落ちろと願った悪役がいなくなった後の世界で

黄金 

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空に浮かぶ国

24 また会いましょう

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「邪魔だったか?天空白露を落とすのに都合が悪かったからホミィセナを唆したのか?」

 そうだろうと思ったが、確認の為に尋ねた。そして自分が手を回したというのに、さも偽善者よろしく止めに入ったんだろう?その行動で聖王陛下と神聖軍主の心象は落ち、青の翼主の印象は上がり、天空白露で権力を握っていった。
 ツビィロランはそれを知らずに死んで良かっただろうが、それに気付いた俺はどこか悲しい。
 考えすぎだと思いたかったが、クオラジュの一族がロイソデ国と緑の翼主一族によって滅んだと聞いた時、クオラジュがロイソデ国出身のホミィセナを神子として崇めたりしないだろうと思ったのだ。
 それこそ好感度百パーセントにでもしないとホミィセナはクオラジュを落とせない。一族の恨みよりも愛をとってもらう必要があるのだから。
 この世界に来た時、並んだ攻略対象者の中でクオラジュが一番遠い位置にいた。果たして何パーセントの好感度があったんだろうか。

「………………………ツビィロランも天空白露も無い方がいいのです。その為に殺そうと思って側にいたのに、琥珀の瞳が美しくて殺せなくなってしまったではありませんか。」

 え゛……、まさか今までの態度って、殺す為に側にいようとして優しかったのか!?
 それにドキマギした俺を見て、まさか嘲笑ってたんじゃないだろうな!?
 ちょっと前までツビィロランを助けてくれようとした良い奴だと思っていたけど、逆の可能性に気付いて悲しかったのに、クオラジュの吐く言葉がちょっと病んでて仰け反ってしまった。
 俺の顔を見てクオラジュは目を細めて笑った。
 厚い雲が覆う空を背にしたクオラジュの顔は翳り、少し寂しそうに見えるのだが気の所為だろうか。
 真っ直ぐに見つめてくる氷銀色の瞳が近付いてきて、クオラジュの唇が俺の唇に微かに触れたところで止まる。

「さて、色々あちこちで嘘をついたので私はここで退散いたします。さようなら。次は本当のお名前を教えて下さいね。」

 唇同士が軽く触れたままクオラジュが話すので、息がかかり擦れる摩擦で唇に痺れるような不思議な感覚が起きる。キスというには遠すぎて、会話というには近すぎる。
 息の匂いさえ瞳の色のようにどこか涼やかで、俺は動けなくなってしまった。
 クオラジュは手を離した。

「うえぇ!?」

 お、おち、落ちるーーーーーーー!!!

 ぼすんと俺は何かに落ちた。そんなに落ちた感覚がなかったのですぐ下に何かがあって、それに向かってクオラジュは落としたらしい。

「クオラジュ!天空白露を壊すつもりだったなんて聞いてないぞ!」

 イリダナルだった。お前も全部知ってたわけじゃないのか。俺は高所恐怖症だからイリダナルにしがみついた。イリダナルが飛びにくそうにしているが知ったこっちゃない。

「いいではないですか。本物の神子が天空白露を救ってくれたのですから。その恩恵は貴方の国に恵みをもたらしますよ。」

「おまっ!ーーーっあーーーくそっツビィロランっ!あまりしがみつくな飛べんだろうが!!」

 追いかけようとしているみたいだが、俺は怖すぎてイリダナルにしがみついていた。すまんがどうも出来ない。
 クオラジュは反転して羽を更に広げる。神聖力を更に強めると羽が大きるなるようだ。

「ツビィロラン、また会いましょう。」

 では、と言ってクオラジュは飛んで去って行った。遠くで合流したのはトステニロスのように見える。何もかもを知っていたのはトステニロスだけかもしれない。
 二人の姿は濃い雲の中へと消えてしまった。

「なんて奴だ。」

 クオラジュが一番攻略しにくいのは確かだよ。










 黎明色の羽が羽ばたくたびに、流れ渦巻く雲が巻きつき空間を広げていく。クオラジュの神聖力が空から海まで筒のように雲の穴を開け、見下ろす先に一艘の飛行船が見えた。

「ロイソデ国の船だ。」

 トステニロスの案内で二人はロイソデ国の飛行船の上にやってきた。
 天空白露の創生祭には大陸各国の要人がやってくる。ロイソデ国も勿論予言の神子ホミィセナの母国として王族一同招待されやって来ていた。

「彼等が愚かで嬉しい限りです。」

 何の躊躇いもなく実行できる。
 クオラジュの手のひらに炎が現れた。炎は凝縮され揺れ燃えながらも丸い塊に凝縮されていく。熱を増し高温になった丸い炎は、高熱となって白い光を放ちクオラジュの手のひらから転げ落ちた。
 ゆっくりとロイソデ国の飛行船へ落ちていく。
 真っ直ぐに下降した光る球はボスンと飛行船の屋根へ穴を開け中へと消える。

