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黄金 

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5 和壱の迷い


 槻木つきのき聡生そう和壱かいちの幼馴染だ。
 小学校からの付き合いで、ずっと仲が良かった。
 家は少し離れていたけど、自転車で走れば大したことはない。
 聡生は大人しい性格で、いつも自分が引っ張っていく方だった。
 大人しいので男子の輪に入れずオロオロしているのを見つけたら、和壱はすぐに聡生も誘って輪の中に入れてやっていた。
 そんな時の聡生は、和壱を尊敬した眼差しで見てくれた。それが和壱にとってはとても嬉しいことで、聡生に頼られるのが凄く誇らしかった。
 まるで聡生にとって和壱はヒーローになった気分だった。
 
 中学校に上がり、成績も割と近くて、地元の進学高を二人とも選んだ。合格したらバスで一緒に通えるねと、塾に通い合格したのだ。
 入学式で真新しい花籠井かごい高校の制服を着た姿に、お互い照れてスマホで写真を撮った。
 
『なんか照れるな。』

 眩しく笑う聡生の笑顔は控え目で、女の子みたいに可愛いわけでもないのに、妙に可愛いと思った。
 和壱は聡生を同じ歳なのに弟のように可愛がっていた。
 
 和壱は子供の頃からよくモテたが、小学生の頃は目が大きくどちらかというと可愛い顔をしていた。そのまま中学生になり、身長も伸びてきて声変わりし男らしくなってくると、何故が女子にも男子にもモテだした。
 聡生は和壱のことをカッコいいからだと褒めてくれたが、流石に男子にまではモテたくなかった。
 女の子でもスマホにメッセージで告白してくるこのご時世に、男子の手紙での告白率が多い。
 スマホなら誠実そうならお断りの返事をしてブロックか、無視してブロックだが、手紙は実物だ。
 手の中にある手紙をどう処分したらいいものか分からず、耐えきれずに聡生に相談したことがある。
 聡生は溜まり始めて五通目になった手紙を一つ一つ読みながら、真剣に考えてくれた。
 相手も和壱も傷付かないようにと。
 和壱に彼女がいたらいいんじゃないかと助言してくれた。
 今は誰とも付き合ったことなく、和壱がどんな子が好きか分からないから告白してみようと思うのかもしれないと。
 それもそうなのかなと思った。
 だけど男子よりも女子の方が告白してくる数は多いが、困ったことに和壱には好みというものがなかった。
 どんな子にしよう……。
 受け取った手紙やスマホの告白メッセージを見せて、どの子がいいかとは流石に聡生には聞けない。
 どんな子なら付き合えるかなと考えた。
 目の前の聡生を見て思いつく。
 真面目な子がいい。頭が良くて、大人しくて、控えめな性格。高校に上がっても髪を染めたり化粧をしたりしなさそうな子。
 それから和壱はそんな子とばかり付き合ったが、長続きしなかった。
 付き合ってみて、合わないなと思うことばかりだった。
 思った通りの性格と違う。
 

 既に何故彼女を作っているのか分からない。
 一番近い単語は惰性だ。
 
『誰かと付き合ってみたら。』

 そう聡生に言われた時、自分は確かに納得した。誰かと付き合ったら、こんな面倒臭い告白が減ると。そうしたら、聡生と一緒にいる時間が減らずにすむと。
 だけど彼女と言うものには余計に時間を取られていった。
 だから長続きしない。
 これ以上しつこくしたら別れると言えば、皆んな怒るか、悲しむかして涙を流す。
 彼女より幼馴染を優先するのはおかしいと、ハッキリ言う人間もいた。
 
 高校二年生では、流石に自分に問題があるのかと思い、付き合ったら長続きさせたいのだけど、どうしたらいいかと聡生にまた相談した。
 聡生は自分はお付き合いしたことないから尋ねられても利になることは言えないと言うのだが、他の人間に相談する気にはなれなかった。
 違うタイプにしてみたらどうか。
 なるほどと納得し、今度は違うタイプにした。
 それが一ノ瀬菫だった。
 髪は焦茶色に染めて、毎日緩く波打つようにセットして、目がぱっちりとなるよう化粧をしている。
 性格は明るく社交的で、既に男性経験もあった。これなら真逆だし続くだろうと思った。
 何より菫に決めた理由は、友人関係に割り込まないと言ったからだ。
 
 最初は上手くいっていた。
 だけど気付いたら聡生との距離が遠のいていた。
 しかもクラスの奴らが何故か聡生を悪く言っていることに気付いた。菫に確認したら、聡生は和壱に対して執着しているホモだと言われているのだと教えてくれた。
 聡生が執着?俺に?
 聡生は大人しく、聡生の方から他クラスに入ったりしないし、自分のクラスでも騒いだりしない。
 優しいし遠慮しがちで、他人の意見に流されやすい。だけどやるべきことはキチンとやれる人間だ。
 誰かを好きだという話は聞いたことがない。ましてや自分に特別な感情を持っているそぶりはなかった。
 
『聡生が俺を?いつから?』

 中学生の頃、同級生の男子が無理矢理渡してきたラブレターのような嫌悪感は感じない。

『それは分からないけど、ずっと見ててそう感じるってみんな言ってるから。』

 今のクラスは聡生と関係ある人間が殆どいないのに?
 
『あたしも………、ちょっと怖いなってことがあって……。』

『怖い?』

 実はね、と菫は話だした。
 
『和壱と付き合い出してから呼び出されたの。忠告だって言って……。和壱は絶対に彼女より自分の方を選ぶから調子に乗るなって言われたのよ。』

 聡生が?そんなバカな!
 驚いてすぐに返事をしないでいると、菫は泣き出した。

『………ぐす…、信じてくれないの?………本当に怖かったのに……。壁を思いっきり叩いて脅してきたのよ!』

 信じられない。
 だが菫は思い出したのか涙をポロポロと流している。

『和壱くん……、やっぱり信じてくれないんだ……。』

『………いや、ちょっと信じられないっていうか…。本当に聡生がそんなことしたのか?聡生はそんなやつじゃないんだけど……。』

『聞いてた通りだ……。あたしね、和壱の前の彼女達に別れた原因聞いたことあるの。皆んな言ってたよ。和壱の幼馴染の所為だって!槻木くんがいるから皆んな別れたんだよ!』

 菫は和壱の胸に縋り付いて懇願した。涙が溜まりポロポロと落ちていく。
 お願い、信じて。
 普段の強気で明るい菫が弱々しく縋る姿に、和壱は哀れに感じて抱きしめた。

『……今は冷静に考えきれない。俺の知っている聡生はそんな奴じゃないしさ……。少し待っててくれる?聡生に確認するから。』

 和壱は菫を抱き締めることによって、菫の表情が見えなかった。菫の表情が苛立たしげに歪み、奥歯を噛み締めたことを。
 和壱が泣いている菫を落ち着かせようと頭を撫でる間、菫はギリっと歯を食い縛り考える。
 パッと上げた顔は元の通り弱々しく小さな笑顔を浮かべていた。

『うん、いいの。和壱なら分かってくれるって思ってるから。』

 信じてる。
 そう言って胸に寄り添う菫に、戸惑いつつも和壱は菫を優しく抱き締めた。


 
 久しぶりに聡生に会いに来た。
 最近はクラスメイトか菫と一緒にいることが多くなり、夕方は部活もやっているので会う機会がなかった。

 いつも通り美術室にいるだろうと思ったら、鍵は閉まっていたし人の気配もなかった。
 まだ来ていないのかと思い待っていると、暫くして聡生がやってきた。
 聡生は相変わらず俺の顔を見たら嬉しそうに破顔する。その表情を見て、聡生が菫を脅したというのは何かの間違いじゃないかと思ってしまう。
 今は美術室の方ではなく準備室の方で描いているのだと言って、美術準備室の鍵を開けた。
 前はごちゃごちゃと物が積まれていたのに、今は綺麗に整頓され、椅子が並べてあった。
 ここにどうぞと聡生が勧めてくれる。
 冷風機が置いてあり、千々石が持ってきた物だと聞いてどこかモヤっとしてしまった。
 千々石とは一年の時同じクラスになり、その時から聡生と仲が良い。千々石はあまり固定の友人を作らないようなのに、何故か聡生とだけは一緒にいたし、そんな千々石に聡生は安心しているようだった。
 聡生は自分の親友で幼馴染なのに、盗られたような気分になる。
 冷風機を睨みつけて千々石への悪態を心の中で言っていると、聡生も隣に座ってスケッチブックを取り出した。
 サラサラと絵を描き始める。
 聡生が乗ってくるバス停の紫陽花だと思った。聡生なら気にいるだろうなと思いながらバスの中から見ていた景色だった。
 バス停の紫陽花だなと言うと、嬉しそうに笑いながら頷いている。
 バスの時間を聞かれたり、菫の話をしたり、またいつものように弾む会話にどこかホッとした。
 聡生は変わらない。
 穏やかで優しいのが聡生だ。菫を脅したなんて信じられない。
 だったら菫が嘘をついたことになるが、どちらを信じたら良いのか分からなくなった。
 そもそも和壱は確認すると言いつつここに来たが、菫を脅したかどうか聞く勇気がない。
 本当に脅していたらどうしようと思ってしまった。
 菫は華奢で女性らしい身体つきをしている。聡生は男らしい鍛えた身体をしているわけではないが、それでも女性の身体よりは逞しい。女性の菫からすれば、十分怖いだろう。身長だって十センチくらいは聡生の方が高いのだから。
 黙り込む和壱を聡生は首を傾げて心配そうに見ていた。
 その姿は無邪気だ。
 とても何か悪事をやるようには見えない。

