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44 愚かな朱雀
一体どれ程の妖力を溜め込んだのか。
卵からフワリと出て来た美晴は、見えない圧力を神浄外からやって来た者達に与えた。
美晴の手に一振りの剣が現れる。
漆黒の巨大な剣は、軽々と美晴の細腕によって振り下ろされた。
手前に出た達玖李が自身の剣を出して受け止める。
その隙に空凪が水の刃を無尽に出して、美晴目掛けて打ち込んだ。刃は細い針のような形をしており、数十本が美晴に打ち込まれたが、ニィと笑ってそれらは蒸発した。
「げっ、効かない。」
「美晴は前回天凪と神力を混ぜて黒曜主を倒したんだっ!水属性には強い!」
じゃあ何が効くんだと空凪はゲンナリした。
「援護に徹して下さい。僕が出ます。」
呂佳が前に出た。
「あっ、俺の出番は!?」
戦闘経験が少ない万歩が慌てて呂佳に尋ねる。
「万歩はトドメを刺す為に力の温存です。決してやられないで下さい。」
そう言われてしまうと前に出れない。
万歩も自分が死んでしまえば全滅だと理解している。万歩は分かったと頷き、剣を構えて待機した。万歩の隣では雪代が護るように側に付いている。
呂佳は手に持っていた宙重の龍核の欠片を万歩に渡した。
「持っていて下さい。」
そして外した利虹をそっと広げる。
手に炎が宿り利虹が燃えた。
握り合わされた手の中から、極細の剣がスルスルと現れる。呂佳の右手に握られて、左手がスウッと添えて流されると、炎が宿り赤色に色付いた。
トンっと軽く地を蹴って美晴に肉薄する。
呂佳の利虹と美晴の漆黒の大剣が激しく重なり合った。
剣戟は出なかった。合わさった瞬間に美晴の剣から黒い霧が飛び散り音を吸い込んでしまう。
呂佳は表情を変えずに数度打ち込むが、美晴は口を半笑いに開けたまま利虹を受け止め続けた。
「那々っ!樹から龍核と神核を取り出して下さい!」
那々瓊は頷き、呂佳の指示通り妖魔の生命樹に向けて電撃を走らせた。
妖魔の生命樹も美晴の剣と同様黒い霧を纏い、本来ある筈の轟音をかき消していたが、確実に那々瓊によって枝を切り落とされていく。
見上げる程巨大な樹の枝は、次々と雷が撃ち落としていった。
聖苺はそれらを見ながら、一緒について来た兵士達を庇う為に後ろに待機していた。
兵士達は銀狼の加護から出てしまうとこの暗闇の中では生きられない。
なのでギリギリの所で身を隠すしかなく、聖苺は毎回彼らの守護を担当していた。
紅麗も本来はそうである筈だった。
「……………わ、いない。」
どこにいった!?
ざっと見渡す。
那々瓊は生命樹を切り倒していた。
呂佳、達玖李、空凪は妖魔となった美晴の相手を、永然と天凪は比翔と対峙していた。
紅麗は?
「……ばっ!やめっっ!」
万歩の背後にいた。
細く鋭い中型の剣を構えて、その刃を万歩に突き刺そうとしていた。
少し斜め後ろに立っていた雪代が咄嗟に動いている。
雪代の剣を紅麗が神力で塞いだ。腐っても神獣。神獣でも無い雪代の剣は、難なく拘束されてしまっていた。
雪代は万歩を突き飛ばして間に身体を滑り込ませた。
後ろから突き飛ばされた万歩が慌てて振り向く。
その時には万歩の表情が凍りついていた。
背を向けて紅麗と対峙している雪代の背中から、細身の剣が生えていたからだ。
「ちっ……!」
紅麗は雪代に邪魔された事により舌打ちした。
聖苺は無音で低空飛行し、剣を引き抜こうとした紅麗をすかさず拘束する。
「何バカな事やってんの?」
幼い姿からは想像出来ない程低く冷たい声で言い放つ。
紅麗は暴れたが聖苺の手はびくともしなかった。
「………放せ!」
紅麗は真紅の瞳を見開いて後ろから腕を巻き上げて拘束した聖苺を睨み付けたが、その翡翠の瞳が冷たく見下ろしているのを見てビクッと動きを止めた。
「何故銀狼を襲った?」
淡々とした聖苺の質問に、紅麗は挑むように笑って答えた。
紅麗は今までどんな我儘を言っても許されて来た。唯一鳳凰である聖苺だけが少し諌めてくるが、それも直ぐに治めてくれる。
今まで誰かに叱られた事もなかったので、静かに怒りを露わにする聖苺に怯えたが、生来の気の強さの所為もあって、震える声で言い返した。
「…っ!比翔が、神獣のいない世界にしようって!」
紅麗は嫌だった。
聖苺のように羽のある鳥人を産めと期待されるのも、その為に好きでもない者と伴侶になるのも。
羽がある神力に長けた鳥人がいればいいという思いは確かに紅麗にもある。紅麗は幼い時からこの神浄外の中で鳥人が一番賢く美しいと言われて育てられて来た。