 音もなく飛行船の中に溢れんばかりの光が広がり厚い雲に濃影をつくった。窓から隙間から眩い炎が勢いよく漏れる。

 上空で羽を広げ静止するクオラジュとトステニロスを、煌々と光が照らした。
 一拍遅れて轟音が響く。ドオオォォォンーーーという地響きのような振動が大気を震わせた。
 ゴウゴウと飛行船を赤黒い炎が渦を巻いて燃え上がらせている。
 クオラジュはそれをジッと見つめている。氷銀色の瞳が炎の色に照らされ、熱が上空にいる二人を熱するが、構わず飛行船が燃え尽き炭となって落ちていくまで見続けていた。

「生きている者はいないようだね。」
 
「そうですね………。」

 元が何であったのか分からない程に燃やされ消し炭となった。誰かがたまたま見ていたとしても厚い雲でどこの飛行船か分からなかっただろう。



 青の翼主一族は緑の翼主一族と花守主の一族、そして地上のロイソデ国によって滅んだ。
 いくら天空白露が大陸で絶対的な権力を持っているとはいっても、地上に存在する数多くの人間達には敵わない。天上人とは希少な存在であり、青の翼主一族といえどそう多くはいなかった。だから天空白露を追われ地上に逃げても、数の暴力で捕まり殺されていった。それに最も力を貸したのがロイソデ国だった。
 背を切られた元聖王は、死んでいく一族を見送り、暗い牢獄で次期翼主になるはずだった子供の行く末を見させられた。
 小さな子供が神聖力を吸われるにも関わらず透金英の枝を抱え、ロイソデ王国に赴き透金英の花が咲いた枝を何度も何度も献上しに行く姿に涙していた。
 玉座の前で跪かされ、頭を踏まれても無表情に耐えていた幼子に、心を掻き毟らされ、壊れていった。
 一族を守れなかったことと、天空白露を自分の手で導けなかったことを悔やみ、そうさせた緑の翼主一族と花守主一族、地上のロイソデ国を憎悪した。
 あれ程愛した透金英の花が憎かった。
 花守主は青の翼主一族を捕える際、透金英の花をロイソデ国に大量に渡した為、神聖力に優れていたはずの一族が殺されていったのだ。
 無念の中、暗い牢獄で死んでいく虚しさが神聖力の塊となって死んだ身体の中に留まった。

 記憶も憎悪も愛情も、全てを固めた神聖力がクオラジュの中に入り込み、クオラジュはそれを消化するのに心血を注がなければならなかった。
 
 クオラジュは心の中にある激情をどうにかしたかった。そして悪魔の囁きがクオラジュを捕まえてしまった。
 
 その憎悪に染まった神聖力を消す方法がある。

 その対価がツビィロランだった。
 クオラジュは予言の神子ツビィロランが生まれた訳を知っている。ツビィロランを誕生させたのはクオラジュだ。
 そしてクオラジュにそれを指示した者の思考を垣間見て、クオラジュは自分の過ちを知った。
 一族を消した者達を憎悪するからというのも、天空白露を海の方へ落とし救うというのも、味方を作っていく為の方便だ。
 本当は天空白露もツビィロランもこの世から消さなければならなかったのに………。
 

 飛び続けたクオラジュとトステニロスは、大陸の端が見える場所まで来た。
 雲は晴れ、見渡した先の大地は茶色に染まっていた。
 離れていたとはいえ海に落ちた天空白露の影響で、大陸には大津波が押し寄せ、波が荒れ狂い大地を飲み込んだ後だった。
 落とした海域はロイソデ国の真横だ。
 ロイソデ国の南にはイリダナルが治めるマドナス国があり、こちらに被害が届かない場所を選んでいる。ちょうどロイソデ国とマドナス国の間に半島があり、波を避けるだろうと予想していた。
 事前に被害が来ると知っていたマドナス国は堤防を作ったり結界を張ったりと予防していたが、ロイソデ国は壊滅状態になった。
 もう国として存在することは出来ないだろう。
 後はイリダナルが介入し、上手くこの土地を使っていくはずだ。マドナス以外の他国に渡すなんてことはしないだろう。


