どうか『ありがとう』と言わないで

黄金 

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3 標的になった聡生


 結局高総体は殆ど千々石ちぢわの試合を見て終わった。
 優勝は無理だったけど、団体も個人も結構いいところまでいく結果だった。
 
「本当にこんなのでいいの?」

 お疲れ様と最後に言った時、どうせなら何か頑張ったご褒美が欲しいと言われてしまった。
 一年女子二人がキャーキャー何か言っていたが、郁磨いくとに落ち着け騒ぐなと止められていた。

「いいよ。」

 聡生そうに何がいいかと聞かれて千々石が答えたのは、お昼ご飯を一緒に食べることだった。
 聡生自身は教室で適当に仲良くなった男子と食べていたが、千々石はすぐに勉強するからと一人で食べていたらしい。一年の時は同じクラスで一緒に食べていたので、千々石も普通に誰かと食べているのかと思い込んでいた。
 場所は美術室だ。流石に昼休み時間に常用しているとバレると困るので隣の部屋の美術準備室を使うことにした。
 準備室の鍵もおじいちゃん先生から預かっているが、今日は美術室側から入り、廊下側の扉は鍵を閉めておく。
 この部屋にはエアコンが付いていないので、窓を開けて換気をした。

「廊下側も開けたら風が通るんだろうけどね。」

 千々石がうーんと考えながら狭い準備室を見回している。

「大丈夫だよ。こっち北側だし影だから。」

「夏になるとねぇ。扇風機持ってこようかな……。」

 家から抱えてくるんだろうかと聡生は首を傾げた。

「教室で食べた方が涼しいかも。」

「やだ。」

 たまに千々石は変な我儘を言うなと思う。多人数を嫌うのかと思いきや、集団の中ではリーダーを務めたりもする。
 基本つるむのは聡生達とばかりで、他には特定の友人はいなさそうだった。

郁磨いくとも呼ぶ?」

 郁磨なら千々石も冗談を言ったりして喋るので、せっかくだし呼ぼうかと聞いたら、呼ばないと首を振られてしまった。

「アイツはオタク仲間と食べてる。」

 そうなんだ。郁磨のオタク仲間ってちょっと独特でついていけない時がある。何を話してるのか分からないのだ。弓道部一年女子の二人もそういや仲間だなと思った。
 弁当を食べながら話していると、意外と風が入ってくる。

「あ、気持ちいいな。」

 外を見ながら箸を止めると、千々石も同じように外を見た。
 六月に入りもう少しで梅雨が始まるだろう。今日の天気は快晴で、四階の窓からは青空が見えていた。
 千々石のサラサラの髪が風で流れて、男なのになんでそんな綺麗な髪をしてるんだろうと思ってしまう。

「千々石君ってリンスもしてる?」

 突然の聡生の質問に、眼鏡の奥の瞳がキョトンとした。

「リンス……?」

「うん。すっごいサラサラヘアーだし。」

「してるよ。リンスって言い方が………。槻木つきのき君はしてないの?」

 微妙に含み笑いをされつつ千々石も尋ね返してくる。

「えへへ。」

 めんどくさくてしてない。誤魔化して笑うと、千々石も楽しそうに笑ってくれた。



 お昼ご飯を食べて、そのまま千々石は勉強をし、俺はスケッチブックに絵を描いて充実した昼休みを過ごして教室に戻ることにした。
 七組の千々石君と別れて二組の自分の教室に戻って行くと、教室の前で和壱かいちに会った。

「聡生っ。」

 和壱は三組なので教室の前で会っても不思議じゃない。

「どうしたの?」

 やけに顔が険しいなと思いつつ和壱の側に近寄った。腕を掴まれグイグイと引っ張られる。
 教室の前から離れるつもりらしい。

「え?ちょっと、次の授業は?」

 あまり時間はない。どこに行くつもりか分からず慌てて尋ねた。

「少しだけ!」

 渡り廊下を渡って北棟に入ると、特別教室が多いので人が少なくなる。さっき通って来たばかりの廊下を戻ることになったが、敢えて言う必要もないので黙ってついて行った。

「なんで待っててくれなかったんだよ。」

 言われたことが理解できなくてポカンとした。
 そして少し考えて思いつく。前回和壱に会ったのは高総体の一日目になるが、試合を見てすぐ聡生は帰ったので、和壱にしてみたらスマホに入ったメッセージだけで実質会っていないことになる。