 もう一度菫から詳しく聞いてみようと思い、今日は尋ねることができなかった。



 翌日、朝からまた菫が家までやってきた。
 雨が降る音が聞こえてくる。こんな日くらい今日は来れないと言ってもいいのにと思う。

「こんな早くから毎日来なくても大丈夫だぞ。」

 そう言うのだが、菫は止めようとしない。
 
「折角来てくれてるのに迷惑そうにしないのっ!」

 影で母親にまで注意されて、急いで用意して家を出た。

「和壱くん、迷惑かなぁ?」

 下から覗き込む菫に、迷惑とは言えずに半笑いする。
 二人で傘を並べて歩くが、喋りながら歩くには不便さを感じる程度には雨が降っていた。
 こうなるともう聡生の方がいいなと思えてくる。
 黙って歩いてても聡生は気にしない。自分の好きなことに没頭するので、たまにスマホで気に入った景色を撮ったりするし、和壱が話しかけなくても楽しそうにしていたりするから気を使う必要がない。
 和壱はバス停に向かって歩きながら、何で長続きする彼女が欲しかったんだろうと考える。
 元々は同性からの告白を無くすために彼女を作るようになった。誰かが好きだったわけでもない。要は風除けだ。助言した聡生はそこまで考えたことではないだろうと思う。
 いつだったか、付き合い出してから良いなと思うようになるかもだよとか言っていたし。
 だがそんなことにはならず、結局いつも別れてしまっていた。どうやら俺は彼女に対して冷たいらしい。
 高一で付き合ったのは三人だけど、全員一ヶ月保たなかった。だから菫は過去一長い方だ。なにせ付き合い出して二ヶ月超えたのだから。
 そう言えば、元々は菫が和壱に話しかけてきた内容から、長続きさせようと思ったんだった。
 聡生と和壱が噂になっているって。聡生も男が好きだとか言われたら困るんじゃないかと、女子何人かで話しかけてきた。
 この時はまだ、そこまで悪意のある噂ではなかった。
 数人の女子が揶揄うように言ってきただけで、菫が一人で言ってきたわけではないが、その数人の中に菫もいたことを思い出した。
 変な動機で彼女を取っ替え引っ替えしているのは自分なのに、聡生に迷惑をかけたくなくて、次の彼女は長続きするように我慢しようと思ったんだった。
 そのくせまた聡生にどうすれば良いのか相談したんだけど……。
 また俺は聡生の意見に納得して、告白してきた菫を彼女にした。
 聡生に有難うと感謝したら、聡生は笑顔で大したことないよと返事を返していた。
 いつものように頬を染めて困ったように笑って。
 聡生の為に暫く同じ彼女と付き合うつもりでいたのに、結局聡生に対する変な噂は悪化している。しかも菫を脅している?そんなはずはない。聡生は誰よりも優しいのに。

「…………バス代バカになんねーだろ?勿体無いから明日から来なくていいよ。」

 迷惑かという質問に答えを返す。
 菫のことは嫌いじゃない。だけどもうそろそろ聡生と一緒に登校したい。クラスが別れてから会える時間が少なくなった。
 
「……和壱くん、でも、あたしは和壱くんのこと好きだし、一人になりたくない。また何か言われたら……。」

 遠回しに聡生が何か言ってくるのだと菫は匂わせてくる。

「昨日聡生と話だけど、そんな感じなかった。」

「………好きな人の前では誰だって嘘つくんだよ。本当にちゃんと聞いてくれた?」

「………………。」

 聞かれたかと言われれば、聞いたわけではない。だから反論しにくかった。

「じゃあ証拠見せるから。」

 バス停についてから菫は和壱を見上げて言った。

「証拠?」

「あたしが槻木くんに脅されているところを見せれば納得するよね?」
 
 何だか嫌な予感がするのは、雨が酷く降るせいだろうか。
 本当に聡生が菫を脅す場面を見た時、自分はどうするのだろうか。
 どちらかを選べと暗に言ってくる菫に、和壱の機嫌は悪くなる一方だった。
 









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