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2 不老不死になったら
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『地獄の闇だよー。魂がもっているものが落ちたら、地獄に行っちゃうから気をつけてね』
「な……なにそれ!」
出口が、泣きそうな声で叫ぶ。
恵麻も、等々力も、声が出ないほどに顔色をわるくしている。
まずい。これは、かなりまずい。
このまま、このゲームを続けていて、いいのか?
この鬼がすることは、ガチでやばい。
ゲームなんて生やさしいものじゃない。
こいつは本気で、おれたちを地獄に連れて行こうとしているんだ。
よくよく考えれば、わかったことだ。
不老不死なんて、簡単に手に入るものじゃなかったんだ。
おれは、懸命に冷静を取りつくろいながら、質問した。
「閻魔大王は? お前が今、閻魔パッドを持ってるなら、地獄では、裁判ができてないんじゃないのか」
『おれが作った、もういっこのコピーパッドで、のんきに裁判してると思うよ。おれが作ったのは、カンペキなコピー品だからね。耐久性は、要改善ポイントだけど。本物は永遠に壊れないからさ。でもまあ、おれのコピーパッドでも、ここ二百年ほどは、仕事に支障はないだろうね。すごいでしょ』
なるほど。本物の価値はあるにはあるが、壊れないかぎり、閻魔さまにはバレないってことか。
閻魔さまにウシトラのやらかしたことがバレて、地獄に連れ戻してくれないかな、と思ったけれど、それは望み薄……か。
今のところ、等々力のときみたいに、確実にゲームをクリアしていくしか、攻略法はないらしい。
「じゃあ最後に……お前は今、どこにいるんだ」
すると、三秒にも満たないスピードで、返事がポストされた。
『あなたの後ろにいまーす』
答えに驚いてふり返ると、満面の笑みのウシトラが宙であぐらをかきながら、おれを見おろしていた。
そのままウシトラはゆっくりと、二階の廊下に降り立った。
「樗木椎良くん。調べさせてもらったけどさー」
コツ、コツという厚底のソールと廊下のぶつかる音。
ウシトラが、廊下をごついブーツで歩いてきた。
ウシトラのネイルは、黒に塗られていた。長く尖った爪がすらりと伸びる。
人差し指を下から上に一振りすると、閻魔パッドがくるくるとまわりながら、現れた。
「……ひどい子だねえ」
ウシトラから、コピーパッドにメッセージが届いた。
開くと、さっきの裁判画面が、また表示された。制限時間は、三分。
『閻魔ゲーム 裁判開始
氏名 樗木椎良
罪名 友人たちへの詐欺
判決 有罪』
「まさか……ありえないよ。椎良くんがそんなことするわけない」
恵麻が、はっきりという。
等々力も、両手を頭の後ろで組みながらも、うなずいた。
「あいつ、誰にでも優しいからな。イケメンのうえに、クラスの女の子たちにまんべんなく優しいから。クラスの大半の女子が、勘違いで樗木のことすきになっちゃってんだよ」
「ええっ、クラスの大半っ?」
目を丸くしている恵麻に、等々力が苦笑した。
「恵麻ちゃんは、樗木のことすきじゃないから、わかんないんだなー。ガチ恋なのか、推しなのかって違いはあるだろうけど。大半が樗木のことすきなのは、まじよ。……まあ、詐欺ってのは、そのことじゃね?」
「そんな!」
気まずそうに、後ろにいた出口をふり返る、恵麻。
出口は、必死になって首を振る。
「ちがうよ、あたしは……。でも……白金さんは、すき、なんじゃないかな」
「そっか。だから、さっきも椎良くんといっしょに行動したいっていったんだね」
恵麻が感心している横で、等々力が「ははっ」と笑った。
「白金ちゃんかあ。でも……むりだろ」
「えっ、なんで?」
「だって、椎良は……でぐっちゃんのことが、すきみたいだったから」
等々力の言葉をかき消さんとばかりに、出口が「やめてよ」と叫んだ。
ぽかんとする、恵麻。
「等々力くん……。白金さんのこと苦手だからって、あたしを巻きこむの、やめて」
「でぐっちゃん、ごめん。おれ、よかれと思ってさ。だって……白金にやられっぱなしでいいわけ? あいつ、ずーっとでぐっちゃんに逆恨みしてんじゃん。自分が椎良に選ばれなかったからって、嫉妬してんだろ」
