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28 噓か誠か然ても駆けひき
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満月が今宵も美しい。
後朱雀天皇が頼通を伴い,菅原邸に微行した。目通りするなり,天皇は私に頭をさげた。祐子内親王の暴挙を詫びたのである。そして気のむく折には参内し,内親王の話し相手になってくれるようにと再び頭を垂れる。
「御心の寛いお方でございますね」
天皇一行を見送りながら,私は頼通へ語りかけた。
「また,あなたは……高貴な方々を評するような発言はお慎みなさい」
頼通が制止したが,天空の闇を見事に染め抜く月を眺めつつ,私は言葉を継ぐのであった。
「ああしたお人柄ゆえ,宮さまもお魅かれになったのでしょう。心がわりされたからとて,お恨みになってはいけませぬ。心がわりされるだけの物足りなさがきっとございましたのです」
刺すような視線を横顔に受ける。
「契りを交わした男女が,仲をさかれても謀りあって国家転覆を企み,互いの愛を貫こうとする。けれども後宮に入った女の心はいつしか皇帝に感化される。心がわりを恨んだ男は女の命を奪ってしまうのです」
「一体何がおっしゃりたいのです!」
「殿の御所蔵する唐物語の筋ではございませぬか。それとも――嫄子中宮さまと殿との物語?」
視線をあわせた途端,強烈な力で手首を摑まれる。
「断じて私は何もしていない」
「直接手を下していないというだけではございませぬか! あなたさまの思いを汲みとった弟御の頼宗さまや,お義父上の頼成さまが率先して汚れ仕事に手を染めたのです!」
「私は何も知らなかった! あの者たちが勝手に動いたのだ!」
「さようでございましょうか? 殿はあの折仰せになりました! 内裏炎上の夜でございます! 殿の御無体より逃れる私に――そちらはならぬ! 行ってはならぬと! 襲芳舎にて遂行される暗殺を御存じだったからではございませぬか!」
「――あれは――あれは――あれなのだ。頼宗に襲芳舎へは立ち寄るなと告げられていたゆえ……」
「やはり御存じだったのですね!」
「だが,中宮暗殺が企図されておるなどと予想だにしなかったのだ!」
「詭弁を弄するのはおよしくださいませ! 殿のお言葉も,お振る舞いも腑に落ちぬことばかり! 女房たちが申しておりました! 以前は内覧殿が宮さまをお守り申しあげていたから安心できたと! 何ゆえ宮さまの護衛より足柄をお外しになったのです! 度々命を狙われる危険な状況に宮さまが苦しまれていたというのに!」
「そなたのためではないか! そなたに仕えさせるためだ! かつて菅原家にいた足柄なれば,近侍する者として,そなたも心安かろうと考え――」
「責任放棄なさいますな!」
頼通の腕を振り払った。
「私のせいだとおっしゃるのですか! 先日私を鬼だとおっしゃいましたが,殿こそ正真正銘の鬼ではございませぬか! 自らは指先一つ汚さず,ただ心にいだくだけで大勢の人間を意のままに操り,親兄弟に罪まで犯させてしまう!――」
「さようなものだ――」
小さく息をつき,人を見据える。
「政とはさようなものなのです」
「お認めになるのですね! 暗殺の首謀者であったことを!」
「いいえ,認めませぬ。私は一度だけ頼宗に世迷言を漏らしたに過ぎませぬ――養女の病が手に余ると」
「病?……」
「公達を弄んだのち,なぶり殺してしまう病です」
「……そんな……信じませぬ。あの宮さまがさような所業に及ばれるはずはございませぬ。殿が絵空事をおっしゃっているのです……」
「あなたの思われたいように思われるがよい。あなたが何か述べられたところで,まともにとりあう者などおりませぬし」
「宮さまをはかなくさせ申しあげたばかりでなく,死後の御名誉までお汚しいたすとは――やはり殿は――」
