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4 カマをかけないで
聡生と千々石がいつものように美術準備室で弁当を食べようとしていたら、珍しく郁磨が廊下側の扉を叩いた。
ここを使っているのは内緒なので、知っているのは三人だけになる。
千々石から和壱には教えないでと言われたので、和壱にも教えていない。元々お昼ご飯は二年に上がってから一度も一緒に食べたことがなかったので、特に不都合はなかった。
「おじゃまぁ~。」
へへーんと言いながら入ってきた郁磨に、千々石が椅子を一つ用意してあげていた。千々石はこういうところが紳士だなと思う。
お礼もそこそこに郁磨はドカッと座り、自分のお弁当を広げ始めた。
「相変わらずよく食うね。」
お弁当だけでは足らずにパンやオニギリも持参している郁磨に、聡生は感心してしまった。この細い身体のどこに入ってるんだろうと不思議になってしまう。
聡生も食べ始めながら、三人でそれぞれのクラスのことや部活について話したり、郁磨のよく分からないアニメの話を聞きながら食べていると、先に食べ終わった郁磨が改まって聡生の方を見た。
「実はさ……。」
「え、うん。」
普段はトボけた顔をして話す郁磨だが、真面目な顔をすると目がキリリとして少しだけ賢く見える。
「聡生ってゲイ?」
「ぶっ!」
「うわっ!」
米が飛んだ!
「ご、ごめん、千々石君……!」
正面にいた千々石に米粒が散って聡生は青ざめる。
「そんな口ん中入れてたんだ?何で早く食わねーの?」
「えぇ~??何言ってるの?だいたい、な、何で、俺がゲイって……!」
聡生は動転していた。
真っ赤な顔で立ち上がる。
「いやぁ、三組の噂はともかく、一年の時聡生と紫垣が特別に見えたのは事実だし。」
ピタリと聡生の動きが止まった。その様子を静かに千々石も見ながら、飛び散ったご飯粒を片付けていた。
「……特別って、どんなふうに?」
尋ねる聡生に、郁磨は買ってきたペットボトルのジュースを飲みながらフフンと笑った。
「まず距離感おかしい。」
距離感?いや、そんなバカな。確かに和壱が肩に腕を乗せてきたりすることはあったけど、聡生からはしていない。十分に気を付けていたことだ。
「それなら紫垣の方がおかしいだろ?」
黙って聞いていた千々石も口を出してきた。
「確かにね!だから僕は紫垣の方がゲイだと思っている!」
郁磨の意見に聡生は開いた口が塞がらなくなった。
「ま、待ってよ。和壱はずっと彼女がいるんだからそんなはずないよ?」
「カモフラージュだろ?」
「違うよ~!」
いやいやいや、と郁磨は首を振る。いつも和壱の恋愛相談を聞くのは聡生だ。完全に和壱はノーマルだと思う。
「だって、どっちかっていうと紫垣の方が聡生にベタベタしてるじゃん。だから僕はお前らをリア推しとして影から見守ろうと壁になり………!」
熱く語り出した郁磨に唖然とすると、ハッとして郁磨は口を塞いだ。
「しまった。最重要機密が。」
「何が機密だよ!!」
聡生は思わず叫んでしまった。
昼休みが終わりに近付き、三人は廊下に出た。
次体育だという郁磨は手を振りながら元気に去って行った。
「何考えてるんだ……。」
まだ午後から三時限あるのに疲れてしまった。
「ねぇ、それでどっちなの?」
「ん?」
普段あまり他人事に関心のない千々石が問い掛けてきた。
「………ゲイって。」
がくーと肩が落ちる。
ここはきっぱり否定しておかねば!
「違うよ。俺も和壱も違うからね!」
「そうなんだ?」
そうそうと力強く頷く。
千々石の手が肩に置かれて引き寄せられた。背の高い千々石が少し屈んで聡生の耳に口を近付ける。
「残念…。」
んんん?
千々石の吐く息が耳にかかり、くすぐったくて思わず肩をすくめてしまう。
ワシャワシャと頭を撫でられた。
「急ごう。俺も移動教室だからさ。」
ニコッと笑う千々石はいつも通りだ。
聞き間違い?
二組は次何の授業かと聞かれて英語と答えながら、さっきの千々石の言葉が何だったのか理解できずに上の空で教室まで帰って行った。
和壱を何で好きになったのかなんてよく覚えていない。いつも見ていたから、いつの間にか聡生の中で和壱が一番になっていた。
元気で明るくて優しい幼馴染。
集団に入るのが苦手な聡生を、いつも引っ張って行ってくれた。
和壱と別々のクラスになっても、人とそれなりに付き合えるようになったのは、人懐っこい幼馴染のおかげだ。
当たり障りのない人間関係ですら出来なかった小学生の頃を考えれば、かなりマシになったと思う。そんな自分だから、和壱がこの世で一番になってしまった。
和壱がいなかったら今の自分はないと思えるほどに。
英語の授業で班を作りお互い会話をしなさいと言われて、そんな時でも普通に話せるようになったのは和壱に影響されてだった。
和壱のようになりたくて、いつの間にか和壱ならこんなふうにするかなとか考えながら話すようになった。
勿論全く一緒のようにやれるわけではない。
和壱のように人の輪の中心にいるのは無理だけど、今ならその輪の端っこには入れる。
「えー?槻木君って塾通ってたでしょう~!」
意外と英語が上手いと班でお喋りをする。英語で話さなければならないのに、殆ど日本語になっている。
「あはは、違うよ。七組の千々石君に習った。」
英語が苦手だと言ったら、一年の時から教えてくれるようになった。しかも千々石の英語はネイティブかと思えるほど上手だった。目を瞑っていたらどこの国の人が分からないレベルだ。
「うっそ、千々石君!?」
周りの女子から何故か詰め寄られる。
「う、うん。千々石君、頭いいよね…。」
女子の目がギラついてて怖い。
「槻木君の周りって何でそんな顔面偏差値高いのばっか!?」
顔面偏差値……。和壱とか千々石君のことかな?
「あ、でも郁磨も…?」
「…………。」
そこは皆さん黙るんだ。
わいわいと話しながら授業は進んでいく。外を見たら校庭を走る郁磨が見えた。最近雨続きだが、今日は雨が止んで曇り空だった。地面は濡れているが、校庭を走らされている。
「郁磨って野波君のことだよね?確かに顔はまぁまぁ可愛い系なんだけど、怪しいのよね~。」
「わかる。なんか柱の角から見てるっていうか、教科書立ててのぞいてるっていうか!」
郁磨何やってるんだろう?かなり女子にボロクソに言われている。
「あ、和壱くんっ!」
うそうそっ!?と女子数人が窓に張り付いた。
そういえば郁磨の一組と、和壱の三組は合同体育だったことを思いだす。
女子と並んで窓から外を見ると、和壱と一ノ瀬菫が腕を組んで歩いていた。
いつもは別れててもおかしくない期間なのに、今回は確かに長い。
「和壱くんって好み変わったよね~。」
「アレならあたし達でもよくない?」
好き勝手いうなぁと思いながら見下ろしていると、和壱達の後ろから郁磨がちょこちょことついて行っていた。
「何してるんだろう?」
思わず声に出してしまう。
なんていうか、確かに怪しい。だから女子に嫌われるのだろうなと思ってしまった。
どうやら郁磨は二人の後を追いかけているようだが、何の為にやってるのか分からない。
後で聞こうと思いつつ、聡生も和壱と一ノ瀬菫を見下ろした。
楽しげに笑いながら何かを話している。
最近和壱に会っていない。朝はまだ一ノ瀬が迎えに来ているのか、バスに乗っても和壱はいなかった。
三組ではまだ聡生の悪口が広まっているのかもしれないが、それを和壱も聞いているのだろうか。聞いて何も思わないのだろうか。
何となく距離を感じて寂しくなってしまった。
最近会ってないなと思っていた和壱が、美術室の前にいた。
「……っ!」
「よお。」
「来てたんだ?今日部活休みだっけ?」
和壱は頷いて聡生が来るのを待っていた。バスケ部が休みの曜日ではなかったはずなのにと思いつつ、久しぶりに和壱と話せたことに心が浮き立つ。
「あ、今こっち使ってるんだよ。」
そう言って美術準備室の扉の鍵を開けると、和壱は驚いていた。
「だからこの前来た時いなかったんだ?」
「え?来たの?ごめん、気付かなかった。」
そう言って聡生は扉を開けて和壱を中に入れると鍵を閉めた。一応勝手に生徒が使ってはいけない場所なので、誰も入って来れないようにしておかなければならない。
中には千々石が持って来た冷風機が置いてあった。タンクを取り出し水を入れてスイッチを押す。
いくら美術室側が北向きとはいえ、徐々に気温は暑くなってきている。
もう直ぐ期末テストが始まり、その後には夏休みに入る時期だ。
梅雨ということもあり湿気が多いのも蒸し暑さを増している原因になっていた。
「冷風機持ってきたのか?」
「うん、千々石君がね。暑いだろうからって。流石に美術室の方には置けないけど、準備室なら置いてても誰も来ないだろうしいいかなって。」
湿気は増すけど暑いよりはいい。
「ふーん……。」
何故か和壱の機嫌が悪くなった。
「えっと、こっち側にきた方が涼しいよ。」
よく分からないが椅子を用意して座るように促した。
和壱は無言でその椅子に座る。
「今日は千々石来るの?」
「今日は弓道部行くから来ないと思うよ。」
「へー。アイツの予定知ってんだ。」
「え?うん、まぁ………。」
お昼ご飯をここで一緒に食べる時に、自然とそういった日常的な流れもお互い話すことが多くなった。今日部活があるとか、一緒に帰ろうとか、最近では当たり前のように話していた。
今日はお昼に郁磨が来たので、そこまで詳しく話さなかったなということに今気付いた。
バックからスケッチブックと鉛筆を取り出し、スマホを弄ってどの写真を書こうかなと選んでいく。
紫陽花描こうかな……。
朝、綺麗だった。いつも乗るバス停の側に咲いている紫陽花だ。朝降った雨が粒となって花びらに乗っていた。朝日でキラキラしていて綺麗だったから思わず写真を撮ってしまった。
スケッチブックを開いてスマホを脇に置いて紫陽花を書いていく。
「それ、バス停の?」
和壱が話しかけてきた。
いつものように和壱は自分の事をすると思っていたので、聡生の方を見ているとは思っていなかった。
「そうだよ。今日紫陽花に雫がいっぱいのってて、太陽の光が反射して綺麗だったんだ。」
聡生が説明すると、和壱は目を細めて聡生を見た。
「うん、通り過ぎる時見た……。聡生が気に入りそうだなって。」
「そうなんだ。最近どの時間に乗ってるの?」
高校に入ってからずっと一緒のバスに乗っていたのに、今は全く会わなくなった。朝から一ノ瀬菫が迎えに来たと聞いた時から、聡生は和壱と会う時間が無くなってしまった。
考えてみれば今まで和壱が聡生に合わせてくれていたのだということに気付いた。
彼女がいても和壱は聡生との時間を減らすことはなかったのだ。今は聡生より一ノ瀬菫との時間の方が大切になったということだろう。
……いや、それが普通だよなと聡生はどこか諦めた。男同士の友達より、彼女を優先して当たり前だ。
とりあえず何時のバスで出てるのか聞くのは普通だよなと思い、気になっていたので尋ねた。
「あ~、六時五十二分。」
「ええ!?はっやっ!」
何だよ、と和壱は不貞腐れた顔をする。
「もしかしてずっと一ノ瀬さん迎えに来てるの?」
和壱はそうだと頷いた。
早く学校に来て、一ノ瀬さんが作ったおにぎりを食べているらしい。
女子はそんなことするのが普通なのかなと思いつつ、聡生ではやっぱり敵わないなと気落ちした。
「………なあ、聡生。」
「え?あ、う、うん。なに?」
少々ショックを受けた聡生は気付かなかった。和壱が考え込むように聡生の様子を見ていたことに。
「…………うん、何でもない。」
いつもより元気のない和壱に、聡生は心配になって首を傾げた。
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