5 / 55
第1章 私はランプの魔人ではありません!
第4話-1 魔法のランプ
しおりを挟む
路地を引き返して市場まで戻ってきたはいいが、愛猫ルサードのことはすっかり見失ってしまっていた。
(ルサード、私に見つからないようにわざと逃げているわね)
露店と露店の隙間にまで目を凝らしながら、バザールの人の流れの中をルサードの姿を探す。
先ほどの長衣の男が言っていた通り、『剣の国』と言われる我がアザリムに対し、隣国ナセルは『魔法の国』だと言われている。
ナセルで生まれたルサードも、そのあたりにいる普通の猫とは違う不思議な力を持っている。
昼間は普通の白猫だ。
しかし夜になって月を目にすると、ルサードは猫から獅子に姿を変えてしまう。もしもどこかの盗賊がルサードを捕まえて売り飛ばそうとしようものなら命の保証はない。
もちろんルサードの命ではなく、盗賊の方の。
太陽は既に傾きかけて、もうすぐ夕焼けが街を包む頃だ。市場の露店も店じまいの準備を始めている。
「あれ、ハイヤートのお嬢様じゃないですか?」
金物屋の店主の女性が、商品を片付けながら私の顔を覗き込んだ。
「え? ごめんなさい、どなただったかしら」
「女神ハワリーンの生まれ変わり、リズワナ様ですよね? やっと嫁ぎ先がお決まりになったとか。おめでとうございます!」
「嫁ぎ先? 私の?」
……何だっけ。
「ええっ? リズワナ様、嫁ぎ先が決まったんですか?」
「お相手は誰なんだい? え、ナセルの隊商の男だって?」
「随分と年が離れた男に嫁ぐんだねぇ」
「ちょっと家格が合わないんじゃないのかい」
その辺の露店の店主たちがわらわらと集まって来て、次々と会話に参戦してくる。あっという間に私は周りを店主の奥様たちに囲まれてしまった。
「すみません。嫁ぎ先とは、一体何のことでしょうか?」
「え? まさかお聞きになっていないなんてことはないでしょう? ジャマールとか言うナセルの商人が、リズワナ様を妻に迎えると言って、浮かれながら仕入れに出て行きましたよ」
(……しまった! ルサードを探すことに必死になって、ジャマールのことをすっかり忘れていたわ!)
そう言えばお父様がジャマールに何か条件を出していた気がする。夕方までに何かを準備できたら、代金の代わりに私を娶りたいと言っていなかっただろうか。
彼がお父様の出した条件を満たさなければ、きっとこの縁談は立ち消えになる。何としても縁談は阻止しよう。年の離れた男の四番目の妻になんて、絶対になりたくない。昼間の二人の会話を思い出すのよ、リズワナ!
「何と言っていたっけ……あっ、そうだわ! 魔法のランプ!」
そうだそうだ、そうだった!
お父様とジャマールの言葉を思い出し、私はパンと両手を合わせた。
確かジャマールは、『魔法のランプなんて手に入れられるわけがない』と、お父様に掛け合っていた。お父様がジャマールに頼んだのは、ランプだ。しかも、ナセルとの交易でしか手に入らない珍しい魔法のランプ。
「奥様!」
私は初めに声をかけてきた露店の店主の手を取る。
「ジャマール様は、魔法のランプを仕入れに行ったのですか?」
「ええ、昼過ぎに仕入れに行くと言って出かけていくのを見ましたが……。魔法のランプなんて、一生に一度手に入るかどうかの代物です。見つかるわけがないよ!」
店主の女性はそう言ってガハハと笑った。
魔法のランプがなかなか見つからない品物だということは、私だって良く分かっている。問題は、その珍しい代物を万が一ジャマールが手に入れてしまった時のことだ。
彼はランプを手に入れたら、直接お父様の元に向かうだろう。そのお父様は今頃皇子たちをお迎えするために、必死で宴の準備をしているはずで……
(とりあえず、私も皇子の宴とやらに向かわなきゃ!)
