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33 異界人の孤独
コンコンと扉を叩く。
もうずっと朝露は部屋から出てこない。
食事も少し食べてるだけ。
万歩が話し合おうと声を掛けても出てこない。
「朝露、話があるんだけど。」
聞こえているだろうけど、返事はない。
一度朝露が説明を受けている時に、万歩達も同席した。
呂佳から朝露の魂はまた異界に繋がっているのだと教えられ、朝露の顔は引き攣っていた。
向こうで愛希の身体は生きているのだと。
それがどんな状態かは分からないらしい。
永然もまだ異界に行ける程、回復していない。
異界に戻るにも霊亀か玄武の力が必要だが、玄武の力は借りれないだろうと言っていた。
僕にどうしろって言うの?
そう朝露は言っていたが、永然は向こうに帰った方がいいと返していた。
こちらで死んで放置しておくと、存在が薄くなって消滅するか、闇が深くなって妖魔になる可能性があるからと。
ちゃんと向こうに返すから、元の身体に帰った方がいいと。
万歩は永然に頼んだ。
元のトラックに轢かれた時に戻れないのかと。
それは出来ないと言われた。
元ある場所に返さないとならないと言われて、納得出来なくて執念くお願いしたけど、もしトラックに轢かれた時間に戻しても、元の身体に引っ張られるから、こちらに来てから経過した分だけ、同じ年月が流れた時間に戻ってしまうと言われた。
朝露は困惑していた。
その後から部屋から出てこない。
きっと向こうの世界を知る万歩しか、朝露に寄り添えないと思って、万歩は毎日扉の前に立って声を掛けている。
呂佳は元々神浄外の住人だし、愛希は望和にいつも突っかかっていた。
逆撫でするだけかもしれないからと、呂佳は近付いていない。
「愛希は向こうに戻ったらどうするつもり?」
思い切って日本に戻った時のことを聞いてみた。
慰めるより、これからの事を考えた方が良いんじゃないかと思って。
嫌かもしれないけど、俺だったら今更向こうに帰って暮らせと言われても困るだろうと思うけど、朝露は帰らなければならないのだ。
「向こうでも同じ時間が流れてるって言ってたよな?それだとさ、今いくつなんだろ?二十九?三十?……そう、考えるとさ、帰ってからの事、考えとかないと、困るだろ?」
返事は無い。
気配はする。きっと起きて聞いている。
だから話し続けた。
「学校も、高校中退?仕事もしねーとさ。」
コソッと音がする。
きっと身じろぎした。
「俺が、もし帰ったらどーするのかなって考えたんだ。」
きっと歳をとった自分にショックを受けるだろう。
どこで目覚めるのかも分からない。
向こうの身体がどうなってるのかも分からない。
分からない事だらけ。
きっと、朝露は不安だ。
俺なら不安で泣いている。
「とりあえずさ、高卒にはなってた方がよくね?確か、通信制の学校ってあるんだよな?もしくは定時制?親がどうなってるかなんて分かんないしさ、自分で学費も稼がなきゃかもしんねーよな。」
扉の向こうに気配がする。
俺は扉に手をついて話を続けた。
本当は目の前で元気付けたい。
泣いてるなら背中を摩って励ましたい。
それくらいしか出来ないけど、無視はしたくなかった。
「アルバイトとかしながら、出来ればなんか資格とかあった方が良いのかな…?」
俺は想像できる事を話し続けた。
卵の期間も考えると十五年は経っているんだなと思い直す。
この神浄外は変化が少なく、ゆっくりと時が流れる。
日本で十五年も経てばどう変わっているんだろう?
