お嬢様は萌えが欲しい。

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第一章

下町へ行こう3

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「キータくん、おはよ」

 ぬいぐるみのお供、キータくんに朝の挨拶をする。はぁ、なんて清々しい朝なのかしら。キータくんもいつもより少しだけ嬉しそうな感じがする。少しだけね。

「キータくん、聞いてちょうだい。今日ね、わたくし下町に行くのよ」

 これは私、というよりはエミリーの日課。朝起きた時と眠る時にお供のキータくんにご報告をするのだ。何だかんだで私は、前世から数えると三十路手前なのだ。いい加減恥ずかしいし、止めたいと思っている。だが不思議なことに、エミリーからの習慣はなかなか止められなかった。
 もうひとつ言うと、私の髪の毛はストレートヘアなのだが、これがもう本当にストレートなのだ。どんなにキツく巻いても、変な髪型にして跡を付けようとしてもすぐにストレートに戻ってしまう。それもこれも、ゲームの力なのかな?と思うが、私の中でこの世界はゲームに世界なので、すぐに気にしなくなった。
 ここで本当はそのことをもう少し気にしておくべきだったのだが、それはまた別の話だ。

「エミリーお嬢様、準備はできましたか?お食事の準備が整っております」

 廊下からアルの声がする。私はキータくんをベッドに寝かせてから、立ち上がる。

「少し待ってちょうだい、今からするわ」

 私の側で待っていたメイドたちに目で合図をし、準備を始めた。

「お嬢様、本当にこのお洋服で行かれるのですか…?」
「なあに?キュリー、これじゃあダメなの?」

 キュリー、と呼ばれたメイドは洋服を見ながら呟いた。キュリーは私が産まれた頃からこの屋敷に務めていて、私が赤子のころはそのお世話もしてくれていたそうだ。今でも私の世話は率先してやってくれるのはキュリーなのである。
 だがキュリーも二十は超えているし、結婚した方がいいのではないかと思っているのだが、キュリーが『私は一生お嬢様のお側に!』なんていうものだからする気もないのだろう。キュリー自身は、顔は地味だが豊満なナイスバディでいつも胸がはち切れそうだ。男性も黙っていないだろうと思うのだが…。

「聞いてます?お嬢様」
「え?えぇと、何かしら?」
「だからっ、お洋服はこれはナシです!」
「どうしてよ、立派に下町風でしょ?」

 実はこの日のためにまた、私は下町風の洋服を手に入れていた。だが、アルあたりがうるさそうなため、下町風だが少しだけ高そうなデザインを必死で探したのだ。それの何が悪い。

「エミー」
「お、お母様!」

 いつの間にか母が部屋に入ってきていた。手を額に当て、悩ましげに眉をひそめた母ははぁ~っと長い溜息をついた。

「エミー?アルフレッドから聞きましたわよ。今日下町に行くのですってね」

 来たわね。けど、私にはカードがあるのよ!

「お母様、わたくしサーカスを見に行きますのよ。ただ下町に行くのではありませんわ」
「そうらしいですわね」
「…あら、お母様知ってらしたの?」
「アルフレッドが教えてくれたのよ。貴女すぐ独断でそういうこと決めるでしょう?その癖なおしなさい」

 ピシャリと言い切った母は、キュリーをちらりとみる。その視線は、キュリーのもつ下町風の洋服に注がれていた。

「エミー、下町に行くことは止めないわ。アルフレッドも一緒ですしね。ですが侯爵家の人間として行きなさい」

 結局私は母に逆らうことができず、ピンクのひらひらドレスを着せられてしまった。
 確かに私は侯爵家の人間。でも前世は庶民と同じようなもの、庶民への憧れが捨てきれないのも事実。エミリーになって分かったことだが、エミリー自身も庶民に憧れていたようだ。庶民の家は親子が仲良く睦まじく暮らしていて、寂しい思いをしない。家にいても父は仕事をしているし、母は父の手伝いをしている。帰ってきたとしても食事を一緒にとることもなく、夜眠る時も大きなベッドで一人ぼっち。寂しさを抱えたエミリーが、お忍びで下町へ行って初めて買ったのがこのキータくんである。

 それなのにごめんね、エミリー。もう本当に下町には行けないみたいね。
 準備のできた私は、朝食をとるために食堂へと向かう。

「エミリーお嬢様」

 後ろから着いてきていたアルに声をかけられ、私は振り向いた。

「良かったら、これを差し上げます」
「え?」

 それは可愛らしい赤いリボンの小さな髪留めだった。驚きで目をぱちぱちさせる。そんな私をみてアルの頬に少し赤みがさす。

「お嬢様が、下町風の洋服にこだわりを持たれていたようでしたが、さすがにお洋服は着ることはできません。なので、町で髪留めを買ってまいりました」
「えぇ…あ、アル…ええ…っ」
「代わりになるとは思っていません。ですが、一つでも町のものがあればお嬢様は喜ぶのかと思いまして…」

 照れくさそうに目を伏せたアルのことを、思わず可愛いと思ってしまった。あまりの感動に言葉が出ず、私はそっと髪を耳にかけ、そこにその髪留めを着けた。どう?とにこりと笑いかける。

「よく、お似合いです」
「ありがとう、ふふ」

 アルの言葉にご機嫌になった私は、食堂に向かって歩き出した。
 私としては、別に下町風の洋服に未練があった訳ではなく、下町に行けなくなることに未練があった訳だが、何にしてもアルの私への気持ちが嬉しかった。私は暗く考え過ぎず前へ向くことにする。

 確かに今日、主人公に会うことができなかったら、次に私が会うのは15歳になってからだ。
 まあ、会えなかったとしてもいっか!今日は最後の下町日和なのだから!





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