「高総体のこと?ごめん、他校生と話してたし、帰りはバスケ部と帰ると思ったから。」

 本音を言えば一ノ瀬菫いちのせすみれと会いたくなかったからだが、そこは黙っておく。それにバスケ部には貸切バスが出ていたはずなので、部員と帰るだろうと思っていた。

「別にバスじゃなくても良かったのに…。」

 少し不貞腐れた様子に、やっぱり一言声を掛けて帰るべきだったかなと思った。
 だけどメンヘラ……、じゃなくても一ノ瀬もいたし、近付けばまた睨まれるかなと思って遠慮したのだ。

「あ~…?ゴメンってば。そだ、お疲れ様。三年の引退までやるんだよね?後一年頑張って。」

 バシバシ肩を叩いて励ますと、少し機嫌が直ったようだ。
 本当は朝から言うはずだったのに、今日はバスに乗ってこなかったので言いそびれていた。

「朝バスに乗ってこなかったな。」

 教室に戻りながら話しかけると、和壱は言いにくそうに口を開いた。

「それがさ、朝から菫が家まで迎えに来たんだよ。」

「えぇ、朝から?和壱の家まで?」

 聡生の家と和壱の家は、同じ校区ではあるが少し離れている。先に和壱がバスに乗っていて、後から聡生が乗ってくることになるのだが、一ノ瀬が来たから違う便に乗ったということだろう。

「まだ寝ててさ。親から彼女が来たって叩き起こされて、菫が早めに行って学校で朝ごはん食べようって態々弁当作って来ててさ……。」

「す、凄いね。」

 世の中の彼氏彼女はそこまでしてるんだろうか?
 考え込む聡生に、和壱はまだ何か喋ろうとした。

「……聡生…。」

「和壱!」

 鋭い声に呼ばれた和壱と聡生は一緒にビクッと肩を揺らした。
 渡り廊下の端で一ノ瀬菫が立っていた。丸い大きな目はキツく釣り上がり、一ノ瀬は聡生を睨みつけていた。
 やっぱり嫌われている。
 そう聡生は感じたが、その理由が分からない。
 ツカツカと歩いてきた一ノ瀬は、和壱の腕に絡まるように抱きつき引っ張った。

「菫?」

 一ノ瀬の剣幕の意味が分からず、和壱も戸惑っている。

「もう授業始まるよ。行こうよ。」

 聡生に対しては睨みつける視線も、和壱を見上げる時は愛らしく笑っていた。
 
「あ、うん……。」

 返事した和壱に満足したのか、和壱の腕を引っ張り三組に向かって二人は歩いて行く。
 一ノ瀬が少しだけ後ろを振り返り、聡生をチラリと見た。その表情がどこか勝ったとばかりに得意気で、温和な聡生も顔が険しくなる。
 まるでライバルに向けるような視線だ。
 自分が和壱を好きなことに気付かれているのだろうかと不安になる。
 なるべく何食わぬ顔で帰ることにした。
 和壱に好きだと言うつもりはない。一生ない。誰かに知られたくもない。
 前を行く二人が三組に入って行くが、何も言わずに通り過ぎようと思った。聡生の二組はその隣だ。
 ギクッとする。
 和壱といつも一緒にいるメンバーが聡生を見ていた。とてもじゃないが好意的ではない。

「………………っ。」
 
 なんだろう?
 少し怖くなって足早に教室へと戻った。




 それからは特に変わったことはない。
 相変わらず三組の生徒は聡生を睨みつけるが、特に何かを言うわけではない。唯一の変化は和壱とあまり会えなくなったことかもしれない。
 ある日二組の生徒から話しかけられた。

「なぁ、槻木さぁ、三組の奴らからいろいろ言われてるぞ。」
 
 普段授業で班を組んだりしている数人が心配して教えに来てくれた。

「………?何を言われてるって?」

「いや~、なんか槻木は男好きだとか、特定の女子虐めてるとか。」

「…………!?」

 驚きすぎて声が出なかった。

「俺達はそう思ってないからなっ!でもそれ言う奴らが噂広めててさ。」

 一人が固まった聡生に言い訳するように手をブンブンと振った。

「う、うん……。」

 でも女子は虐めた経験はないけど、和壱が好きなのは事実だ。
 真っ青になる聡生に、もう一人が慌てて励ましてくる。

「あの、槻木君って三組の紫垣君と仲いいだろ?そいつの彼女って一ノ瀬さんだからさ。絶対一ノ瀬さんがなんか噂流してるって分かってるから!そんな心配すんなよ。」

「え、一ノ瀬さん?」

 そうだ、前に郁磨も一ノ瀬菫はメンヘラだと言っていた。そもそもメンヘラがなんなのか聡生はあまり知らない。ちょっと頭のおかしい人をそう言うのだろうと思っていた。

「前に言ってたやつかぁ、俺も聞いたけどドン引きしたやつな。」

「そうそう、前の彼氏を追い込んでうつ病にしたってやつ。」

 う、うつ病!?

「SNSに有る事無い事投稿して、最終的に妊娠したとか言い出して、前の彼氏は否定してんのに学校巻き込んで大騒ぎになったやつな。実際は妊娠なんかしてないって言うか彼氏とそんな関係でもなかったのに、違うってわかるまで時間かかって、その間に男の方は精神病んじゃったってやつ。」

 ざっくりと分かりやす過ぎる説明に、聡生は青ざめた。

「ええ…?じゃあ和壱もそうなる運命……?」

 まだなってないから大丈夫と肩を叩かれる。

「いや、紫垣より槻木君の方が今標的になってんじゃ?」

 はっ!言われてみればそうだ!
 皆んなは、でも何で槻木君が?と首を捻っている。
 もしかしたら一ノ瀬菫は聡生と和壱の仲を疑っているのかもしれない。誰にも気付かれないよう気を付けてはいるが、疑われるような態度でもとっていたのだろうか。

「とどどど~しよう!?」

 ますます青ざめる聡生に、二組の皆んなは優しかった。
 もし学校までの騒ぎになったら、違うと証言してくれると言ってくれた。
 ありがとう~とお礼を言ってこの日は皆んなと帰宅した。とてもじゃないけど、美術室に寄って帰る気力にはなれなかった。
 最近は和壱もあまり放課後来てくれず、来るのは郁磨か千々石の二人しか来ないので、三人の『美術部二年』というグループトークに先に帰ると入れておいた。



 ブブ…という振動に、郁磨はポケットのスマホを取り出した。
 今日は元気ないから先に帰るという聡生のメッセージを読んで、了解とスタンプを返した。最近お気に入りのアニメ『双子ちゃんは愛し合いたい』というちょっとロリエロいアニメの主人公双子の女の子がイラストになったスタンプだ。認知度は低い。
 弓道部に行っているであろう千々石からは、了解気をつけてとだけ短文が入ってきた。
 郁磨は一組から出て、二組、三組と通り過ぎていく。三組の扉は開いていて、教室を出ていく生徒で混み合っていたが、奥の方にまだ和壱達グループがお喋りをしていた。勿論一ノ瀬菫もそこにいる。
 横目で見ながら様子を観察した。
 聡生の元気がないのは噂の所為だろうと郁磨は思っている。
 三組の一部で槻木聡生を悪く言う噂が出ていた。
 郁磨は女子からその噂を聞いたのだが、聡生がホモだとか紫垣和壱に付き纏っていて気持ち悪いだとか言われているらしい。
 今の三組には聡生達の同中がいないのと、一年生の時一緒だった人間が少ないのが、余計に噂を広める原因になっていた。
 二人が幼馴染で今でも仲が良いと知っている人間だったら信じないことだ。
 まぁ、聡生がホモかどうかは知らないけど。
 何で紫垣は否定しないんだろう?あんだけ仲良かったのに…。
 一年の時同じクラスだったが、紫垣と聡生の仲の良さは別物だった。それに聡生を中心に集まってただけで、郁磨自身は紫垣とはそう仲良くない。完全に別世界を生きてるのかってくらいにタイプが違うので、聡生がいなければ一緒に行動することもなかった。
 まだ千々石の方が話しやすかったし、聡生がいなくても会話が成立していた。

「……………うーん。」

 少し考え、郁磨は明日聡生と千々石がお昼を食べているらしい美術準備室へ行ってみることにした。












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