「そんなこと、わかってる。でも……あたし、これ以上、あたしの人生が白金さんのせいでめちゃくちゃになるの、いやなの!」
出口の目から、ぽろぽろと涙がこぼれていく。
「教室のすみっこで、友達とこそこそわるぐちいわれたり、トイレ入ってるときに扉をドンドン叩かれたり、机のなかにゴミ入れられたり。……今朝、聞いたんだ。白金さんたちのグループが話してるところ。あたしが樗木くんに告白して、フラれたウワサを流そうって、笑いながら話してた。だからあたし、休み時間にあわてて、樗木くんを呼び出したの」
出口は、上履きのつまさきを見つめたまま、いいにくそうにしながら続けた。
「樗木くんがあたしのことをすきなせいで、白金さんにいじめられてるって、はっきり伝えた。そうしたら、樗木くんにものすごく謝られたよ……でも、こうもいわれた。『だけど、すきなんだから、しょうがないだろ』って、申し訳なさそうに。『なんで、あたしなんかすきなの』って聞いたら、子ども会でおじいちゃんおばあちゃんたちに親切にしたり、クラスでみんなのいやがる仕事に手をあげたりするところが……すきだって、いわれて。そんなの、やって当然のことだよ。なのに、そんなことですきになられて、白金さんにいじわるされて……」
止まらない涙をぬぐうことなく、出口は声を引きつらせる。
「あたしなんかすきにならないで、白金さんのことをすきになってよって、正直にいった。そうしたら、あたし……樗木くんのことを許すからって」
「椎良くんは、なんて……?」
「わかったっていってくれた。白金さんのことを、すきになるって」
「そ……そんなのって」
ないよ、と続けようとしたらしい、恵麻はそこで口をつぐんだ。
等々力も、長く長く、息を吐いている。
やりきれない、といいたげな空気が伝わって来て、おれも何もいえなかった。
「白金ちゃんに脈はないと思ってたけど……まさか、そんな話になってたとはな」
等々力が髪をくしゃりとかきまぜていると、がらり、と目の前の家庭科室の扉が開いた。
白金と樗木が、いた。
白金が、じろりとこちらを見ている。
出口の顔が、みるみるうちに真っ青になっていく。
白金は何もいわずに、つかつかと家庭科室を出て、おれたちの前で立ち止まった。うつむいていて、表情はわからない。
樗木は、その場から動かなかった。
白金が、等々力につめよった。
「等々力くん。あんたさ、クラスではムードメーカーなんていわれてるけど、本当は違うんでしょ」
「はあ? なんだ、それ。何がいいたいんだ?」
「陽キャなんて、フリでしょ。本当は性格、わるいでしょ」
「いやいや……白金ちゃんには、負けるわ」
目をカッと見開いて、怒りで顔を真っ赤にさせていく、白金。
等々力は、一ミリも動じずに、白金を観察している。
出口が、ふたりに向かって叫んだ。
「や、やめて! ああああ、あたし、白金さんの邪魔はしない! 本心だよ。信じて、お願い!」
「舞鳥。それはこっちのセリフ。お願いだからこれ以上、ワーワーわめかないで」
「ううっ……」
白金の威圧的な言葉に、出口はかんぜんに委縮してしまう。
「樗木」
呼んでみたが、一瞬おれのほうを見ただけで、樗木は動かない。
現れたまま消えずにいたコピーパッドが、おれの目の前に飛んでくる。
『閻魔ゲーム 裁判開始
氏名 樗木椎良
罪名 友人たちへの詐欺
判決 有罪』
白金が画面を見て、悲鳴のように叫んだ。
「なんなの、これ! 椎良くんが、こんなことするわけない!」
「落ちついて、色葉ちゃん。千弥がなんとかしてくれるから」
恵麻は変わらず白金に接しているが、出口と等々力は一歩下がった位置で、状況を見ている。
完全に、白金から気持ちが離れてしまっている。
樗木にいたっては、いまだに何を考えているのかわからない。
自分の裁判画面を見ても、何の反応も示さないなんて。
だが、今おれがすべきことは、ひとつだ。
この謎を解いて、樗木を助けなければ、話ははじまらない。
気づけば、制限時間は残り一分を切っていた。
罪名を選択し、『文字の入れ替え』をタップする。
『ゆうじんたちへのさぎ』から、言葉になりそうなものをひろっていく。
『うさぎ』
『ちじん』
あと……『ゆた』は、どうだろう。
おれは時間を見ながら、急いで文字を入れ替え、漢字に変換する。
『ゆうじんたちへのさぎ』を『うさぎ、ゆたのちじんへ』。
罪名、『うさぎ、湯田の知人へ』。
それを指さしながら恵麻がふしぎそうに、たずねてくる。
「湯田ってなに?」
「岩手県に、そういう地名があるんだ」
「うわ、さすが謎解きオタク」
「今はこれで行くしかない。時間もないしな」
エンターを押すとやはり、『罪名の説明』が出てきた。
手元も見ず、流れるように打ちこんだ。
『うさぎのぬいぐるみを湯田に住む知人に譲った』。
判決の項目が『無罪』に変わった。
セーフ。残り、十秒。
だがこの調子じゃ、まずい。次からは、もっとペースをあげていかないと。
全員で、ここから脱出するために。
そう思ったときだった。
画面に、重力がかかり、ゆれた。
樗木の手が、画面に触れたのだ。
画面を見ると、書き換えた文字が変わっている。
罪名の『うさぎ、湯田の知人へ』が、『じゆう、へたさ、ぎんのち』になってしまっている。
『氏名 樗木椎良
罪名 銃ヘタさ、銀の血』
さっきと同様に、『罪状の説明』と出てきた。
樗木が、おれを押しのけ、ものすごい勢いで、文字を打ちこんでいく。
『罪状の説明 銃刀法違反』
すると、『無罪』だった判決が、『有罪』に変わった。
「樗木……ッ? 何してるんだ!」
樗木の両肩をつかむと、おれの手をはらいのけ、樗木は低い声で答えた。
「もう、いいんだって」
どこからか、ウシトラの大笑いが聞こえてくる。
白金が、涙声で叫んだ。
「椎良くんっ! どうしてっ?」
「……疲れたわ、もう」
樗木は、これまでたまっていたものをゴロリと吐き出すような、とても重いため息をついた。
「親に『人にやさしくしなきゃいけない』って、毎日のようにいわれて、そのとおりにしてきた。近所の人に『椎良くんはやさしいね』って笑顔でいわれるようになった。でも、クラスの男子連中には、こそこそ『偽善者だ』って陰口叩かれてるの知ってる。反対に、クラスの女子には、「やさしいからすき」っていわれた。でも……本当にすきな子には、「違う子をすきになって」なんていわれるんだ。どうして、なんでって、落ちこんだよ。だけどさ、やっぱりすきな子に、おれのこと、すきになってほしいから。ぜんぶ、いわれたとおりにしてしまうんだ……。いわれたとおりに『やさしく』してれば、いつか、おれのことをすきになってくれるんじゃないかって、思って。そんな自分に……疲れたんだ」
樗木の両腕に、黒い影がぞろりと這いよる。
一階から、夜色の闇が集まって来ていた。
それが、樗木のからだに巻きついているんだ。
ツタのようにするすると、樗木のからだに巻きつき、ずるずるとどこかへと、引っ張っていく。
「樗木!」
されるがままになっている樗木を見て、おれは悪寒がした。
あいつ……まさか。
「お前、このままでいいのか……抵抗しろよ! お前は偽善者なんかじゃないだろ!」
「偽善者だよ……」
「自分の意思で、逢魔が時の学校に来たじゃないか……不老不死になって、やりたいことがあったんだろ!」
ゆるゆると首を振る、樗木。
「おれは、いわれたままに、来ただけだ。白金さんにいわれたら、断れないよ。だって、おれは……白金さんのことを、すきにならなくちゃいけなかったんだから。出口さんに……ゆるされたくて……それだけだったんだ」
ぼろぼろと、樗木の目尻から涙がこぼれる。
樗木の告白に、出口も絶望したように、ふらふらと床にへたりこんだ。
「おれは、偽善者だよ……。判決のとおり、詐欺師なんだよ」
凍りついた空間に、樗木の泣きそうな一言が、染みわたっていく。
ウシトラがケタケタと引きつった大笑いを、廊下に響き渡らせる。
「樗木椎良は、地獄行き! 決定~~~~~!」
一階からの闇が全て集まり、樗木を飲みこんでいく。
椎良が闇にされるがままになっていているので、白金が涙をまき散らし、叫んでいる。
樗木は、そのまま闇に落ちた。
廊下が、闇にぬかるんでいる。
ずるずると、廊下にできた闇の底なし沼へと、樗木は引きずりこまれていった。
ゆっくりと眠るように、沈んでいった。
最後に見た樗木は、何かから解放されたかのような、おだやかな顔をしていた。
「な……なにそれ!」
出口が、泣きそうな声で叫ぶ。
恵麻も、等々力も、声が出ないほどに顔色をわるくしている。
まずい。これは、かなりまずい。
このまま、このゲームを続けていて、いいのか?