 宙に浮き静かに眺めるクオラジュを、トステニロスは窺うように声をかけた。

「今後どうする?」

 天空白露には戻れない。クオラジュが行く場所について行くつもりだが、計画は大きくズレてしまった。

「………そうですね。」

 クオラジュは考える。
 
 今、とても静かだ。
 こんなに静かに風の音を聞いたことがあっただろうか。
 ツビィロランを殺すと決めて、十三歳で天空白露へやって来た時から計画を進めた。
 クオラジュをいいなりになる奴隷の様に扱うロイソデ国共々、天空白露もツビィロランも一緒くたに消すつもりだった。
 ロイソデ国の王族に透金英の花を摂取させ、黒に近い髪色になった者を、予言の神子だと偽ってツビィロランを追い込み、殺すつもりだった。
 ホミィセナが黒髪になったのは偶然だ。
 花守主リョギエンの様な鈍色程度でも良かったのだが、黒に変わってくれるなんてと密かに笑った。

 ツビィロランを殺す前に、態と忠告をした。勘違いする様に、もっと焦る様に。焦りは泥沼に、より深く身体を沈めていく。
 思った通りツビィロランは焦り、周りに癇癪を起こし、ホミィセナの罠に嵌った。

 天空白露では死罪はないのだが、背を切り牢で神聖力を吸われ続けるのは哀れに感じて、一気に殺してあげることにした。
 だらだらと生かしておいてもいいことはない。
 その計画は上手くいったはずだった。
 なのに死体が消えたことに不安が増した。

 案の定、ツビィロランは生きていた。
 しかしどうにも人格が違う。その言動も行動も全くの別人で、サティーカジィに尋ねてみれば、彼も別人だろうと判断していた。
 死んだ身体に別の人格が生まれたのか、それとも本当に別人が入ったのか……。
 詳しく調べたかったが、ツビィロランの身体が生きているのはよろしくない。

 殺そうと思った。

 天空白露をホミィセナの神事における力の暴走ということにして海に沈め、神聖力が弱まった透金英の親樹ごと海の中に落とすつもりだった。
 そしてツビィロランにトドメを刺して一緒に全てを海の中へ落とすつもりだったのに………。
 
 ツビィロランによって邪魔されてしまった。
 どうやってかツビィロランは自分の計画を予測し、透金英の親樹に神聖力を与え天空白露を復活させてしまった。
 やはりツビィロランは予言の神子だ。
 星を瞬かせる夜色の髪は、天空白露を救ってしまった。
 しかもその理由が高い所が怖いから………。

 プッとクオラジュは笑ってしまう。
 そんな理由で邪魔されるとは………。
 可笑しくなってしまう。

 殺そうと思ってたのに、殺せなかった。
 あの琥珀色の瞳に魅入られてしまった。
 失態だ。
 
「ツビィロランは殺すんじゃなかったのか?」

 笑うクオラジュにトステニロスがまた尋ねた。トステニロスだけはクオラジュからちゃんと真実を聞いていた。

「……………手を、くだせませんでした。」
 
 一度ツビィロランの身体が死んでしまうのを見た。力を無くし、冷たくなり、鼓動が消えた身体に触り、自分が誕生させたのだから自分が消すべきだと思っていたのに、いざそれが現実になると心に焦燥が生まれた。
 分かりきっていたはずなのに、後悔が生まれた。
 本当は殺すべきなのに、殺せなかった。

「その方が人間らしくていいじゃないか。天上人と言えど、元々は人だ。」
 
 トステニロスの慰めが果たして正解なのか、二人にも分からない。
 クオラジュは何も言わずにまた笑った。
 
「クオラジュ、そろそろ移動しないと。」

 クオラジュは半眼になり考え込んでいたが、フッと顔を上げた。

「それもそうですね。行き先は決まりました。私が頼んでいた物は用意しましたか?」

 トステニロスは頷いた。

「船はあっちの半島に隠してる。それからコレ……。良かったのか?」

 クオラジュの目の前に小さな袋を持ち上げた。それはツビィロランが十年間使い古した時止まりの袋だった。中には透金英の枝とずっと作り続けた透金英の花が大量に入っている。
 クオラジュは袋を受け取り中を確認した。

「間違いありませんね。ツビィロランの神聖力をたっぷり感じます。こんな大量の神聖力を天空白露に置いておくわけにはいきませんから。」

 トステニロスは考えた。クオラジュはどう見てもツビィロランを意識していたように感じたが、こんな盗みを働いて大丈夫なのだろうかと。嫌われるんじゃないのか?

「………やっぱり返した方がよくないか?」

「仕方ありません。次会えた時に謝りましょう。」

 クオラジュはこうと決めたら揺るがない。結果までの過程に必要な手段を選ばないのがクオラジュだ。トステニロスは諦めて「そうか……。」とだけ返事をした。

「それで、どこに行く?」

 トステニロスは尋ねた。

「竜が住まう山に行きましょう。」

 クオラジュが黎明色の羽を羽ばたかせ隠してある飛行船の場所へと向かうと、トステニロスも後を追った。



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