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第1章 私はランプの魔人ではありません!

第3話-1 バザールにて

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 異国の珍しい果実や香辛料、香油、装飾の施された骨董品。
 狭い道の両側にずらっと並んで商う露店の隙間を縫うように、猫のルサードは軽やかに駆けていく。

 私はルサードの姿を見失わないように、人混みの間をすり抜けながら石畳を進んだ。

(今日もバラシュの街は平和ね)

 街の人々だけでなく荷を運ぶロバまでもが自由に往来しているこの通りは活気に溢れていて、あちこちで人々の笑い声が湧き上がっている。
 しかし一見平和に見えるこの街も、つい数年前まではいつもピリピリとした緊張感に包まれていた。隣国ナセルとの関係が悪化し、いつ国同士の戦に発展してもおかしくない状態だったのだ。
 その頃を思うと、今のこの市場バザールの賑わいは嘘のようだ。

 両国の国境に近いこのバラシュの街がここまで再興したのは全て、アザリムの第一皇子アーキル・アル=ラシードの功績だと言われている。何年も両国の力が拮抗していたところにアーキルが成人して参戦すると、あっという間にナセル軍を倒して制圧してしまったそうだ。

(何でもアーキル皇子自ら兵たちを次々に斬り殺し、一晩で血の海を作ったとか……ああ、怖い怖い!)

 昼夜問わず戦い続けるアーキル軍の陣営はまるで不夜城のようだったと、ナセルの商人に聞いたことがある。
 戦地での功績は、とかく大げさに語られがちだ。アーキルの噂も本当かどうかなんて分からない。しかし、冷酷で残虐な人物であることは間違いないだろう。


「そんな恐ろしい人が来るとも知らず、バラシュの人たちはみんな平和ボケね……あっ、ルサード! 見つけたわ!」


 市場の裏、細い路地の方に入って行くルサードが視界を横切って行く。見失わないように目を見開いて、私は露店の間を抜けて路地に入った。


「ルサード? どこにいるの?」


 誰もいない細い路地を、そろそろと進む。
 陽の光も石壁に遮られ、一本道の路地は昼間にも関わらず薄暗い。

 ここまで来ると市場の賑わいはほとんど聞こえず、目の前の細い路地は延々と向こうまで続いているように見える。

(もしかして、この道じゃなかったのかしら)

 ルサードとは別の道を来てしまったのかもしれない。このまま進むのを諦め、私は市場に戻ろうと背を向けた。
 ――その時。

 歩いて来た方向に振り向いた瞬間、私の体が何かにぶつかった。


「きゃあっ!」


 人の気配など一切なかったのに、私の目の前には大柄で人相の悪い男が立っていた。男はゴツゴツした手で私の口を覆うと、腕を掴んでそのまま石壁に背中を押し付けてくる。

(物盗りかしら……それとも?)


「お前、可愛い顔をしてるじゃないか。一緒に来てもらおう」


 なるほど、これはきっと物盗りではなく人買いの類だ。
 私を売って、都で後宮ハレムの奴隷にでもするつもりだろう。

(あーあ。私ったら華奢で儚い美女のはずなのに……こんなところで本性をバラさなければいけないなんて)

 この男には、私に手を出したことを後悔して欲しい。
 もちろん、あの世でね。

 私は人買いの男の腰にぶら下げてあった短剣ダガーを右足でひょいっと蹴り上げる。
 不意をつかれて驚いた男の腹に蹴りを一発喰らわせ、地面になぎ倒す。するとその勢いで、男の体が音を立てて地面にめり込んだ。
 私は宙に浮いたダガーを右手に取ると、男の背中に腰かけて首筋にそれを当てた。


「あなた、誰か他に仲間はいらっしゃるの?」


 うつ伏せに倒された大男からは、返事がない。


「このバラシュの街は、とっても治安がいい場所なんです。あなたの仲間はどちらかしら。暴れられる前に根こそぎっておく必要がありますから教えてください」


 やはり、返事はない。


「あれ? どうしました? まだ致命傷ではないはずなんだけど……おーい」


 座っていた背中から降りて、男の前髪を掴んで顔を上げてみる。するとその男の口ではなく、私の背後の方向から別の男の声がした。


「無駄だ。気を失っている」
「え?」


 振り向いてみれば、そこには白い長衣カフタンを纏った男性が二人立っている。口元まで隠すようにターバンを被っているので顔も体も殆ど見えない。
 私も慌てて自分の面紗を整え、できるだけ顔を見せないようにうつむいた。

 どう考えても、私がこの人買いの男をボコボコにしたところを目撃されてしまった気がする。
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