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第1章 私はランプの魔人ではありません!
第7話-2 アザリムの神話
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◇
昔々、この場所にはアザルヤードという大きな国がありました。
北にはアザルヤード山脈、南にはナーサミーン山脈。ナーサミーンの山からは魔石がたくさん採れました。その魔石を使った魔道具は、アザルヤード全土にいきわたっていました。
ナーサミーン山脈のずっとずっと南にある海は、海神バハルによって治められていました。海神バハルは陸に憧れていました。ナーサミーンの山々を眺めては、あの山の向こうには何があるのだろう、向こう側に行ってみたいと考えていました。
そんな海神バハルの心につけ入ったのが、風神のハヤルでした。
ハヤルも陸に憧れていましたが、いくら陸に向かって飛んでも毎度ナーサミーンの山々に邪魔されて、山の向こう側に行けないのです。
ナーサミーンの山々の向こう側には、きっと貴重な宝が眠っているに違いない。その宝を独り占めするために、ナーサミーンが我々の邪魔をしているのだ。
そう考えた風神ハヤルは、海神バハルに言いました。
『共に陸に上がり、ナーサミーンの山を崩して向こう側へ行こう』
海神バハルはその申し出を喜びました。一度で良いから陸に上がってみたいと、ずっと思っていたからです。しかし、バハルには心配の種もありました。
『ナーサミーンの山には、山神ルサドが住んでいると聞く。山を崩せば、ルサドの怒りを買うのではないだろうか』
しかし風神ハヤルはどうしても山の向こうの宝を手に入れたいと思っていましたから、必死で海神バハルを説得しました。
やがて根負けした海神バハルは、風神ハヤルと共に陸を攻め、ナーサミーンの山々を削ることに決めました。
ハヤルは全ての力を使って、ナーサミーンの山に大風を吹きつけました。バハルはハヤルの風を利用して波を高く荒げ、山に向かって高波を打ち付けました。
山神ルサドは風神と海神に怒りましたが、自分だけでは二神に敵う力は持ち合わせていません。あっと言う間にナーサミーンの山々は削られ、高くそびえ立っていた山頂は崩れて砂になり、山の向こう側にその砂が溜まっていきました。
『もう少しだ、海神バハルよ。もっと山を削れば、我々は山の向こう側に行ける。宝を手にすることができる』
風神ハヤルが勝利を確信したその時、力尽きた山神ルサドの向こう側から、すさまじい咆哮が響いて来ました。
そのあまりの大きさと崇高さに、風神ハヤルと海神バハルは思わず動きを止めて陸の方を眺めました。
すると、削られて砂になったナーサミーンの山の向こうから、巨大な白獅子が現れたのです。山を一足で跨げるほどの大きなその白獅子は、太陽の光を反射して輝く白いたてがみに雄々しくて立派な尾、そして瑠璃色の瞳を持っていました。
白獅子はもう一度空に向かって雄叫びを上げた後、海神と風神に向かって言いました――
(……)
(…………寝た?)
神話を語る私の側で両目を閉じたアーキルから、規則正しい呼吸音が聞こえて来る。試しに話すのを止めてみても、気付いて目を開ける様子もない。
(これは、眠っているわね?)
ルサードはしっぽでアーキルの胸をポンポンと軽く叩きながら、大きく口を開けて欠伸をしている。
「ルサード。アーキル様は寝てる?」
『……ああ、眠ったようだ』
「良かったぁ……さすがモフモフの力! ねえ、今のうちに逃げられないかな?」
『俺は今、枕にされているんだぞ。俺が動けば、皇子は気付いて目を覚ますだろう。それにこのまま逃げては、ハイヤート家もただではすまん』
「それもそうだけど……元はと言えばルサードがこんなところに来るからいけないのよ! 貴方が散歩にさえ出なければ、こんなことにはならなかったのに」
『……静かに、リズワナ』
ルサードは鼻をひくつかせながら、天幕の入口の方に顔を向けた。天幕の周りは静寂に包まれている。
あまりの夜風の冷たさに、つい先ほど天幕の入口を閉めたばかりだったのだが、ルサードはじっとその入口の方を見つめている。
(誰かが、いるの?)
天幕の外側の物音に耳を澄ませ、私もルサードと同じ方向を見つめてみる。
するとルサードが感じたのと同じであろう違和感を、私もすぐに感じ取った。
夜風と虫の鳴き声に混じって、砂が踏みつぶされるような微かな音が聞こえて来る。
その瞬間、私は側にあったアーキルのサーベルを手に取って、天幕の外に飛び出していた。
昔々、この場所にはアザルヤードという大きな国がありました。
北にはアザルヤード山脈、南にはナーサミーン山脈。ナーサミーンの山からは魔石がたくさん採れました。その魔石を使った魔道具は、アザルヤード全土にいきわたっていました。
ナーサミーン山脈のずっとずっと南にある海は、海神バハルによって治められていました。海神バハルは陸に憧れていました。ナーサミーンの山々を眺めては、あの山の向こうには何があるのだろう、向こう側に行ってみたいと考えていました。
そんな海神バハルの心につけ入ったのが、風神のハヤルでした。
ハヤルも陸に憧れていましたが、いくら陸に向かって飛んでも毎度ナーサミーンの山々に邪魔されて、山の向こう側に行けないのです。
ナーサミーンの山々の向こう側には、きっと貴重な宝が眠っているに違いない。その宝を独り占めするために、ナーサミーンが我々の邪魔をしているのだ。
そう考えた風神ハヤルは、海神バハルに言いました。
『共に陸に上がり、ナーサミーンの山を崩して向こう側へ行こう』
海神バハルはその申し出を喜びました。一度で良いから陸に上がってみたいと、ずっと思っていたからです。しかし、バハルには心配の種もありました。
『ナーサミーンの山には、山神ルサドが住んでいると聞く。山を崩せば、ルサドの怒りを買うのではないだろうか』
しかし風神ハヤルはどうしても山の向こうの宝を手に入れたいと思っていましたから、必死で海神バハルを説得しました。
やがて根負けした海神バハルは、風神ハヤルと共に陸を攻め、ナーサミーンの山々を削ることに決めました。
ハヤルは全ての力を使って、ナーサミーンの山に大風を吹きつけました。バハルはハヤルの風を利用して波を高く荒げ、山に向かって高波を打ち付けました。
山神ルサドは風神と海神に怒りましたが、自分だけでは二神に敵う力は持ち合わせていません。あっと言う間にナーサミーンの山々は削られ、高くそびえ立っていた山頂は崩れて砂になり、山の向こう側にその砂が溜まっていきました。
『もう少しだ、海神バハルよ。もっと山を削れば、我々は山の向こう側に行ける。宝を手にすることができる』
風神ハヤルが勝利を確信したその時、力尽きた山神ルサドの向こう側から、すさまじい咆哮が響いて来ました。
そのあまりの大きさと崇高さに、風神ハヤルと海神バハルは思わず動きを止めて陸の方を眺めました。
すると、削られて砂になったナーサミーンの山の向こうから、巨大な白獅子が現れたのです。山を一足で跨げるほどの大きなその白獅子は、太陽の光を反射して輝く白いたてがみに雄々しくて立派な尾、そして瑠璃色の瞳を持っていました。
白獅子はもう一度空に向かって雄叫びを上げた後、海神と風神に向かって言いました――
(……)
(…………寝た?)
神話を語る私の側で両目を閉じたアーキルから、規則正しい呼吸音が聞こえて来る。試しに話すのを止めてみても、気付いて目を開ける様子もない。
(これは、眠っているわね?)
ルサードはしっぽでアーキルの胸をポンポンと軽く叩きながら、大きく口を開けて欠伸をしている。
「ルサード。アーキル様は寝てる?」
『……ああ、眠ったようだ』
「良かったぁ……さすがモフモフの力! ねえ、今のうちに逃げられないかな?」
『俺は今、枕にされているんだぞ。俺が動けば、皇子は気付いて目を覚ますだろう。それにこのまま逃げては、ハイヤート家もただではすまん』
「それもそうだけど……元はと言えばルサードがこんなところに来るからいけないのよ! 貴方が散歩にさえ出なければ、こんなことにはならなかったのに」
『……静かに、リズワナ』
ルサードは鼻をひくつかせながら、天幕の入口の方に顔を向けた。天幕の周りは静寂に包まれている。
あまりの夜風の冷たさに、つい先ほど天幕の入口を閉めたばかりだったのだが、ルサードはじっとその入口の方を見つめている。
(誰かが、いるの?)
天幕の外側の物音に耳を澄ませ、私もルサードと同じ方向を見つめてみる。
するとルサードが感じたのと同じであろう違和感を、私もすぐに感じ取った。
夜風と虫の鳴き声に混じって、砂が踏みつぶされるような微かな音が聞こえて来る。
その瞬間、私は側にあったアーキルのサーベルを手に取って、天幕の外に飛び出していた。
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