スマホもパソコンも、あっという間に新機種が出てきて、違う事が出来るようになるのに、ついていけるんだろうか。
向こうの世界の様子を予想しながら、懸命に考える。俺だってまだ高校生だった。社会なんて知らない。
コツン…と音がした。
「……ねぇ、そんな事言われても分かんないよ。万歩も来てよ。僕と一緒に向こうに帰ってよ。」
「……………朝露……。」
それは、出来ないんだ。
俺は向こうで死んでるのは確実だと言われた。
ここに召喚された理由である、妖魔討伐が終わったら、俺も朝露と一緒に帰るって言ったけど、無駄だって言われたんだ。
朝露はそのまま自分の身体に帰るけど、俺の身体は死んでもうないから、生まれ変わることになるって。
生まれ変わったら、神浄外の事なんか忘れるし、どこに生まれ変わるか分からないって。
朝露の元の身体の愛希に会えるか分からないって。会っても覚えていないし、愛希もお前だと分からないだろうって。
「……ごめん、ごめんな。偉そうに言って、何もしてやれなくて。いつも説教ばっかで、いざという時に何もしてやれなくて、ごめんな。」
俺は悔しい。
呂佳に寄り添って一緒にいたいと言いながら、何も出来ない。幼馴染のコイツにも、何もしてやれない。
「…………謝られたって、どうしようもないよっ!何で僕はここにいるの!?何でずっと一緒にいられないの!?いつも、僕は……っ!僕には、誰もいない!」
朝露があっちへ行けと怒鳴る。
「ゲームの世界なら、誰か一人くらい僕の事好きになってくれるって思ったのに!誰も思い通りにならないし、結局いつも通り一人でっ!」
「ここはゲームの世界じゃ…。」
「知ってるよっ!分かってるよっ!」
わんわん扉の向こうで泣く朝露に、開けてと言っても開けてくれなかった。
こんな時、どうしたら良いのかなんて俺も知らない。
最後は朝露一人で帰すしかないのだから。
「ごめん……。こんな事しか言えなくて。でも、俺は朝露が愛希に戻った時、不幸になって欲しくないんだ。だから、上手くいかなかったら俺の所為にしていいから、とりあえず俺の言う通り生きてみて欲しい。生きる為に仕事をしてお金稼いで欲しい。悪い事はダメだぞ?犯罪とかも、やるなよ?身体には気を付けて元気に過ごして欲しい。出来れば高卒の資格もとって欲しい。ごめんな、手伝えなくて。」
朝露が泣いて奥に引っ込んで言っても暫く声を掛け続けた。
聞こえていなくても、そうした。
雪代が心配して迎えに来るまで、ずっと扉の前で言い続けた。
「お前の所為じゃねーのに、そんな責任感じるなよ。」
雪代は息抜きだと言って、外に連れ出してくれた。
金茶混じりの白い髪がフワフワと風に流されている。狐の耳も尻尾も同じ白色だから、夕日の茜色を受けてオレンジ色に染まっていた。
少し金色がかってきた茶色の瞳が、俺を真っ直ぐに見ていた。
雪代は最初から強いなと思う。
迷いなく自分に正直だ。
「責任、とかじゃねーよ。同じとこから来て、朝露だけ戻して俺だけここに残るのが申し訳ないって言うか……。」
「…………でもお前だって長くても五十年しか生きられねーじゃん。」
雪代が静かにそう言った。
銀狼は魂が異界に属するから長く生きられないと聞いている。
でも向こうの世界じゃ確かに五十年は早いけど、あり得ない寿命じゃない。最初からそれくらいだと聞いていれば、そんなものかと思っていた。
「まだ後三十六年ある。」
雪代は目を逸らした。
最近の雪代は綺麗に感情を隠す。
最初会った時は耳も尻尾ももっと動いていた気がするのに、最近は呂佳みたいに静かだ。
「俺達狐獣人の平均寿命は百八十年ある。五十年なんて漸く伴侶迎えるくらいだ。」
そうなんだ。
雪代も俺が死ぬ頃には誰かいい人を見つけるのかな?
雪代は綺麗だし神力も多いから、きっと直ぐに見つけれる。
「俺は伴侶は作らねーよ。」
俺は神浄外で伴侶を作るつもりはない。だからそう言った。
「なんで?」
雪代が感情の見えない瞳で尋ねてくる。
だって神獣の誰かの伴侶になったら永然様が霊亀じゃなくなるらしいし、だからと言って普通の獣人と伴侶になったら玄武比翔様が玄武じゃなくなるらしいし。
そう聞いていて、命惜しさに好きでもない人と伴侶にはなれない。
それは永然様と比翔様を殺すようなものじゃないのかなって、思ってしまう。
天凪様が永然様も呂佳もきっと説明しないだろうからと教えてくれた。
天凪様は親である永然様がいなくならない様にしたいと正直に言われた。
それはそうだろうなと思う。天凪様は永然様を大切にしている。死んで欲しくないよな。
そう説明すると、雪代はそーだなって呟いただけだった。
雪代はいつも否定しない。
物凄く肯定するわけでもない。
ただ静かに話を聞いてくれる。
だから話し易い。
「雪代と話してると、なんか落ち着くな。」
何気なく思った事を言った。
こっちに来てから、多分雪代が一番仲が良い。
呂佳はいつも忙しそうだし、一人で行動する事が多い。
最近は那々瓊様がベッタリくっついているから、ゆっくり話す事も出来ない。
自然と一緒にいるのは雪代だった。
雪代が何も返事をしないので、どうしたんだろうと雪代の方を見る。
雪代はちょっとびっくりした顔で俺を見ていた。
俺と目が合うと、慌てて逸らしてしまった。
「どーしたんだ?」
「………いや、なんでもない。」
「ふーん?」
雪代の白い滑らかな頬が、夕焼けの所為で少し赤く見える。
雪代ってやっぱり性格も良いし、顔も綺麗だから、モテるだろうなぁと思ってしまう。
狐が伴侶を迎えるのが五十歳で良かった。
もし、雪代が伴侶を迎える時が来ても、俺はその時はいなくなるだろうから、寂しくないだろう。
生きているうちに、一人になるのは流石に堪えるからな。
俺はこの神浄外で、たった一人の異界人で、銀狼だ。
朝露の孤独は、俺の孤独と同じだ。
だから寄り添いたかった。
まだ俺には今は雪代がいるから寂しさが少ないだけだけど、その雪代が誰かに取られる時が来たら、きっと、物凄く寂しいだろうなぁ。
そう思って俺は雪代の綺麗な顔から目を逸らした。
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