「ありがとうございます。私はちょっと体が弱くて、持病の物忘れでご迷惑をおかけしました。ゲホゲホ」
「いえいえ、リズワナ様ならもっと良い相手がいらっしゃっただろうにねぇ……って、そんなこと言っては駄目だね。お幸せに!」
ジャマールのことはよく知らないが、今回の結婚に対する私の答えはノーだ。私はナジル・サーダに会って、前世のあの時の気持ちを伝えたい。
前世で強く思い残した気持ちを、いつか必ず彼に告白して区切りをつけたい。
そうじゃないと、私はいつまでも前世に捉われたまま、リズワナ・ハイヤートとして生きていくことができないから。
私は店主たちに手を振ると、市場を後にしてお父様の元に向かった。
(ルサード、私に見つからないようにわざと逃げているわね)
露店と露店の隙間にまで目を凝らしながら、バザールの人の流れの中をルサードの姿を探す。
先ほどの長衣の男が言っていた通り、『剣の国』と言われる我がアザリムに対し、隣国ナセルは『魔法の国』だと言われている。
ナセルで生まれたルサードも、そのあたりにいる普通の猫とは違う不思議な力を持っている。
昼間は普通の白猫だ。
しかし夜になって月を目にすると、ルサードは猫から獅子に姿を変えてしまう。もしもどこかの盗賊がルサードを捕まえて売り飛ばそうとしようものなら命の保証はない。
もちろんルサードの命ではなく、盗賊の方の。
太陽は既に傾きかけて、もうすぐ夕焼けが街を包む頃だ。市場の露店も店じまいの準備を始めている。
「あれ、ハイヤートのお嬢様じゃないですか?」
金物屋の店主の女性が、商品を片付けながら私の顔を覗き込んだ。
「え? ごめんなさい、どなただったかしら」
「女神ハワリーンの生まれ変わり、リズワナ様ですよね? やっと嫁ぎ先がお決まりになったとか。おめでとうございます!」
「嫁ぎ先? 私の?」
……何だっけ。
「ええっ? リズワナ様、嫁ぎ先が決まったんですか?」
「お相手は誰なんだい? え、ナセルの隊商の男だって?」
「随分と年が離れた男に嫁ぐんだねぇ」
「ちょっと家格が合わないんじゃないのかい」
その辺の露店の店主たちがわらわらと集まって来て、次々と会話に参戦してくる。あっという間に私は周りを店主の奥様たちに囲まれてしまった。
「すみません。嫁ぎ先とは、一体何のことでしょうか?」
「え? まさかお聞きになっていないなんてことはないでしょう? ジャマールとか言うナセルの商人が、リズワナ様を妻に迎えると言って、浮かれながら仕入れに出て行きましたよ」
(……しまった! ルサードを探すことに必死になって、ジャマールのことをすっかり忘れていたわ!)
そう言えばお父様がジャマールに何か条件を出していた気がする。夕方までに何かを準備できたら、代金の代わりに私を娶りたいと言っていなかっただろうか。
彼がお父様の出した条件を満たさなければ、きっとこの縁談は立ち消えになる。何としても縁談は阻止しよう。年の離れた男の四番目の妻になんて、絶対になりたくない。昼間の二人の会話を思い出すのよ、リズワナ!
「何と言っていたっけ……あっ、そうだわ! 魔法のランプ!」
そうだそうだ、そうだった!
お父様とジャマールの言葉を思い出し、私はパンと両手を合わせた。
確かジャマールは、『魔法のランプなんて手に入れられるわけがない』と、お父様に掛け合っていた。お父様がジャマールに頼んだのは、ランプだ。しかも、ナセルとの交易でしか手に入らない珍しい魔法のランプ。
「奥様!」
私は初めに声をかけてきた露店の店主の手を取る。
「ジャマール様は、魔法のランプを仕入れに行ったのですか?」
「ええ、昼過ぎに仕入れに行くと言って出かけていくのを見ましたが……。魔法のランプなんて、一生に一度手に入るかどうかの代物です。見つかるわけがないよ!」
店主の女性はそう言ってガハハと笑った。
魔法のランプがなかなか見つからない品物だということは、私だって良く分かっている。問題は、その珍しい代物を万が一ジャマールが手に入れてしまった時のことだ。
彼はランプを手に入れたら、直接お父様の元に向かうだろう。そのお父様は今頃皇子たちをお迎えするために、必死で宴の準備をしているはずで……
(とりあえず、私も皇子の宴とやらに向かわなきゃ!)
「ありがとうございます。私はちょっと体が弱くて、持病の物忘れでご迷惑をおかけしました。ゲホゲホ」
「いえいえ、リズワナ様ならもっと良い相手がいらっしゃっただろうにねぇ……って、そんなこと言っては駄目だね。お幸せに!」
ジャマールのことはよく知らないが、今回の結婚に対する私の答えはノーだ。私はナジル・サーダに会って、前世のあの時の気持ちを伝えたい。
前世で強く思い残した気持ちを、いつか必ず彼に告白して区切りをつけたい。
そうじゃないと、私はいつまでも前世に捉われたまま、リズワナ・ハイヤートとして生きていくことができないから。
私は店主たちに手を振ると、市場を後にしてお父様の元に向かった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
189
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる