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52 銀狼と白狐①
妖魔討伐後、部隊は神浄外の巨城へ無事到着したが、唯一死にかけた雪代は、未だベットの住人となっていた。
もう大丈夫だと言うのに、万歩がやたらと心配するからだ。
確かにまだ神力は半分程度。
だが動かない訳ではない。
目が覚めた時は既に白虎領に入り、屋敷に寝かせられた直後だった。
運んでくれていた万歩が一番に気付いてくれて、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
この時に万歩と雪代が既に伴侶になっているのだと聞かされ、口をあんぐりと開けた。
まさか、伴侶になるだなんて誰が予想しただろうか。
後から永然様がお見舞いに来て、万歩をあの時点で庇ってくれたおかげで皆助かったのだと言ってくれて、誇らしくなった。
万歩を助けれたばかりか、部隊全員の命を救えた事が凄く嬉しかった。
だけど万歩はもう自分を庇うなと怒った。
怒って悲しそうな顔をした。
「死ぬかと、思ったんだぞ…。」
万歩の表情を見て、ごめん、と謝った。
ん、と返事をする万歩はまだ成人したての獣人だ。伴侶の契約までして雪代を助けてくれた事に感謝したが、本来ならまだまだ子供に毛が生えた程度の若い獣人。
雪代と結果的に伴侶となり良かったのだろうかと悩んでいる。
最初出会った時、万歩は呂佳の幼馴染で、好きなのだと泣いていた。
五つ年下の銀狼はまだ幼く、雪代よりも小さかった。
慰めるのも愚痴を聞くのも一度や二度じゃない。
もう呂佳の事はいいのか?
伴侶は作らないって言ってたのに、俺でいいのか?
今日こそは聞こうと思うのに、聞けずにいた。
もし、後悔していたら?
雪代と伴侶になる事によって、万歩はこちらの住人になってしまったのだ。
もう異界に帰れない。
伴侶の契約を解くには、どちらかの死しかない。もし万歩が死んだら雪代はきっと耐えられなくて死んでしまう。でも万歩は平気かもしれない。
伴侶の契約とは実に精神的なものに左右される。
ここ最近ずっと雪代は悩んでいた。
「~~~~~~っっ!あ゛~~~~~!!」
髪が乱れるのも構わずガシガシと頭を掻きむしる。
外に行こう!そーだ!素振りしよう!走ろうっ!!
雪代は限界を迎えた。
ずっと部屋の中にいるからダメなんだ!
そう結論付けると、部屋を出た雪代は訓練場へ向けて歩き出した。
ここは巨城上段東側の応龍の地だ。
銀狼である万歩がそのまま天凪の側近的立場になると言う事で、雪代も一緒に所属する事になった。
と言っても今雪代は療養中扱いだ。
万歩は毎日仕事を覚える為に出ている。
雪代は書類仕事は苦手なのだが、万歩は意外となんでも熟す。計算や書き物も得意だ。
学舎は十五歳までなので既に卒業しているが、その成績も主席だったのだと聞いている。
あの万歩が頭いい…。
メソメソと泣いていたのに。
悔しいような嬉しいような複雑な気分だ。
訓練場に着くと応龍隊の面々が訓練中だった。
入りたての入隊員を上官が教えているらしい。
詰め所に寄って隅の方でいいから使えるか尋ねると、問題ないと返事が来た。
「ごめん、木刀貸して。」
見知った顔だったのでついでに借りて行こうと手を出す。
立て掛けていた木刀を渡してきたのは、万歩の同僚だった。
歳はかなり上なのだが見た目は二十代半ば程度の灰色狼だ。同じ狼獣人という事で話すようになったのだと、妖魔討伐前に紹介されてからの顔馴染みだ。
「いいけど、もういいのか?死にかけたって聞いたけど。」
「うん、怪我はもういいんだ。神力がまだ全開してないだけで。」
灰色狼獣人はふーんと返事をしながらも微妙な顔をしている。
「お前、万歩に言ってきたよな?」
「え?言ってねー。仕事出てるし。少し汗かいたらすぐ戻るよ。」
渡された木刀を持ってヒラヒラと手を振りながら雪代は出ていく。その後ろ姿を灰色狼獣人は首を傾げてうーんとまた考える。
近くにいた新米兵士を呼び止めた。
「なんか嫌な予感がするから銀狼の万歩呼んで来て。」
美しい白狐獣人の後ろ姿を見送りながらそう言った。
柔軟、走り込み、素振り、いつもの通り流していく。
雪代は小柄ながら神力が多い為力が強い。
それでも万歩に負ける。
朝露から貰った神力のお陰で底上げされたはずだけど、まだ万歩と模擬戦をしていないのでどの程度上がったのか分からなかった。
今体内の感じから神力は半分超えた程度。それでも以前より多くなった気がする。
今なら勝てる!
