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第4章 前世の真実

第34話 皇帝陛下のご命令

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「皇帝陛下と会って来た」

 皇帝陛下の元から戻り、アーキルは長衣カフタンを脱ぎながら言う。
 ラーミウ殿下が自室に幽閉されてから、既に丸一日が経とうとしている。大人ならまだしも、五歳の子供がたった一人で過ごすには長すぎる時間だ。

 疲れた顔をしたアーキルが、寝台の端に座ってため息をついた。
 私もその隣に座り、項垂れているアーキルの肩に手を置く。

「アーキル、皇帝陛下は何と……?」
「もう自分の命は長くない。ラーミウを殺せ、と。ナセルに示しがつかんとも言われた」
「そんな……」

 ラーミウ殿下がファイルーズ様の部屋を夜中に尋ねた日の翌朝、どこから話を聞きつけたのか、ナセルの大使がアーキルの元を訪ねて来た。
 怒る大使に何とかお帰り頂いたはずが、「アーキルがファイルーズ様を冷遇して身分の低い私を寵姫としている」と、ナセルからアザリム皇帝陛下の元に正式な抗議があったらしい。

 数年前にアーキルによって武力で制圧されたナセルでは、いまだにアザリムに対しての反感も根深く残っている。
 ナセルにとってファイルーズ様の輿入れは、人質を差し出すようなものだった。しかしアザリムにとってのファイルーズ様もまた、アザリムに対するナセルの反感を抑えるための策だった。

 アーキルとファイルーズ様の結婚は、両国にとって大きな意味を持つ契約なのだ。しかしアーキルは、ファイルーズ様を遠ざけるしかなかった。
 全て、不眠の呪いのせいで。

「アーキル。ラーミウ殿下は今も部屋に閉じ込められて、きっと泣いています。五歳の子供が寝室に入ったからって何だと言うんでしょうか。そんなことで殿下の命を奪おうとするなんて、本当に馬鹿げています」
「分かっている。病床の陛下に助言をしているのは宰相だ。あの者を何とかしなければ」
「一体どうすれば……」

 前世でも、兄弟皇子たちの命を奪おうとしたのは宰相たちだった。
 今起こっていることが、ここでも前世と重なった。もしラーミウ殿下を救えなかったらと考えると、胸がぎゅうっと締め付けられるような思いだ。

「宰相とお話することはできませんか? ラーミウ殿下に罪はないと、説明して分かって頂くことは……」
「宰相は、カシムの父親であるニザーム・タッバールだ。あいつは、お前を追放してファイルーズを本当の妃にするように申し入れてきた」
「カシム様のお父様が、私を?」

 アーキルは苛立った様子で立ち上がると、窓の外に目をやった。
 アザリムにまた、夜が来る。
 何か策を打とうとしても、アーキルは不眠の呪いのせいで夜の間は動けない。

(私が何とかしなくちゃ)

 宰相を説得し、ラーミウ殿下の命を助けて頂けるように皇帝陛下に話を通してもらうことはできるだろうか。
 宰相がカシム様のお父様ということならば、カシム様を通じて宰相に頼んでもらえるかもしれない。

(でも、カシム様本当に信頼できる相手なの……?)

 カシム様とファイルーズ様の口から度々耳にするという言葉。
 やけにファイルーズ様の肩を持つし、ナセル大使にカシム様が情報を伝えたと言うのもどこかおかしい。
 それに、カシム様の胸にあった獅子の青アザ。私の見間違いではないと思う。

 もう一つ解せないことがある。
 カシム様は、「アーキルは前世で呪われたのではないか」と言っていた。前世でアーキルに呪いをかけたのはナセルの人間だろうか? と尋ねた私に、血相を変えて怒り出した。
 いくらファイルーズ様がナセルのご出身だからと言って、何も私はファイルーズ様がアーキルに呪いをかけただなんて一言も言っていない。それなのに、なぜカシム様はあんなにも怒ったのだろうか。

(……そうだ! あの時私は、何か考え事をしていたはず。何だったかしら)

 頭を抱えて悩む私を横目に、アーキルはゆっくりと寝台に戻り、私に触れることなく一人で寝そべった。
 いつもなら必ず私の手を引いて、強引にでも自分の隣に寝かせるはずなのに……
 アーキルとの間に微妙な距離を感じながら、私はアーキルに尋ねる。

「今朝、ナセル大使に確認しました。ラーミウ殿下の一件を、誰から聞いたのかと」
「……誰だ? わざわざナセルに知らせたのは」
「カシム様だそうです」
「何だと?」

 カシム様が昨晩から意識を失って倒れていたことは、アーキルも知っている。ナセル大使が嘘を付いていることに気付いたアーキルは、少し考え込むと、体を起こして寝台の上にあぐらをかいた。

「きっと、カシムとファイルーズが謀ったんだろう」
「お二人が? 協力してラーミウ殿下を陥れようとしたと!?」
「そこまでは言っていない。何があいつらの目的なのかは、俺にも分からん」
「それなら、どういう意味ですか? あの二人がどうして何かを謀る必要が……」

 ファイルーズ様はナセルの王女で、アーキルの第一妃。アーキルが確実に次期皇帝の座につけるように、邪魔なラーミウ殿下を陥れようとした?
 いや、ファイルーズ様はラーミウ殿下とも親しく遊んでいらっしゃったはずだ。わざわざ夜中にファイルーズ様を頼って行かれるほどに、ラーミウ殿下もファイルーズ様に心を許している。

 カシム様はどうだろう。
 ラーミウ殿下がいなくなれば、自分の主人であるアーキルが皇帝即位することが確実になる。それで自分の地位向上を狙ったの?

(いいえ、違うわ。カシム様もファイルーズ様も、わざわざそんなことをする必要がない。だって今のアザリムの慣習では、いずれにしてもラーミウ様は殺される運命にあるんだもの)

 では一体、あの二人の目的は何なのか。
 答えを求めて、私はアーキルの瑠璃色の瞳を見る。
 理解の追いつかない私に気付くと、アーキルは片方の口元を上げて苦笑した。

「実は、あの二人は通じ合っている」
「……つ、通じ!?」
「俺がファイルーズを避けたからか、それ以前から通じ合っていたのかは知らん。しかし、あの二人を見ているうちに双方の気持ちには気付いた」
「だってファイルーズ様はアーキルの妃で……」
「俺はファイルーズとは関わらないようにしていた。ファイルーズをアザリムに迎え入れる手配を調えたのはカシムだったから、既にそこから二人の関係は始まっていたのかもしれんな」

(なぜ? カシム様は一体どういうおつもりなの……?)

「カシム様のことを弟のように大切に思っているアーキルを欺くなんて……」
「あいつは幼い頃ずっと俺の側にいてくれた。別に欺かれたとも思っていない。だが、もしもカシムがラーミウを陥れようとしたのだとしたら、話は別だ」

 私の頭の中で、なぜかカシム様の姿がナジル・サーダと一瞬重なった。

 カシム様とファイルーズ様は、自分たちの想いを遂げるために、アーキルの存在が邪魔になったのだろうか?
 しかしそれならば、直接アーキルの命を狙えばよいだけの話だ。わざわざラーミウ殿下を狙うのはなぜだろう?

 考え込む私を突然激しい頭痛が襲い、思わず顔をしかめて耐える。

(何かを忘れているような気がする。前世でも同じようなことがあった気が……)

 奥底に閉じ込められたアディラ・シュルバジーの記憶が、私の頭をズキズキと刺す。少しずつ私の頭の中で、記憶の破片が繋がっていく。

 カシム様がラーミウ殿下のお命を狙ったのだとしたら、もしかしてその答えは、彼の胸にあった獅子のアザにあるのかもしれない。

 兄弟皇子を殺すという悪習が残るアザリムで、ラーミウ殿下、そしてアーキルの命を奪い、自分が皇帝になりたいという人がいたとしたら?
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