「さよう,私は鬼です。ですから内覧の処刑を決めました」
夜鳥が騒ぎたてた。しわがれた鳴啼が耳底に潜りこみ,そのまま反響しながら体内を激しく駆け巡る感覚に眩暈を覚えた。
「内親王に陰陽の術を使ったそうではありませぬか」
「足柄は何もしておりませぬ。対戦していた陰陽師が気絶して――」
頼通が掌で空を軽く押し人の発言を阻みながら意味深長な表情を浮かべる。
「信長が全てを見ておるのです。内覧も自らの罪を認めております」
頰を熱いものが伝い落ちた。悔し涙である。
「内親王に不敬を働くとは甚だ怪しからぬ。他への見せしめも兼ね極刑に処するのが相当かと。処刑地は本人の希望により足柄山と定まりました」
家人を呼び,馬を用意するよう命じた。
「それには及ばぬ!」
頼通が一喝し,家人はすごすごひきさがる。
「何をなさるおつもりか? 上さまを追いかけ,お慈悲を賜るおつもりか? おやめなさい。上さまも御内諾なのです」
「試してみなければ分かりませぬ!――」
抱き竦められた。
「定義殿がつき添われるそうです。内覧を処刑地に送り届ける役目をかってでられたのです。何を意味するかお分かりでしょう?」
そう耳打ちして人の背を撫でる。
「建て前が保たれればよいのです。あとは定義殿の裁量に委ねられます。兄上殿は交渉に秀でられたお方だ――息子の出生の秘密とひきかえに,想い人の命を救ってしまわれるのですから」
頼通の胸よりじわりと逃れた。
「以前から気になっておりました。色白で利発そうな目をした子ではありませぬか。いや,将来が楽しみです。実は身分を隠して蹴鞠に誘ったことがあるのです。ところが穏やかに断られましてね……はは,はは……はははは,漢籍でもさしあげたく存じます。おとりなしいただけませぬか」
「あの子のことは,このままそっとしておいてくださいませ。話の種になって生きるような境涯を味わわせたくないのです」
「勿論承知しております」
足柄の命も,我が子の平穏な暮らしも,私の出方一つで危うくなるのである。甚だ厄介な鬼に捕まってしまった。今更ながら若気の大きな過ちが後悔された。
後朱雀天皇が頼通を伴い,菅原邸に微行した。目通りするなり,天皇は私に頭をさげた。祐子内親王の暴挙を詫びたのである。そして気のむく折には参内し,内親王の話し相手になってくれるようにと再び頭を垂れる。
「御心の寛いお方でございますね」
天皇一行を見送りながら,私は頼通へ語りかけた。
「また,あなたは……高貴な方々を評するような発言はお慎みなさい」
頼通が制止したが,天空の闇を見事に染め抜く月を眺めつつ,私は言葉を継ぐのであった。
「ああしたお人柄ゆえ,宮さまもお魅かれになったのでしょう。心がわりされたからとて,お恨みになってはいけませぬ。心がわりされるだけの物足りなさがきっとございましたのです」
刺すような視線を横顔に受ける。
「契りを交わした男女が,仲をさかれても謀りあって国家転覆を企み,互いの愛を貫こうとする。けれども後宮に入った女の心はいつしか皇帝に感化される。心がわりを恨んだ男は女の命を奪ってしまうのです」
「一体何がおっしゃりたいのです!」
「殿の御所蔵する唐物語の筋ではございませぬか。それとも――嫄子中宮さまと殿との物語?」
視線をあわせた途端,強烈な力で手首を摑まれる。
「断じて私は何もしていない」
「直接手を下していないというだけではございませぬか! あなたさまの思いを汲みとった弟御の頼宗さまや,お義父上の頼成さまが率先して汚れ仕事に手を染めたのです!」
「私は何も知らなかった! あの者たちが勝手に動いたのだ!」
「さようでございましょうか? 殿はあの折仰せになりました! 内裏炎上の夜でございます! 殿の御無体より逃れる私に――そちらはならぬ! 行ってはならぬと! 襲芳舎にて遂行される暗殺を御存じだったからではございませぬか!」
