月夜のモノガタリヒメ

たそかれぼたん生雨(きう)

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24 陰陽合戦――呪術師たちの夜

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 足柄に抱かれ宙を飛翔し苔生す甍に着地する。
 4体の影にとり囲まれた――
安倍有行あべのありゆき殿?――その御尊父さまの時親ときちか殿まで御一緒とは。そちらにおられるのは賀茂道平かものみちひら殿でございますね。もう一方は中原恒盛なかはらのつねもり殿とお見受けします」
 足柄が口端をくいっとつりあげた。
「陰陽道を掌るお歴々がお揃いとは。今宵は面妖なことばかり……」
 顔前で合掌してから,足柄は親指と4指で角をつくった両の手を胸の高さで前後に並べる。臨戦の態勢である。
 対峙する術師たちも銘々の構えをとった。
「姫君さま――天満天神におすがりし,お逃げくださいませ」
 足柄が早口で囁いた。
「姫君さまに近侍する私めの力を封じこめるため,陰陽の権威たちを送りこむ用意周到さにございます。敵の並々ならぬ執念が察せられます。捕まれば,ただ事では済まされませぬ」
「誰の仕業なの? 一体何のために――」
「意図するところは測りかねます。しかしこれほどの面々を一度に召集する力を有しているのでございますから……」
 崩れかけの築地が派手に損壊し,土埃のたちこめるなか,対抗勢力を制圧した武官たちが一斉にこちらを見あげた。その中央に信長の姿がある。
「信長さまのお父上教通さまの指図かしら」
「教通さまを凌駕する為政者の差し金でしょう」
「まさか!――」
 頼通!――頼通が,不都合な真実を知る私の口封じを目論み,刺客を放ったのか!
「頼通さまであれば私兵を使うでしょう。近衛府や陰陽寮に属する官吏たちを動員し捕縛せんと欲しているのです。もはや朝敵に類する扱いではございませぬか」
「朝敵ですって?――上さまに歯向かう気など毛頭ないのに……え……まさか,そんなはずないわよね……」
 術師たちの手もとで閃光が弾け,流線をひきながら上昇した四つの光塊が,頭上の一点で融合してから火花を散らし,巨大な網を成しながら降ってくる。
 足柄が呪文を唱えれば,巨網は急速度で旋回しつつ鼓膜を突くような軋みを発し,木端微塵に砕けたのち,鏡の破片となって術師たちに襲いかかる。
 返す術を打つ暇もなく,ある者は地上へ落下し,ある者は悲鳴をあげた。
「助けてあげて!」
 足柄の背にしがみつく。
 セイッ!――という一喝と同時に無数の鏡が白濁するなり,道平と恒盛の全身に吸着し瞬間蠟化した――鬼殿の甍両端に,頭を抱え,あるいは顔をおおう蠟人形らがつくねんと月光を浴びている。
「見聞したことのない術をお使いなさる――かねてより伺いたく存じてござった。どちらで陰陽の道をお究めになったのでござろうか」
 陰陽頭時親が尋ねる傍らで,瓦礫の集積よりもがきながら有行が脱出する。
「究めるなど滅相もございませぬ……いずれまた,生き延びられた暁にはお話しいたしましょう」
 足柄が,踝を越す黒髪を靡かせながら眼下に艶やかな笑みを落とした。
「殺すにはあまりに惜しい逸材にござる……」
 時親が嘆息を漏らす。
「惑うてはなりませぬぞ!――」
 信長が叱りつける。
「内覧殿におられては意のままに事が運ばぬのです! 任をお果たしくだされ! 力量の真価が問われる正念場と奮励なされよ!」
「重々承知してござる――」
 時親が目もとに皺を集めた。
「我が安倍家の人間は陰陽の師というより官吏にござる。いかに職務を完遂するか,ごゆるりと見物なさっておられるがよい――」
 時親が一瞥をやった暗中より,大柄の男がひきだされる。足柄が叫喚した――
 後ろ手に縛られ,元結の切れた蓬頭を垂れる男の脱げかけの単衣からは,方々斬り刻まれて血塗れの肌が露出していた。
 確かに姿形は本人に違いない。しかし違和感を覚えた。咄嗟に押しとどめようとしたが,半狂乱した足柄は既に屋根から飛びおり,屍の散在する地を臥し転んでいる。
「これは異なこと!――」
 時親が仰天の両眼を見ひらいた。
「妹に揺さ振りをかけ,内覧殿を泣き落とさせるつもりが,内覧殿自らが平常を失するとは!」
「例の噂は誠にございましたや……」
と,捕縛された男が顔をあげるなり笑う――
「違う! 兄上じゃない! 兄上は無様な格好をさらしたりしない! 屈辱を味わうぐらいなら舌を嚙んで死ぬわ!」
 私が叫ぶと,傷と痣におおわれた兄の面が瞬時のうちに有行のそれに転じた。
「ナリスマシの術に幻惑されましたや」
 有行が愉悦の笑みを浮かべた。
 我に返った足柄が血の泥濘に足をとめた。
「今でござるぞ! 首を刎ねておしまいなされ!――」
 時親に触発された武官たちがどっと押し寄せる――振り翳された太刀の数々が反射しながら滑り落ちる――
 ただならぬ昂りが胸を突き破り発散される体感を覚えた。
 満月の弾けた微粒子が宇宙を埋め尽くし,夜の領域を沈めてしまったかのように辺り一帯が輝いていた。その黄金世界の全面が青く細断される。鋸歯型をなす青電光の群れが矢継ぎ早におりてくるのであった。
 稲妻である。夥しい数の稲妻が絶え間なく降り頻り,足柄目がけて振りおろされようとしている数々の太刀に絡みつく。太刀を掲げる武官たちが激しく身をよじるなり湯気を発して忽ち黒焦げになってしまう。周囲に詰めかけていたほかの武官も雑役も尽く雷光に撃ち抜かれ,ばったばったと薙ぎ倒されて見るみるうちに人の筵が延々と織りなされていく。
 筵の先に何かが浮上する――輿,葱花輦そうかれんではないか。葱花輦は主に天皇の使用に供される。
 天皇の御来臨を意味するのであろうか……罪人の拘束をお見届けになるためにお出ましになったのか……やはり,やはりそうなのか。今上後朱雀天皇がこの身を捕らえんと思し召し,武官や陰陽師を動員されたのである……
 駕輿丁たちが雷風に吹き散らされた。担ぎ手を失った葱花輦が地に落ち,四面に垂れる錦が翻る――
「あっ!――」
 私は叫びながら葱花輦へと駆けた。
「大御祖父さま,大御祖父さま,何卒お助けくださいませ!」
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