…………かも?
素振りをしながら考える。
あの神力が実は呂佳のモノだったと知ったのは巨城に帰ってきてからだ。
いつの間にか那々瓊様と伴侶の契約が終了し、漸く部屋から出させて貰えたのだと言ってお見舞いにやってきた。
足に鎖を付けられていたのらしい…。
怖いなぁ、神獣って。
俺の伴侶が万歩で良かった。
万歩は優しいし。
お見舞いに来た呂佳は黙っていてすみませんと謝りながら、過去の説明をしてくれた。
天狐珀奥であった事、異界に望和として生きていた事、死んでこちらに永然様によって戻ってきた事。
だから那々瓊様があの時朝露の尻尾を欲しがっていたのかと納得した。
だったら返して良かったのにと言ったら、甘やかしはいけませんと断られた。
急に教えてくれたのは、これから万歩がこちらに残ることを考慮したかららしい。
万歩は異界で幼馴染だった。
知らないままより、知っていた方が便宜がいいかもと何となく思ったからと言っていた。
知らないまま五十歳程度で死に異界に戻るなら兎も角、これから雪代と共に長く生きるなら、友人として共有して欲しいと言われて、あの憧れていた天狐珀奥と友人に!?と思えば嬉しかった。そして複雑だった。だって今迄、呂佳は呂佳だったし。
九本の尾をゆらゆらと揺らしながら、呂佳は申し訳なさそうにした。
「急に言われても困りますよね。」
その笑顔はいつもの通りだ。
呂佳は年下なのに博識で強くて大人びていた。
今も昔も変わらない人なのだろう。
「うん、いーよ。見た目はどんどん変わってるけど、中身変わってねーし。呂佳は呂佳だし。友達って言ってくれて嬉しいし!」
そう返事をすると、琥珀の瞳を細めて嬉しそうに笑ってくれた。
呂佳って初めて会った時は淡白な子供だなぁと思っただけだったけど、どんどん綺麗になるよなぁ~。今じゃ神獣麒麟の伴侶で天狐だ。元珀奥様なら当然だよな~。
それにしても久しぶりに会った呂佳が、異常に色気を匂わせていてドキドキしてしまった。
あのトロリとした琥珀の瞳で流し目でもされれば、そういう事に興味の薄い雪代でも頬が染まる。
いかん、いかん、集中だ。
雪代はキラキラと汗を飛ばしながら素振りに熱中する。
どのくらいしていただろうか。
お腹が空いてきた。
喉も乾いてきた。
「あー、汗拭くもんも持ってきてね~。迂闊。戻るか。」
手ぶらで来てしまっていた。
お昼ご飯を持ってそろそろ万歩が来るかもしれない。何も言わずに来たので心配かけてしまう。
「ねえ、君。ちょっと前に来た白狐だよね?最近来てなかったけど、どこ行ってたの?」
腕で無造作に顔に流れる汗を拭っていると、突然声を掛けられた。
最初から訓練場で訓練をしていた兵士達だった。ざっと人数を数えて八人いる。
メンツを見て見知らぬ顔ばかり。
歳は十代後半から二十代と言ったところの入隊したばかりの兵士達だった。
最初はどこの隊も体力作りが求められるので、毎日ヒーヒー言いながら身体を鍛えられていることだろう。
「妖魔討伐。」
聞かれたので簡潔に答えると、プッと笑われた。
雪代の見た目だけで判断しているらしい新米兵達に、雪代はウンザリする。
「あんた達神力読めねーの?」
「はぁ?」
相手の力量も測れないのに偉そうにする彼等に、雪代は無視を決め込んだ。
スタスタと帰ろうとすると腕を掴まれる。
「うわっ腕ほそっ!」
雪代はカチンとする。気にしているのだ。
鍛えているのに太くならない腕も、薄い腹も女顔も!言わないだけで気にしてるのに!
むう~と顔がキツくなる。
「きれぇだよなぁ~。今から遊び行こうよ!どこ所属?上官だれ?」
雪代に上官はいない。
強いて言うなら万歩同様天凪様の直属に近い。何故かそこに位置付けられている。
「お、おい、白狐ってさ、聞いたことあんだけど?」
「ヤバくないか?やめとけよ!」
最初に声を掛けてきた八人とは別の兵士が止めに入ってきた。
直接は知らないが噂を知っているらしい。
ワラワラと人が集まりだす。
いい加減腕を離して欲しいのに、最初に雪代を掴んだ男は離そうとしない。
「何言ってんだよ!こんなキレイなのそうそういねーだろ?夜も誘おうぜ。」
あわよくば…、そう言う考えが透けて見えた。
勿論行くわけがない。
雪代の貞操観念は固かった。
「あのなぁ……!」
断ろうとして雪代の身体がぐいっと引っ張られる。
そこに詰め所にいた灰色狼獣人が慌ててやって来た。
「ばかっ、お前らこの人に何やってんだ!」
止めようとしたが、遅かった。
灰色狼獣人と雪代は背筋にゾクリと悪寒を覚える。
「やべっ!」
二人はサッと身を屈めた。他にも神力を読める上官達や新米でもそれが出来る者は慌ててしゃがむ。
格好良さとか関係ない。
生命の危機に身体を動かした。
しゃがむ雪代の隣から、ズンという重たい音が響く。
風が巻き起こった。
そして雪代を掴んでいた兵士の腕はポキポキポキッと音を立てて回転する。一瞬後には周囲にいたはずの立っていた者達は全て吹き飛ばされていた。
悲鳴と怒号、落ちる鈍い音が遠くから聞こえてくるのを雪代は呆然と見ていた。
「飛ばされた奴ら…、首も飛ばしとく?」
隣には万歩が立っていた。
雪代はゴクリと唾を飲む。
いつもは兵士用の簡素な服を着ているのに、今は文官用の生地の厚い官服を着ていた。天凪の下で仕事をしていたのだろう。
黒地の多い服に銀の髪がよく映えていた。
凛々しい銀狼の登場に、皆言葉を発することが出来ない。
現れたと同時に銀の神力が円状に立っていた兵達を吹き飛ばしたのだ。威力も瞬発力も桁違いだった。
「え……、それは、物理的な首じゃないよな?神力読めねーような奴は応龍隊にはいりませんって言う除隊の事だよな?」
恐る恐る雪代は尋ねる。
まだ皆んな息がある。大怪我してる奴もいそうだが、とりあえず死人はいない。
聞き返された万歩はニコリと笑った。
普段の雪代に向ける屈託のない笑顔ではなく、大人びた外向きの笑顔だ。
お、これキレてる…?なぜ?
「お、おい、死人はやめてくれっ!」
しゃがんだままの灰色狼獣人は叫んだ。
嫌な予感が的中した。
この銀狼は白狐の事になると容赦がない。
普段は人付き合いのいい性格なのに、譲れない部分が徹底している。
笑顔なのに宝石の様に煌めく紫の瞳は笑っていない。
飛ばされたのは三十人程度いそうだ。残った二十人程度は固唾を飲んで見守った。
ヒュウーーーーー。風が吹く。
「ヘクチッ!」
汗をかいて拭く物を持っていなかった雪代がくしゃみをした。
万歩の眉毛が下がる。
「雪代、何でここにいるの?汗そのまま?まだ寝てないとダメだろ?」
雪代は慌てて言い訳をした。
「退屈になってきたんだよ。鈍ってきたから少し身体を動かしたくて……。」
万歩が雪代の背中に手を当てがって帰る様促してきた。
「ん、もう昼だし帰ろう。風邪引く。」
急かされて雪代は歩き出した。
持っていた木刀を灰色狼獣人に返す。
「すんません。お騒がせして。」
「あー、いいよ。間に合って良かったよ。万歩には世話になってるから、俺が当番の時でよければまた来てよ。」
灰色毛は罪人の子が多い。入隊拒否されそうなところを万歩が居合わせて入れてくれた経緯があった。
雪代はそこら辺の事情は知らないが、また来るーと元気に返事して、引っ張られる様にして帰って行った。
相変わらずキレイな狐獣人だ。
金茶色混じりの白毛にきめ細かい白い肌。金茶の瞳は生き生きと輝き明るい。
あれが銀狼の伴侶で掌中の珠。
あの子に近寄れば命が無いと知る者は多いのだが、雪代は全く気付いていない。
辺りに散らばる怪我人を見渡して、はぁと溜息を吐いた。
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