6 / 25
第一章
下町へ行こう3
しおりを挟む「キータくん、おはよ」
ぬいぐるみのお供、キータくんに朝の挨拶をする。はぁ、なんて清々しい朝なのかしら。キータくんもいつもより少しだけ嬉しそうな感じがする。少しだけね。
「キータくん、聞いてちょうだい。今日ね、わたくし下町に行くのよ」
これは私、というよりはエミリーの日課。朝起きた時と眠る時にお供のキータくんにご報告をするのだ。何だかんだで私は、前世から数えると三十路手前なのだ。いい加減恥ずかしいし、止めたいと思っている。だが不思議なことに、エミリーからの習慣はなかなか止められなかった。
もうひとつ言うと、私の髪の毛はストレートヘアなのだが、これがもう本当にストレートなのだ。どんなにキツく巻いても、変な髪型にして跡を付けようとしてもすぐにストレートに戻ってしまう。それもこれも、ゲームの力なのかな?と思うが、私の中でこの世界はゲームに似ている世界なので、すぐに気にしなくなった。
ここで本当はそのことをもう少し気にしておくべきだったのだが、それはまた別の話だ。
「エミリーお嬢様、準備はできましたか?お食事の準備が整っております」
廊下からアルの声がする。私はキータくんをベッドに寝かせてから、立ち上がる。
「少し待ってちょうだい、今からするわ」
私の側で待っていたメイドたちに目で合図をし、準備を始めた。
「お嬢様、本当にこのお洋服で行かれるのですか…?」
「なあに?キュリー、これじゃあダメなの?」
キュリー、と呼ばれたメイドは洋服を見ながら呟いた。キュリーは私が産まれた頃からこの屋敷に務めていて、私が赤子のころはそのお世話もしてくれていたそうだ。今でも私の世話は率先してやってくれるのはキュリーなのである。
だがキュリーも二十は超えているし、結婚した方がいいのではないかと思っているのだが、キュリーが『私は一生お嬢様のお側に!』なんていうものだからする気もないのだろう。キュリー自身は、顔は地味だが豊満なナイスバディでいつも胸がはち切れそうだ。男性も黙っていないだろうと思うのだが…。
「聞いてます?お嬢様」
「え?えぇと、何かしら?」
「だからっ、お洋服はこれはナシです!」
「どうしてよ、立派に下町風でしょ?」
実はこの日のためにまた、私は下町風の洋服を手に入れていた。だが、アルあたりがうるさそうなため、下町風だが少しだけ高そうなデザインを必死で探したのだ。それの何が悪い。
「エミー」
「お、お母様!」
いつの間にか母が部屋に入ってきていた。手を額に当て、悩ましげに眉をひそめた母ははぁ~っと長い溜息をついた。
「エミー?アルフレッドから聞きましたわよ。今日下町に行くのですってね」
来たわね。けど、私にはカードがあるのよ!
「お母様、わたくしサーカスを見に行きますのよ。ただ下町に行くのではありませんわ」
「そうらしいですわね」
「…あら、お母様知ってらしたの?」
「アルフレッドが教えてくれたのよ。貴女すぐ独断でそういうこと決めるでしょう?その癖なおしなさい」
ピシャリと言い切った母は、キュリーをちらりとみる。その視線は、キュリーのもつ下町風の洋服に注がれていた。
「エミー、下町に行くことは止めないわ。アルフレッドも一緒ですしね。ですが侯爵家の人間として行きなさい」
結局私は母に逆らうことができず、ピンクのひらひらドレスを着せられてしまった。
確かに私は侯爵家の人間。でも前世は庶民と同じようなもの、庶民への憧れが捨てきれないのも事実。エミリーになって分かったことだが、エミリー自身も庶民に憧れていたようだ。庶民の家は親子が仲良く睦まじく暮らしていて、寂しい思いをしない。家にいても父は仕事をしているし、母は父の手伝いをしている。帰ってきたとしても食事を一緒にとることもなく、夜眠る時も大きなベッドで一人ぼっち。寂しさを抱えたエミリーが、お忍びで下町へ行って初めて買ったのがこのキータくんである。
それなのにごめんね、エミリー。もう本当に下町には行けないみたいね。
準備のできた私は、朝食をとるために食堂へと向かう。
「エミリーお嬢様」
後ろから着いてきていたアルに声をかけられ、私は振り向いた。
「良かったら、これを差し上げます」
「え?」
それは可愛らしい赤いリボンの小さな髪留めだった。驚きで目をぱちぱちさせる。そんな私をみてアルの頬に少し赤みがさす。
「お嬢様が、下町風の洋服にこだわりを持たれていたようでしたが、さすがにお洋服は着ることはできません。なので、町で髪留めを買ってまいりました」
「えぇ…あ、アル…ええ…っ」
「代わりになるとは思っていません。ですが、一つでも町のものがあればお嬢様は喜ぶのかと思いまして…」
照れくさそうに目を伏せたアルのことを、思わず可愛いと思ってしまった。あまりの感動に言葉が出ず、私はそっと髪を耳にかけ、そこにその髪留めを着けた。どう?とにこりと笑いかける。
「よく、お似合いです」
「ありがとう、ふふ」
アルの言葉にご機嫌になった私は、食堂に向かって歩き出した。
私としては、別に下町風の洋服に未練があった訳ではなく、下町に行けなくなることに未練があった訳だが、何にしてもアルの私への気持ちが嬉しかった。私は暗く考え過ぎず前へ向くことにする。
確かに今日、主人公に会うことができなかったら、次に私が会うのは15歳になってからだ。
まあ、会えなかったとしてもいっか!今日は最後の下町日和なのだから!
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる