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23 修学旅行②こっちになすりつけるな!
しおりを挟む浅草で食べ歩きをしたい!
「浅草って食べ歩き出来るって!いっぱいあるって!スカイツリー?そんな金かかるとこ行くより食べたい!」
行く前から郁磨は最終日の自由行動は浅草で食べ歩きと言っていた。特にやりたいこともなかった和壱は、郁磨に合わせて食べ歩きをするつもりでいた。
「そんな高い料金でもなかった気がするけど…。」
まぁ、いいかと和壱も郁磨と一緒にスマホ片手にどこに行くかを検索した。
今日は休日なので混むかもしれない。
二人は開始早々あちこち歩き回り食べ歩いていた。
「混み出したら結構行列だよなぁ。」
「だなぁ甘味が多いけどな。甘いのは今日はもういい。」
和壱がギブアップしていた。
正午近くになり、二人は観光しながら歩き回っていた、
「隅田川って桜咲くんだよな?」
「たぶん?この枯れてるのが桜じゃないのか?」
「夏は花火って。」
「……………花火かぁ。」
今年の夏にイタイ思い出のある和壱はテンションが下がってしまった。郁磨はそのことを知らないのでなんだろうと首を傾げる。
少し休憩…と適当に歩き、川が広い!橋が大きい!と喋りながら川沿いを歩く。
川を吹く風が強く、最近伸びてそのままになっている郁磨の髪が流されボサボサになっていた。
「電車!車両多いなぁ~。何両あんだろ?長い~。あ、人歩いてる!」
「歩道みたいに歩いて渡れるらしいな。」
和壱がスマホの案内を見ながら郁磨を引っ張って行った。橋を渡り出して直ぐに郁磨が寒そうにする。
「うむむむ~、さむっ、ぶしゅっ!」
くしゃみをする郁磨に、和壱は自分の手袋を渡した。
「ほら、しとけよ。」
「おー……。」
「マフラーもやるか?何で防寒着持って来てないんだよ。」
「荷物重くなるからな。」
二人とも制服で上から上着を着てはいるが、郁磨のコートは寒そうに見える。
しょうがないなと和壱は自分のマフラーを外して郁磨の首にぐるぐると巻いた。背が低い郁磨がモコモコになってしまった。
「……寒くねーの?」
「中にパーカー着てる。それにこれくらいなら平気かな。」
「手袋大きいんだけど。」
「借りといて文句言うな。」
だだっ広い川では寒かった。東京って寒いんだなと思いながら、余計に防寒具を持ってきていて良かったなと思った。
橋を渡り公園を突っ切ろうとして、目の前に知った二人がいた。いたがなんだかその後ろからゾロゾロと人がついて来ている。
集団の服装が私服ということはどこか別の修学旅行生というわけでもなさそうだった。
「聡生~~、千々石~~!」
郁磨が手を振りながら叫んだ。
千々石は気付いていたようで顔を向けて微笑んだだけだが、聡生は嬉しそうに笑いながら手を振りかえした。その拍子に繋いでいた手が離れてしまい、千々石があからさまに残念そうにしていた。
それを後ろの集団が見て驚いた顔をしている。
「あはは、郁磨がなんかミイラみたいになってる。」
聡生が郁磨に近付き巻いただけのマフラーの端と端を持ち上げて、解けないように一巻きだけ結んでやっていた。
「どこ向かってんの?浅草の方?ツリー登った?」
「うん、行って来たよ~。高かった。郁磨達は何してんの?」
「適当に橋を渡って来ただけ。」
二人は何をしていたのか喋りだした。
和壱はそんな二人を見下ろし、そばに立つ千々石を見た。
「後ろのアレ何?」
「……………中学の時の同級生。」
紹介するつもりもないのか、視線もやらずに簡単に説明してきた。
和壱は千々石越しに後ろの集団を見た。
全員の雰囲気というか服装というか……、可笑しいくらい同じに見える。雑誌に出てくるような高そうな服を着ているのだが、好みが一貫していてコケシみたいだと思った。
和壱も少しは流行に合わせはするが、ここまでやらない。基本は安い服でそれなりにだ。
コケシ集団を見ていて、真ん中に立つ割と可愛い感じの男子と目が合った。
「……………。」
ジーと和壱を見ている。
面倒臭そうなヤツっぽいと直感した。
「稜流…、その人だれ?同じ制服ってことは同級生?」
声をかけられた千々石は、少しだけ振り返り小さく頷いた。
そこに郁磨がぴょんぴょんと和壱に飛びついてくる。
「聡生が雷門行くって!もっかい行こうぜっ!写真撮るぞ。おみくじもひく。さっきの橋渡りたいって!」
