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第1話 婚約者の失踪
しおりを挟む私の婚約者が、忽然と姿を消した。
三日前までは顔を合わせていたし、行方不明になるようなそぶりも前兆もなかった。
当然だ。私の婚約者は我が国の王太子、ライオネル殿下である。
彼が行方不明になることは、すなわち国の危機。
箝口令が敷かれているため、彼が姿を消したことはごくごく近い者にしか知らされていない。
心当たりのある場所は全て探したが見つからず、五歳の頃からライオネル殿下と婚約している私――エレナ・ノイバウアーに白羽の矢が立った。彼の行方について何か知っていることはないかと確認するため、ライオネル殿下の側近のウェスリーから呼び出されたのだ。
「私がライオネル殿下に最後にお会いしたのは、三日前の夕方です。その後のことは存じ上げません」
「外出の予定や、出かけるそぶりなどはありませんでしたか?」
「ええ。ライオネル殿下が私に個人的なお話をなさることはありませんわ。殿下と私が犬猿の仲であることは、ウェスリー様もよくご存じのはずですが」
「しかし……」
私は知っている。
ライオネル殿下と側近のウェスリーが、私のことをよく思っていないことを。
巷では氷の令嬢と呼ばれるほど、冷たくて愛想がない私。長所と言えば学問が得意なところくらいで、ライオネル殿下にとって私は、面白味も何もない、ただのお飾りのような女だ。
いや、もはや女としてすら見られていないかもしれない。
「週明けには正式に殿下と私の結婚式の日取りが決まりますでしょう? 殿下はそれが嫌で逃げ出したのではないですか?」
「……そんな訳がないでしょう! ライオネル殿下はエレナ嬢とのご結婚を楽しみになさってました」
「見え透いた嘘は面白くありませんわよ。とにかく、私からこれ以上お伝えできることはございませんので。私との婚約解消をなさりたいなら、正式に我がノイバウアー侯爵家に申し入れてくだされば結構よ」
何も言えずに立ち尽くしているウェスリーを置いて、私は部屋を出た。
王城裏の庭園には、まさか王太子失踪事件が現在進行中だとは思えないほど、うららかな春の日差しがふりそそいでいる。
(どうせ、すぐに出てくるわよ)
ライオネル王太子殿下は優秀で常識的な人間だ。「結婚が嫌で逃げ出したのではないか」なんてウェスリーに嫌味は言ったが、殿下がご自分の感情に任せて無責任に逃げ出すような方ではないことは、私が一番よく知っている。
ただ、彼には少々自由奔放な面もあるから、時々こうして周囲の想定を飛び越えた行動を起こすことがある。今回だってそんなに心配しなくても、放っておけばそのうちフラッと戻ってくるだろう。
(振り回されるのも馬鹿らしいわ。私は私のできることを、いつも通りやるだけ)
私はいつものように、王城の庭園を抜け、裏手にある図書館にやってきた。
人気のない図書館の一番奥の部屋に籠り、未来の王太子妃として恥ずかしくないように勉強するのが私の日課だ。
「さて、今日も始めますか」
書棚の奥に隠していた袋を出してきて、ドスンと机の上に載せる。
その中から私が取り出したのは、眼鏡、前髪を止めておくための極太ヘアバンド、そして耳栓。
私のガリ勉三点セットだ。
まずヘアバンドをつけて前髪が顔にかからないようにしっかりと留め、度数の高い瓶底メガネを装着。そして最後に両耳に耳栓。
誰も見ていないのをいいことに、椅子の上に胡坐をかいて、ガリガリとペンを走らせた。
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