「――あれは――あれは――あれなのだ。頼宗に襲芳舎へは立ち寄るなと告げられていたゆえ……」
「やはり御存じだったのですね!」
「だが,中宮暗殺が企図されておるなどと予想だにしなかったのだ!」
「詭弁を弄するのはおよしくださいませ! 殿のお言葉も,お振る舞いも腑に落ちぬことばかり! 女房たちが申しておりました! 以前は内覧殿が宮さまをお守り申しあげていたから安心できたと! 何ゆえ宮さまの護衛より足柄をお外しになったのです! 度々命を狙われる危険な状況に宮さまが苦しまれていたというのに!」
「そなたのためではないか! そなたに仕えさせるためだ! かつて菅原家にいた足柄なれば,近侍する者として,そなたも心安かろうと考え――」
「責任放棄なさいますな!」
頼通の腕を振り払った。
「私のせいだとおっしゃるのですか! 先日私を鬼だとおっしゃいましたが,殿こそ正真正銘の鬼ではございませぬか! 自らは指先一つ汚さず,ただ心にいだくだけで大勢の人間を意のままに操り,親兄弟に罪まで犯させてしまう!――」
「さようなものだ――」
小さく息をつき,人を見据える。
「政とはさようなものなのです」
「お認めになるのですね! 暗殺の首謀者であったことを!」
「いいえ,認めませぬ。私は一度だけ頼宗に世迷言を漏らしたに過ぎませぬ――養女の病が手に余ると」
「病?……」
「公達を弄んだのち,なぶり殺してしまう病です」
「……そんな……信じませぬ。あの宮さまがさような所業に及ばれるはずはございませぬ。殿が絵空事をおっしゃっているのです……」
「あなたの思われたいように思われるがよい。あなたが何か述べられたところで,まともにとりあう者などおりませぬし」
「宮さまをはかなくさせ申しあげたばかりでなく,死後の御名誉までお汚しいたすとは――やはり殿は――」
「さよう,私は鬼です。ですから内覧の処刑を決めました」
夜鳥が騒ぎたてた。しわがれた鳴啼が耳底に潜りこみ,そのまま反響しながら体内を激しく駆け巡る感覚に眩暈を覚えた。
「内親王に陰陽の術を使ったそうではありませぬか」
「足柄は何もしておりませぬ。対戦していた陰陽師が気絶して――」
頼通が掌で空を軽く押し人の発言を阻みながら意味深長な表情を浮かべる。
「信長が全てを見ておるのです。内覧も自らの罪を認めております」
頰を熱いものが伝い落ちた。悔し涙である。
「内親王に不敬を働くとは甚だ怪しからぬ。他への見せしめも兼ね極刑に処するのが相当かと。処刑地は本人の希望により足柄山と定まりました」
家人を呼び,馬を用意するよう命じた。
「それには及ばぬ!」
頼通が一喝し,家人はすごすごひきさがる。
「何をなさるおつもりか? 上さまを追いかけ,お慈悲を賜るおつもりか? おやめなさい。上さまも御内諾なのです」
「試してみなければ分かりませぬ!――」
抱き竦められた。
「定義殿がつき添われるそうです。内覧を処刑地に送り届ける役目をかってでられたのです。何を意味するかお分かりでしょう?」
そう耳打ちして人の背を撫でる。
「建て前が保たれればよいのです。あとは定義殿の裁量に委ねられます。兄上殿は交渉に秀でられたお方だ――息子の出生の秘密とひきかえに,想い人の命を救ってしまわれるのですから」
頼通の胸よりじわりと逃れた。
「以前から気になっておりました。色白で利発そうな目をした子ではありませぬか。いや,将来が楽しみです。実は身分を隠して蹴鞠に誘ったことがあるのです。ところが穏やかに断られましてね……はは,はは……はははは,漢籍でもさしあげたく存じます。おとりなしいただけませぬか」
「あの子のことは,このままそっとしておいてくださいませ。話の種になって生きるような境涯を味わわせたくないのです」
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