それは紅麗の中にも根強く張り付いた思想だが、だからと言って紅麗は何故神力に長けて朱雀に選ばれた自分が、身体を痛めてまで子を産まねばならないのか不満だった。
産むなら死んでもいい者達に産ませればいいのだ。
その不満を比翔に見抜かれていた。
神獣というものを無くせばいいと言われた。
闇の中で銀狼を消す手伝いをするよう声を掛けてきた。
そんな事をすれば全滅だと言ったら、今回の妖魔は前銀狼の聖女美晴なので、万歩が死んでも闇の中の穢れは美晴が祓えると言って来た。
討伐部隊を神獣諸共消して、神浄外を美晴が統治すれば、朱雀の一族である鳥人だけを残してやると言われた。
他の獣人がいるから比べられるのだ。
聖苺が生きているからお前は羽のある鳥人を求められるのだ。
比翔の声は何故だか暗く紅麗の中に染み渡った。
注意を引きつけるから、銀狼を殺せ。
紅麗はこれでもう聖苺と比べられる事が無くなると思い頷いた。
紅麗は朱雀の母から生まれた鳥人。羽を持たずに生まれた者だった。期待されていたのに、産まれた瞬間にそれを裏切った。
今は次の羽のある者を産めと期待されている。
紅麗も羽のある者を産めなかったら失望される。それが怖かった。
聖苺さえいなければ……、その言葉は紅麗の中に深く突き刺さった。
話を聞いて聖苺は呆れ軽蔑した。
それはありありと翡翠の瞳に浮かんでいた。
「何よっ!なんでお前は羽を持って産まれただけのくせに敬われるのよ!?私は常に努力してるのに!」
聖苺は呆れ過ぎて掛ける声を失った。
紅麗が努力した姿を見た事が無かったからだ。常にやっていたのは美しさを求め着飾る事ばかり。まさか、それが努力だと言うのか。
呆れ過ぎてものも言えないとはこの事かと溜息を吐く。
「ふぅん?僕が敬われるのはちゃんと領地を守ってるからだよ。紅麗の努力は見当違い。だから羽持ちを産めとしか言われないんだ。」
残念だよ、紅麗。
聖苺は紅麗の拘束を解いた。
紅麗は慌てて立ち上がる。
完全に聖苺達に対立したので、比翔の方に逃げようとした。向こうに加勢すれば、美晴もいるので勝つ見込みがある。
背を見せるのは得策では無いと考え、紅麗は聖苺を見た。
その翡翠の瞳に一切温度を感じず、紅麗はゾッとして青褪めた。
早く比翔達の方に合流しなければ命がない。
普段飄々として楽し気に笑顔を見せる聖苺の無表情を初めて見た。
一瞬固まった身体は易々と聖苺に攻撃の隙を与えていた。
「残念だよ、紅麗。」
聖苺は心の中で呟いた言葉を声に出す。
放つ幼い声にも温度がない。
ズプンと紅麗の額に聖苺の幼い手が沈んだ。ツウーと赤い筋が流れる。
「い、いやよ、いや、私は鳥の一族を思って……!」
「はぁ…、ほんとバカだね。仮にここで銀狼が死んで神獣が全て全滅したとしても、直ぐに次の神獣が選ばれるだけとか考えなかったの?神はいるんだ。今も天凪の目を通して見ている。誰が何をしたかバレてるんだよ?玄武領は今殆ど住んでる者がいないからいいけど、朱雀と鳳凰領は火の海になるんじゃない?ただでさえ鳥人は弱いのに全滅だ。他の神獣と種族が黙ってないよ。」
頭に聖苺の指が沈んだまま、紅麗はブルブルと震えていた。
「そんな、そんな、だって美晴は銀露だから大丈夫って、天凪の代わりは銀狼がいれば大丈夫って……!」
「美晴は妖魔になってるよ?妖力を祓えるわけないじゃん。それに銀狼が天凪の代わりになるわけないでしょ?自分の頭で考えなよ。」
「考えてるわよっっ!!」
紅麗は悲鳴を上げた。
子供の小さな手がズブズブと額に潜ってくる。モゾモゾとする感触と鈍い痛みに恐怖した。沈む度にズキズキと頭の痛みが激しくなってくる。
聖苺はふっと笑った。
「怖い?そんな痛くはないでしょ?あんまりにもバカ過ぎて可哀想だから、痛覚は弱めてあげてるよ。でも多少は反省も込めて感じてくれないとね。」
「…………っっ!…………がっ、あ゛っ!?」
ブチンという音と共に聖苺の手が引き抜かれた。
血と体液に濡れた手の中には、真紅の宝石が握られている。
朱雀の神核だった。
「はい、終了~。もう君は朱雀ではないよ。ただの鳥人だ。子を産む必要もない。」
紅麗は恐怖で失禁していた。
下半身を濡らし顔面蒼白で口をハクハクと動かしている。
朱雀ではなくなった紅麗は限りなく弱い。
神核頼みの強さだったので、美しさだけを求めて何の努力もしなかった紅麗は戦力にもならないし敵にもならなかった。
聖苺はそんな紅麗を捨て置いて、雪代を抱き締めている万歩の方へ目を向けた。
泣いて縋り付く万歩と、グッタリと力無く倒れて血の水溜りを作る雪代がそこにはいた。
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