スプーキージャッジメント!

丸玉庭園

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1 逢魔が時の学校

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 ■

 こんなにも誰もいない学校を歩くのは、初めてだった。
 おれの他に、五人もそばにいるとはいえ、やはり人けのない学校は、どこか不気味だった。
 先頭は、等々力。その後ろに、白金と樗木。おれ、恵麻。そして、出口と列になって、目的もなく校内をさまよっていた。
 いや、目的は……あるのか。
 鬼だ。鬼を見つけて、ゲームに勝つ……んだっけか。
 白金が樗木の隣にぴったりと貼りついて、甘い声を出している。
「鬼とゲームをして、勝てばいいんでしょ。そんだけで不老不死にしてもらえるんだもん。けっこう、ちょろいかも?」
 すると、出口がたたた、と上履きを鳴らして、白金の後ろに近づいた。
「白金さん」
「なに?」
「わたし……いてもいなくても、いいよね? じゃあもう、帰っていいかな……」
「あー、そだね。別にいいけどー。あの話、聞いて来てくれたわけ?」
「き、聞いてきたよ。鬼とゲームをして、無事に帰ってきた、四年生の子の話」
 出口は、おどおどしながら、目線を泳がせている。
 いや、待て。
 今、なんていった?
『鬼とゲームをして、無事に帰ってきた?』
 本当に『鬼』がいるのか? おれは、オバケも妖怪も信じていない。
 だが……まさか、と思ってしまう。
 それが、真実でも、トリックでも、関係ない。
 おれの謎解きずきの気持ちに、火がついてしまったんだろう。
「お前ら。今の話、どういうことだ」
 隣に立つおれに、出口が「ひえ」と小さく声をあげた。
「鬼とゲームしたやつが、四年生にいるのか。ゲームに負けたら、地獄に連れて行かれるんだろ。じゃあ、不老不死になって帰って来たのか」
「ううん。不老不死にはならなかったみたい」
「じゃあ、なんで地獄に連れて行かれずに、無事なんだ」
「わ、わかんないけどお……」
 質問ぜめのおれに、出口は言葉をつまらせながらも、懸命に話してくれる。
「その子、海外から引っ越してきた子みたいでね。だから、ゲーム中も、鬼が何をいっているのかわからなくて、ちんぷんかんぷんになっていたんだって。そしたら、いつのまにかゲームが終わっていたみたい。その子、日本語はちょっとしかできないみたいだった。わたしも英会話、習ってなかったら、最後まで話、聞けないところだったよ」
 出口が自分の意見を自信なさげにぼそぼそしゃべるときは、いつも近くに白金がいるときだ。
 白金は「ふうん」と鼻を鳴らして、出口を見おろすようにながめた。
「それで、鬼にどうやって勝ったの? 方法は?」
「わ、わからない」
「はあっ?」
 イラだちを抑えきれていない白金の声が、廊下に響いた。
「なんだよ、それっ。調べといてっていったじゃん!」
「だ、だけど、そこまで調べきれないよ。時間もなかったし。何回も色んなこと聞いたから、変な人だって思われちゃったしさ」
「はあ、まじで役に立たねーなっ。がっかりだわっ」
 大げさに息をつく白金の反応に、出口はあからさまに落ちこんでいる。
 白金の、出口舞鳥への態度はひどい。
 はっきりいって、度を越していると思う。
 はじめは、いやがらせていどのもので、出口もスルーしていたようだが。
 しかし、最近はこんなふうに怒鳴ることが増えた。
 おれも担任の教員に何度もいっており、一回クラスのようすをたずねるアンケートが実施されたり、白金と出口それぞれの面談も行われたようだが、あいかわらずこんな調子だ。
 どうすれば、出口を救えるのか、どうすれば、白金の態度を変えられるのか、答えが見つからないまま時が過ぎていく。
 自分の情けなさをのろうばかりだが……。
 そもそも、どうして白金は出口を誘うんだ。
 そんな態度をとっているくせに。
「おい、白金。そんないい方ないだろ」
 等々力が、白金と出口のあいだに割って入った。
 等々力は教室でも、白金の出口への態度が強くなるたびに、ふたりの仲裁に入りに行く。
 そのたびに、おれは内心ホッとしていた。これまた、情けない話だが。
 恵麻の話によると、等々力に告白した白金がフラれたという話だが……。
「……椎良くん。行こう」
 等々力の登場に、白金はあからさまに表情を引きつらせた。
 樗木の手を引いて、さっさと歩いて行ってしまう。
「等々力。お前、白金と何か……あったりしたのか?」
 つい、そんなことをたずねると、等々力は「っぷ」と吹き出した。
「千弥さあ。夕凪ちゃんから全部聞いてんじゃん? その聞き方」
「いや、まあ……すまん。聞いてしまった」