聡生の方も千々石に同じことを言っている。
「また橋渡るのか?ちょっと待ってろ。」
和壱は背中からリュックを下ろしてゴソゴソと中に手を突っ込んで何かを探し始めた。
そこにさっきから千々石に話し掛けている千々石の元同級生という男子が話しかけてきた。
「ねぇ、君さ、名前なんていうの?本当に稜流と同じ高校?稜流みたいにこっちから転校して行ったの?」
和壱に近寄り、郁磨を押し退けて質問してくる。和壱は図々しいこの人物を一度見て、チラリと千々石を見た。
千々石は口に手を当て少し笑っていた。
それを見て和壱は溜息をついた。
「千々石と同じ制服着てんだから同じに決まってるだろ?」
無視してもいいが、どんな人物か分からないので一応答えた。
「浅草面白い?もっと君に似合う所連れて行ってあげるよ。集合時間には間に合わせるし、似合う服置いてる店も連れてってあげるよ。」
和壱はスウッと目を細めた。それだけで人を惹きつける笑みを浮かべたように見えてしまう。
千々石の元同級生とやらは頬を染めて和壱に見惚れた。
「興味ない。」
見惚れすぎて和壱の冷たい拒否の返答に気付いていない。
「…え?」
驚く千々石の元同級生を押し退けて、離れてキョトンとしていた郁磨に近寄った。
「ほら、頭出せ。」
「あたま?」
和壱は郁磨をくるっと後ろ向かせて、ボサボサになった髪を手で梳いた。そしてヘアゴムを使って頭の後ろで一つに結んでしまう。ついでにピンで掬い取れなかった髪を拾って留めていき、前と横だけ垂らす感じにした。
「ほら、これなら少しましだろ。」
「おお~~~っ!」
ペタペタと触る郁磨の手を、和壱はガシッと掴む。
「こら、固めてねぇんだから触んな。」
「うぉ~~、これこれ、この髪で写真撮る!早く行こう!」
掴まれた手で逆にガシッと和壱を掴み返し、グイグイと郁磨は和壱の腕を引っ張った。
「その髪型って推しの髪型?」
聡生は郁磨からオタク話をよく聞かされている。絵を描いてと頼まれる為、郁磨が推しているアニメのことも知っていた。
「そーだぜ~、ショートからちょっと伸びてポニテになったんだけどさっ、ちょうどこんな風にチョロっと髪がでんの。可愛いよなぁ~。」
「うん、可愛いね。」
郁磨はアニメの推しが可愛いと言っているのだが、聡生は目の前の郁磨を可愛いと頷いている。そんな噛み合わない会話をしながら二人は仲良く橋に向かって歩きだした。
「……へ~、最近野波とよくいると思ったけど…。」
「何だよ。」
そんな二人の後を、和壱と千々石は喋りながらついて歩きだした。
「ま、待って…!」
先程和壱が押し退けた千々石の元同級生が、和壱の袖を掴んで引っ張った。
「………なに?」
和壱はよそ行きの顔でニコリと笑って返事をした。こう作った表情をすると、一気に和壱は浮世離れした美しさをだす。
「僕と行こうよ。僕の方がいいよ。」
何がどういいというのか。和壱は一瞬黙り込み、そっと掴まれた指を外した。
「勘違いでなければ、あのポニーテールしてやった子より君の方が魅力があるってことを言いたいのかな?」
パァッと目の前で輝く顔を見ながら、和壱はスウッと比較してみる。確かに顔は可愛い。男にしては綺麗で可愛らしい顔だし、体型や仕草なんかは守ってあげたくなるような雰囲気をだしている。そこらへんの女子では歯が立たない。
だけど和壱からすると全然惹かれない。
背は聡生くらいだから百七十だろうか。小顔だがもっと小さい頭をさっき触ったばかりだ。片手で掴めるくらいの頭は少し伸びたフワフワの髪をしていて、猫毛で柔らく気持ち良かった。
低い背も細い肩も首も、目の前の人物よりも頼りなかった。
「名前を教えてよ。連絡先も、あ、スマホ出してくれる?」
当然のようにスマホを取り出した人物を目の前に、和壱はゆっくりと微笑んで見せたが、薄茶色の瞳は冬の空のように冷えていた。
「嫌だけど?君との関係は望んでいないし、正直君に興味もない。」
スパッと断って和壱は郁磨と聡生の後を追いかけた。二人は立ち止まって何か話している和壱達を、何をしているのだろうと見ている。
驚いて固まる人物と、それを見守る集団から早く離れようと早足になりながら、隣の千々石を見た。
「あれ、何だよ?」
嫌そうな顔で千々石を睨みつける。
「幼馴染。紫垣ならいい具合にキッパリこき下ろしてくれると信じてたよ。」
「人を使うな!」
和壱の顔面なら、あの幼馴染は飛びつくだろうし、和壱は絶対に靡かない。そしてこの顔面から断られれば暫く立ち直れないだろう。
「まあまあ、お詫びになんか奢るから。」
「あ、それなら甘いの以外で、ガッツリとなんか食べたい。」
ずっと郁磨の甘味巡りに付き合わされていた。
それを察して千々石も頷く。
「お前の趣味って面白いな。」
「嫌味かよっ!」
人の初恋であり幼馴染を奪った男に、先程見せた作った表情とは打って変わって、和壱は嫌悪むき出しにガアッっと怒鳴りつけた。
修学旅行が終わるとすぐに冬休みが始まるが、花籠井高校では年末の二十七日まで冬季講習が実施される。土日がどこに来るかで毎年の予定は変わるのだが、今年はきっちり二十七日まで登校になった。
「そーいえばさぁ、前に聡生がどっちと付き合うかで賭けをしてたって言ってただろ?アレって結局何を賭けてたんだ?」
ずっと気にはなっていたのだが、オタク同士の何かだろうから聞いても分からないだろうと思い確認したことはなかった。
聞かれた郁磨はお弁当から顔を上げる。
「はむ、ふぐ、むぐ、んん、ん。」
「食べてから返事しろ。」
モグモグモグと郁磨は視線を和壱に当てたまま頬張っていた。
「なんか家庭科部部長に作って貰うって言ってなかったか?」
ウンウンと郁磨は頷いた。
場所は三組で、最近郁磨は和壱のクラスにお邪魔していた。
「推しの衣装。」
「衣装?文化祭で着てたセーラー服みたいな?」
郁磨はスマホを取り出し画面を操作した。
これ、と見せてくる。
画面にはアニメの絵が出ていた。
「ん?これって聡生の絵?」
「お、よくわかんなぁ。そーだよ、聡生に描いてもらったやつ。この衣装を僕の体型で作ってもらう!」
これを?和壱はまじまじとその絵を見た。
白のフワッとした生地のワンピースなのだが、フリルやリボンが胸元や袖に付いている可愛らしい服だった。
ドレスっぽくもある。
絵の少女は以前郁磨が推しだと言って送りつけてきたアニメの少女で、髪はまだ短いことから少し前の絵なのだろうと思われる。
「フリルの再現に時間かかってるらしくてさ、でも作れるって言ってた。」
これって手で作れるのか?流石家庭科部部長とでも言えばいいんだろうか。
「でも勉強もあんだろ?成績良かったのに作る暇あんのかな?」
「ないから時間かかってるんだろ?」
タダだしのんびり待ってる~と郁磨は言った。
ふうーん、と返事をしながら、和壱はこれを郁磨は着るつもりなのだろうかと想像する。
同時に文化祭の時の郁磨がバスケ部の部室で着替えた時のことまで思い出した。あの日聡生に告白をして振られたのだが、郁磨の奇怪な行動に全てが押し除けられた気がする。おかげで立ち直りも早かった。
頭の中でパパパと郁磨の着替えシーンを消し去っていると、それまで黙って食べていたパソコン部が和壱に話し掛けてきた。
「こういうのを男の娘って言うんだよ。」
「はあ?男の子?」
「違うよ。子供の子ではなく、娘って書いて『こ』って読むんだよ。」
ああ~なんか聞いたことある。
「野波君って背が低いし華奢だから、男の娘のコスプレ人気あるんだよ。」
「……………。」
言われてみれば、修学旅行前に行った買い物で、郁磨に絡んでいた元同級生達が皆んなして郁磨の女装写真をスマホの画面に出していた。
そう考えてゾゾッとする。
あの日は和壱が一緒にいたから良かったが、もし一人で連れて行かれてたら?
郁磨は小さいし、細い身体に力があるとは思えない。
心配になってきた。
「お前あんまり女の服着るのやめとけば?」
「何で?」
「いや、危なくないか?女の格好してたらさ。」
「中身は男だぞ?」
いまいち郁磨には危機感がない。
「紫垣君がいる時ならいいんじゃない」
「あ、つまり和壱もコスプレしてみたいのか?」
「は?」
何でそうなる?パソコン部、お前は何がしたい?パソコン部は何故か目がキラキラしている。お前もあの『双子ちゃんは愛し合いたい』というエロいアニメのファンなのか?
「任せろっ!多分着るのが和壱なら喜んでアイツら作るぞ!」
「え?いや、俺は着ない!」
「いいって、恥ずかしがるなよ~!」
着ないってぇ~と和壱の声が廊下まで響いていた。
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