この鬼がすることは、ガチでやばい。
ゲームなんて生やさしいものじゃない。
こいつは本気で、おれたちを地獄に連れて行こうとしているんだ。
よくよく考えれば、わかったことだ。
不老不死なんて、簡単に手に入るものじゃなかったんだ。
おれは、懸命に冷静を取りつくろいながら、質問した。
「閻魔大王は? お前が今、閻魔パッドを持ってるなら、地獄では、裁判ができてないんじゃないのか」
『おれが作った、もういっこのコピーパッドで、のんきに裁判してると思うよ。おれが作ったのは、カンペキなコピー品だからね。耐久性は、要改善ポイントだけど。本物は永遠に壊れないからさ。でもまあ、おれのコピーパッドでも、ここ二百年ほどは、仕事に支障はないだろうね。すごいでしょ』
なるほど。本物の価値はあるにはあるが、壊れないかぎり、閻魔さまにはバレないってことか。
閻魔さまにウシトラのやらかしたことがバレて、地獄に連れ戻してくれないかな、と思ったけれど、それは望み薄……か。
今のところ、等々力のときみたいに、確実にゲームをクリアしていくしか、攻略法はないらしい。
「じゃあ最後に……お前は今、どこにいるんだ」
すると、三秒にも満たないスピードで、返事がポストされた。
『あなたの後ろにいまーす』
答えに驚いてふり返ると、満面の笑みのウシトラが宙であぐらをかきながら、おれを見おろしていた。
そのままウシトラはゆっくりと、二階の廊下に降り立った。
「樗木椎良くん。調べさせてもらったけどさー」
コツ、コツという厚底のソールと廊下のぶつかる音。
ウシトラが、廊下をごついブーツで歩いてきた。
ウシトラのネイルは、黒に塗られていた。長く尖った爪がすらりと伸びる。
人差し指を下から上に一振りすると、閻魔パッドがくるくるとまわりながら、現れた。
「……ひどい子だねえ」
ウシトラから、コピーパッドにメッセージが届いた。
開くと、さっきの裁判画面が、また表示された。制限時間は、三分。
『閻魔ゲーム 裁判開始
氏名 樗木椎良
罪名 友人たちへの詐欺
判決 有罪』
「まさか……ありえないよ。椎良くんがそんなことするわけない」
恵麻が、はっきりという。
等々力も、両手を頭の後ろで組みながらも、うなずいた。
「あいつ、誰にでも優しいからな。イケメンのうえに、クラスの女の子たちにまんべんなく優しいから。クラスの大半の女子が、勘違いで樗木のことすきになっちゃってんだよ」
「ええっ、クラスの大半っ?」
目を丸くしている恵麻に、等々力が苦笑した。
「恵麻ちゃんは、樗木のことすきじゃないから、わかんないんだなー。ガチ恋なのか、推しなのかって違いはあるだろうけど。大半が樗木のことすきなのは、まじよ。……まあ、詐欺ってのは、そのことじゃね?」
「そんな!」
気まずそうに、後ろにいた出口をふり返る、恵麻。
出口は、必死になって首を振る。
「ちがうよ、あたしは……。でも……白金さんは、すき、なんじゃないかな」
「そっか。だから、さっきも椎良くんといっしょに行動したいっていったんだね」
恵麻が感心している横で、等々力が「ははっ」と笑った。
「白金ちゃんかあ。でも……むりだろ」
「えっ、なんで?」
「だって、椎良は……でぐっちゃんのことが、すきみたいだったから」
等々力の言葉をかき消さんとばかりに、出口が「やめてよ」と叫んだ。
ぽかんとする、恵麻。
「等々力くん……。白金さんのこと苦手だからって、あたしを巻きこむの、やめて」
「でぐっちゃん、ごめん。おれ、よかれと思ってさ。だって……白金にやられっぱなしでいいわけ? あいつ、ずーっとでぐっちゃんに逆恨みしてんじゃん。自分が椎良に選ばれなかったからって、嫉妬してんだろ」
「そんなこと、わかってる。でも……あたし、これ以上、あたしの人生が白金さんのせいでめちゃくちゃになるの、いやなの!」
出口の目から、ぽろぽろと涙がこぼれていく。
「教室のすみっこで、友達とこそこそわるぐちいわれたり、トイレ入ってるときに扉をドンドン叩かれたり、机のなかにゴミ入れられたり。……今朝、聞いたんだ。白金さんたちのグループが話してるところ。あたしが樗木くんに告白して、フラれたウワサを流そうって、笑いながら話してた。だからあたし、休み時間にあわてて、樗木くんを呼び出したの」