「だいじょぶ、だいじょぶ。別に隠してるわけじゃないから。だってさ、白金のことタイプじゃないもん。そりゃ、ごめんなさいっていうじゃん。自分的には、誠心誠意で返事したつもりなんだけどな」
「そ、そうか……」
「白金なー。なんとかしてやりたいけど」
「お前がそこまで思ってやる必要ないだろ」
「だってさあ。不老不死になろうって企画して、ここまでおれたちを引っぱってくるようなやつよ? そうとうな覚悟があるだろ、不老不死に対して。なんか、すごくね? 逆に」
「それはそう、なのかもしれないが……」
「……稲荷はさあ」
 かしこまったように聞いてくる等々力に、おれは耳を傾けた。
「不老不死になったら、どうしたいわけ?」
「……お前は、どうなんだ。不老不死になって、何をするんだ」
 つい、逆質問してしまうおれに、等々力はニカッと全力で笑った。
「おれさあ。将来、消防士になりたいんだよねー。不老不死になれれば、どんなことがあっても、全員助けられるだろっ。まじで、ヒーローっぽくね?」
 太陽のような笑顔でいう等々力を、素直にすごいと思う。
 こいつが消防士になったら、たくさんの人を助けることができるんだろうな。
「そーだ! なあなあ、みんなは不老不死になったら、どうするんだ?」
 等々力の質問に、少し先を歩いていた白金と樗木が振り返った。
 白金が、待ってましたといわんばかりに、背筋をピンと伸ばした。
「色葉は、不老不死になって、永遠のアイドルになんの! 年取って、賞味期限が切れたなんていわれてるアイドルがいるけど、色葉にだけはそんなこといわせない。アイドルは永遠にアイドル、それをこの白金色葉が体現すんの!」
 不敵な笑みを浮かべる白金。
 まったく迷いのない宣言に、恵麻が拍手を送っている。
 等々力が「樗木は?」と振ると、樗木が目を伏せた。長いまつげが、その表情に影を作っている。
「おれは、その……」
「椎良くんも、永遠のアイドルになった色葉を応援するために、いっしょに不老不死になってくれるんだもんねー!」
 樗木は線の細い色白で、整った顔立ちだが、自分の意見をあまりいわない。
 白金の押しがいつも強いので、何もいえなくなってしまうのだろう。
「……樗木。本当はどうなんだ」
 おれがもう一度聞いてみても、樗木は黙ったままだった。
「でぐっちゃんは?」
 こんな空気にもかかわらず、等々力は話を続けてしまうから、すごい。
 話を振られた出口は、しどろもどろに答えた。
「……強くなりたいから、です」
「へえ、おれといっしょじゃん。かっけえよな。不老不死ってさー」
 静かにうなずく出口を、白金が不満そうににらみつけている。
 隣にいる樗木は、冷たそうな廊下の真ん中の線に視線を落としていた。
 何を考えているのかわからない。
「ねえ、夕凪ちゃんは?」
 等々力に聞かれると、恵麻はすぐに答えた。
「内緒~!」
「おお、ミステリアス~!」
 笑いあうふたりを見ていると、等々力が「稲荷くんは?」と聞いてきた。
「千弥は一生、謎解きをするためだよねー」
 恵麻がからかうようにいってきたので、おれは「はいはい」と答えた。
「すげ~。六人もいるけど、理由がちゃんとそれぞれ違うもんだな」
 ずっとしゃべっている等々力は、たぶん場の雰囲気をなごませようとしてくれているんだろう。
 さすがは、クラスのムードメーカーだ。
 さっきまで、地獄のような空気だったのが、今では嘘みたいになっている。
「鬼とのゲームに負けると、地獄に連れ去られるんだっけ。地獄ってどんなところなんだろうね」
 ふと、恵麻がいうと、白金が「あははっ」と、笑う。
「地獄のことを紹介してる動画、見たことある。血の池とか針の山とかで罪人を罰するんでしょ。昔の感性だからだろうけどさあ、血の池って、ちょっとウケない? まじ、何そのセンスって、ツッコミたくなるんだけど! ガキっぽいってかさ~。今だったら、もっとヤバい罰にするんだろーけど、昔だから仕方ないのかもねー」
「じゃあ、いっしょに行こうよ、地獄」
 白金の耳元で、誰かが何かをささやいている。
 さっきまでは、いなかったのに、瞬きをした瞬間に、そこにいた。
「おれといっしょに、地獄をもっと楽しいとこにしよーぜ?」
 白金に向かってほほ笑むそいつの、その目は少しも笑っていない。
 顔を青ざめた白金が「きもっ」とのけぞった。
 そいつは真っ黒なライダースーツのような服を着て、ただでさえ自動販売機くらいの身長があるのに、ヒールの高いブーツを履いている。
 ばさばさの髪からは、にょきりと二本、牛のツノのようなものが生えていた。
「あのツノ、まさか……あいつが、鬼?」
 等々力が、目を見開く。
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