威風いふうの才を使ってほしい――そう頼んだのは自分だが、強い才を使うと体力を消耗すると聞いた今、花緒には頼めない。

「花緒様! もういいのです。ほかの手を考えますから!」
「久遠、いいのよ。あなたたちの話を聞いて、私の迷いも消えたから」
「迷い?」

 花緒は久遠の手を取って微笑む。そして燦と久遠の顔を交互に見た。

耀ようが息を引き取る直前、私に言ったの。もしも自分がこの世からいなくなったとしても、花緒わたしのことを守ってくれる人がいるから安心しなさい、一生をかけて守るよう、託してから旅立つからって」
「……耀王がそんなことを」
「ええ。耀と私は幼馴染みだけど、彼は幼い頃から一度も嘘をついたことなんてなかった。だから私は耀を信じたわ。そして私を守ってくれる人というのはきっと、燦のことだと思ったの」

 久遠をまっすぐに見つめ、花緒は静かに告げた。

(花緒様……確か以前、初恋相手は燦様だったと仰っていた)

 もしかして、花緒はまだ燦に対して気持ちが残っているということなのだろうか。
 久遠は息を呑んだ。

 なぜだか分からないが、花緒に握られた手の先からさあっと血の気が引いていく。何も言えない。
 しばらくして、花緒が握る手に力が入ったのが分かった。

「耀の最期の言葉に従って、私は燦の側にいなければと思った。だから私は皆の前で『胸に月の痣がある』と嘘をついたの」
「月の形の痣というのは、嘘だったのですね……?」

 花緒は頷く。

 燦の后になる相手は、胸にを抱く女――そう夢見をしたのは久遠だ。だが、燦を始めとして皆がそれを信じた。二代続けて同じ家から后を輩出しないという慣習を破ってまで、花緒を燦の后にするよう動いていたというのに。

 嘘とは知らず、皆が花緒の言葉に振り回されたことになる。
 久遠の隣で、燦も困ったように小さく肩を上げた。

 花緒が、胸元に月を抱く女ではなかったのなら、彼女が燦の后になるという道は、初めからあり得なかったのだ。

「久遠、そして燦。本当にごめんなさい。なんと謝ればいいのか分からない。それに、燦が久遠のことを想っていると知った今、すべては私の勘違いだったことに気付いたわ。私を守ってくれるのは燦じゃない。お腹にいるこの子なんだって」

 花緒は握っていた久遠の手を放す。
 そして久遠の背中を押して、燦の目の前に突き出した。
 燦と真正面から向き合う形になり、久遠はますます何も言えなくなって固まる。

(花緒様は今、燦様が僕のことを想っている……って言った?)

 恐る恐る見上げると、燦と目が合った。
 燦は口元を歪め、それから花緒を軽く睨みつける。

「花緒。先ほどから聞いていれば、勝手なことばかり」
「そうね。勝手なことをしたわ。だからこそ二人の役に立ちたいの。今から私は威風の才を使う。だけどその前に、お互いの気持ちを確かめて。ね?」
「……」

 燦は短く息をつき、久遠に視線を移した。
 心臓が跳ね上がる。

 燦は照れ臭そうに指で鼻をこすった後、片膝をついて久遠の顔を覗き込んだ。
 長く吐かれたその息が、震えているように感じる。

 いつの間にか、花緒は姿を消している。気を遣って場を外してくれたのだろう。

「久遠。俺はお前のことをずっと探していた。香宵かよい姫から、一葉姫を守ってほしいと頼まれた」
「……」
「宝物殿が焼け落ちたあの夜の出来事が、夢なのかうつつなのか分からなかった。一葉という少女が、本当にこの綺羅ノ国にいるのかどうかも。だが、お前と出会って分かった」

 燦が、手を伸ばす。俯いた久遠の頬に触れる。

「お前を守ってやる、と言ったのは、お前がだからじゃない。俺は、俺が出会った久遠のことを守りたいと思った。お前の正体が一葉であろうとそうでなかろうと……俺はお前のことが好きだ」
「燦様……」

 燦だけではなく、久遠の声も震えている。
 ……怖い。
 これから久遠は、花緒の威風の才を受けることになる。もしかしたら、蔵に閉じ込められる前のことを思い出せるかもしれない。

 しかし、自分が十六夜一葉であることを思い出してしまったら、もう後には戻れない。
 一葉の祖父は、燦の母である蘇芳姫を殺めた逆賊。
 燦にとって、一葉は親の仇なのだ。

(それでも僕は……本当の気持ちを、言ってもいいのだろうか)

 連子窓の連子子れんじこの隙間から夕日が差した。
 燦の黒髪が茜色に染まる。
 十六夜の里で燦と出会った時にも、この髪の色を美しいと感じたのを思い出す。すると久遠の口から、ようやく言葉が溢れ出した。

「僕が女であることを、燦様に打ち明けてしまいたい――燦様と出会ってから、僕は何度もそう考えました。だから僕も本当は、燦様のことを……好きなんだと思います」
「久遠」
「……ですが」

 久遠は一度目を閉じ、震える息を整え――そして、燦を見た。

「十六夜久遠は燦様のことを好きでも、十六夜一葉はどうなのか分からない。威風の才を受けて、過去を取り戻す覚悟はできていたはずなのに……怖くなりました」
「過去を思い出すのが、怖いと?」
「はい。祖父と父は僕を蔵に閉じ込め、女として生きる道を奪った。そして、母である香宵姫の命も。だからぼくは、二人を追い詰めるために過去を取り戻そうと思ったのです。でも、それは同時に、僕が燦様の仇であることを確かめることにもなります」
「お前が俺の仇? 俺がそんな風に考えるわけがない」
「それはまだ分かりません。だから……まずは、失った記憶を取り戻します」

 久遠の言葉に、燦も頷いた。
 時は既に夕刻。早く婚礼の儀の場に戻らなければ。
 燦と久遠は手を握り合ったまま、花緒の待つ隣室へ続く戸を開けた。
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