出口は、上履きのつまさきを見つめたまま、いいにくそうにしながら続けた。
「樗木くんがあたしのことをすきなせいで、白金さんにいじめられてるって、はっきり伝えた。そうしたら、樗木くんにものすごく謝られたよ……でも、こうもいわれた。『だけど、すきなんだから、しょうがないだろ』って、申し訳なさそうに。『なんで、あたしなんかすきなの』って聞いたら、子ども会でおじいちゃんおばあちゃんたちに親切にしたり、クラスでみんなのいやがる仕事に手をあげたりするところが……すきだって、いわれて。そんなの、やって当然のことだよ。なのに、そんなことですきになられて、白金さんにいじわるされて……」
止まらない涙をぬぐうことなく、出口は声を引きつらせる。
「あたしなんかすきにならないで、白金さんのことをすきになってよって、正直にいった。そうしたら、あたし……樗木くんのことを許すからって」
「椎良くんは、なんて……?」
「わかったっていってくれた。白金さんのことを、すきになるって」
「そ……そんなのって」
ないよ、と続けようとしたらしい、恵麻はそこで口をつぐんだ。
等々力も、長く長く、息を吐いている。
やりきれない、といいたげな空気が伝わって来て、おれも何もいえなかった。
「白金ちゃんに脈はないと思ってたけど……まさか、そんな話になってたとはな」
等々力が髪をくしゃりとかきまぜていると、がらり、と目の前の家庭科室の扉が開いた。
白金と樗木が、いた。
白金が、じろりとこちらを見ている。
出口の顔が、みるみるうちに真っ青になっていく。
白金は何もいわずに、つかつかと家庭科室を出て、おれたちの前で立ち止まった。うつむいていて、表情はわからない。
樗木は、その場から動かなかった。
白金が、等々力につめよった。
「等々力くん。あんたさ、クラスではムードメーカーなんていわれてるけど、本当は違うんでしょ」
「はあ? なんだ、それ。何がいいたいんだ?」
「陽キャなんて、フリでしょ。本当は性格、わるいでしょ」
「いやいや……白金ちゃんには、負けるわ」
目をカッと見開いて、怒りで顔を真っ赤にさせていく、白金。
等々力は、一ミリも動じずに、白金を観察している。
出口が、ふたりに向かって叫んだ。
「や、やめて! ああああ、あたし、白金さんの邪魔はしない! 本心だよ。信じて、お願い!」
「舞鳥。それはこっちのセリフ。お願いだからこれ以上、ワーワーわめかないで」
「ううっ……」
白金の威圧的な言葉に、出口はかんぜんに委縮してしまう。
「樗木」
呼んでみたが、一瞬おれのほうを見ただけで、樗木は動かない。
現れたまま消えずにいたコピーパッドが、おれの目の前に飛んでくる。
『閻魔ゲーム 裁判開始
氏名 樗木椎良
罪名 友人たちへの詐欺
判決 有罪』
白金が画面を見て、悲鳴のように叫んだ。
「なんなの、これ! 椎良くんが、こんなことするわけない!」
「落ちついて、色葉ちゃん。千弥がなんとかしてくれるから」
恵麻は変わらず白金に接しているが、出口と等々力は一歩下がった位置で、状況を見ている。
完全に、白金から気持ちが離れてしまっている。
樗木にいたっては、いまだに何を考えているのかわからない。
自分の裁判画面を見ても、何の反応も示さないなんて。
だが、今おれがすべきことは、ひとつだ。
この謎を解いて、樗木を助けなければ、話ははじまらない。
気づけば、制限時間は残り一分を切っていた。
罪名を選択し、『文字の入れ替え』をタップする。
『ゆうじんたちへのさぎ』から、言葉になりそうなものをひろっていく。
『うさぎ』
『ちじん』
あと……『ゆた』は、どうだろう。
おれは時間を見ながら、急いで文字を入れ替え、漢字に変換する。
『ゆうじんたちへのさぎ』を『うさぎ、ゆたのちじんへ』。
罪名、『うさぎ、湯田の知人へ』。
それを指さしながら恵麻がふしぎそうに、たずねてくる。
「湯田ってなに?」
「岩手県に、そういう地名があるんだ」
「うわ、さすが謎解きオタク」
「今はこれで行くしかない。時間もないしな」
エンターを押すとやはり、『罪名の説明』が出てきた。
手元も見ず、流れるように打ちこんだ。
『うさぎのぬいぐるみを湯田に住む知人に譲った』。
判決の項目が『無罪』に変わった。
セーフ。残り、十秒。
だがこの調子じゃ、まずい。次からは、もっとペースをあげていかないと。
全員で、ここから脱出するために。
そう思ったときだった。
画面に、重力がかかり、ゆれた。
樗木の手が、画面に触れたのだ。
画面を見ると、書き換えた文字が変わっている。
罪名の『うさぎ、湯田の知人へ』が、『じゆう、へたさ、ぎんのち』になってしまっている。
『氏名 樗木椎良
罪名 銃ヘタさ、銀の血』
さっきと同様に、『罪状の説明』と出てきた。
樗木が、おれを押しのけ、ものすごい勢いで、文字を打ちこんでいく。
『罪状の説明 銃刀法違反』
すると、『無罪』だった判決が、『有罪』に変わった。
「樗木……ッ? 何してるんだ!」
樗木の両肩をつかむと、おれの手をはらいのけ、樗木は低い声で答えた。
「もう、いいんだって」
どこからか、ウシトラの大笑いが聞こえてくる。
白金が、涙声で叫んだ。
「椎良くんっ! どうしてっ?」
「……疲れたわ、もう」
樗木は、これまでたまっていたものをゴロリと吐き出すような、とても重いため息をついた。
「親に『人にやさしくしなきゃいけない』って、毎日のようにいわれて、そのとおりにしてきた。近所の人に『椎良くんはやさしいね』って笑顔でいわれるようになった。でも、クラスの男子連中には、こそこそ『偽善者だ』って陰口叩かれてるの知ってる。反対に、クラスの女子には、「やさしいからすき」っていわれた。でも……本当にすきな子には、「違う子をすきになって」なんていわれるんだ。どうして、なんでって、落ちこんだよ。だけどさ、やっぱりすきな子に、おれのこと、すきになってほしいから。ぜんぶ、いわれたとおりにしてしまうんだ……。いわれたとおりに『やさしく』してれば、いつか、おれのことをすきになってくれるんじゃないかって、思って。そんな自分に……疲れたんだ」
樗木の両腕に、黒い影がぞろりと這いよる。
一階から、夜色の闇が集まって来ていた。
それが、樗木のからだに巻きついているんだ。
ツタのようにするすると、樗木のからだに巻きつき、ずるずるとどこかへと、引っ張っていく。
「樗木!」
されるがままになっている樗木を見て、おれは悪寒がした。
あいつ……まさか。
「お前、このままでいいのか……抵抗しろよ! お前は偽善者なんかじゃないだろ!」
「偽善者だよ……」
「自分の意思で、逢魔が時の学校に来たじゃないか……不老不死になって、やりたいことがあったんだろ!」
ゆるゆると首を振る、樗木。
「おれは、いわれたままに、来ただけだ。白金さんにいわれたら、断れないよ。だって、おれは……白金さんのことを、すきにならなくちゃいけなかったんだから。出口さんに……ゆるされたくて……それだけだったんだ」
ぼろぼろと、樗木の目尻から涙がこぼれる。
樗木の告白に、出口も絶望したように、ふらふらと床にへたりこんだ。
「おれは、偽善者だよ……。判決のとおり、詐欺師なんだよ」
凍りついた空間に、樗木の泣きそうな一言が、染みわたっていく。
ウシトラがケタケタと引きつった大笑いを、廊下に響き渡らせる。
「樗木椎良は、地獄行き! 決定~~~~~!」
一階からの闇が全て集まり、樗木を飲みこんでいく。
椎良が闇にされるがままになっていているので、白金が涙をまき散らし、叫んでいる。
樗木は、そのまま闇に落ちた。
廊下が、闇にぬかるんでいる。
ずるずると、廊下にできた闇の底なし沼へと、樗木は引きずりこまれていった。
ゆっくりと眠るように、沈んでいった。
最後に見た樗木は、何かから解放されたかのような、おだやかな顔をしていた。
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運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
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