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冤罪
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配達員の木田正紀が車に戻るとダッシュボード下に人がうずくまっている。
顏が見えないが若い女性だとはなんとなく分かった。状況にそぐわない甘い香りが車内を包んでいる。
「お願い、いつもと同じように車を出して…」
ドラマのような非日常に高揚している正紀は、そっと車を走らせる。
「どこまでいこう?どうしたいの?」
周りから悟られないように、わざとらしくイヤホンのポジションを直しつつ尋ねた。
「ゆるして…」
彼女は相変わらず顔を上げず、すすり泣きながら言った。
車は進む。
助手席にうずくまっている三浦希の携帯電話が鳴った。
「もしもし、うん。代わるね。」
正紀は初めて見た彼女の顔が好みだったことで自然とほほがほころんだ。差し出された電話をだらしない顔で受け取る。
「覚悟しなさい、誘拐犯。警察に突き出してやる。」
全く状況が理解できずに希の顔に目を向けると、うつむいたまま、まさに誘拐された雰囲気で座っている。
数秒の無言が長く感じた。電話の向こうではさらに話が続いている。
「あなたね、娘が何と言おうが私がだめと言ったらだめなのよ。未成年を車に乗せたら言い訳できないわよ。」
どうやら母親のようだ。車に乗っていることがなぜわかったのだろう?
「母親ですか?あなたは勘違いしています。」
正紀が話を続けようとしたら希が電話をとって切ってしまった。
「君は親に言われてここに乗ったの?」
無言でうなずいた。
「やっぱりね。おおまかに理解できた。会社からすごく怒られるから本当は乗せたくないんだ。でもそうすると君が怒られるの?」
なんの見栄かはわからないが、車に施錠していない時点で規定違反となり怒られることは黙っている。
「うん…」
「わかった。このままとりあえずあと数件配達残ってるから、話は配り終わったらしよう。君から言いたいことがあれば話してくれていいよ。」
正紀は何もわかっていない。すっかり役者気取りだ。デートのようにも浮かれている。
「希…君って言われるとすごく寂しくなるの。名前で呼んでほしい。」
「話してくれてありがとう、希ちゃん。」
正紀は人と接するのは嫌いだ。顔を合わせていると、常に表情が気になって、いらない感情が沸いてくる。大体当たっている。だから嫌だ。
一人で淡々とできる運送の仕事が気に入っている。運転も嫌いではない。
さらに今は前を向く無言の美女が隣に座っている。
二人の出会いは希の母親による、よからぬたくらみによって生まれた。
配達が終わる。希は名前を言ってからずっと無言だった。正紀が切り出す。
「さて、おつかれさま。後は会社に帰るだけ。次はどうするの?」
正紀は似たような家庭事情の環境を過ごしたことがある。親とはもう連絡を取っていない。原因は違うと思うけれど、親に悩まされていることに変わりはない。
「わからない。親には車に乗ってればいい。黙って時間を引き延ばせと言われてる。」
「そろそろ電話してみる?」
「ごめんなさい…」
会社に迷惑をかけたくないのでファミレスで待ってもらうことにした。
誘拐した子を一人でお店に待たせるとはおかしな話だ。
実は会社に行けばオンラインでつながったドライブレコーダーの記録を見ることができる。
誘拐ではないという証拠に正紀は自信があるので余裕なのだ。
ファミレスで希が母親に電話をした。
「うん、うん、代わるね。」
希は少し元気になっていた。こんな所で泣かれていても困るので正紀もほっとしている。
「はい、僕は誘拐なんかしていません。落ち着いてください。」
母親は興奮している。覚えたことを強い口調で淡々と早口言葉のように。
「娘を返して…まだ警察には言っていないからお願い。」
「わかりました。伺います。」
詐欺だと大方把握しつつ、言われるがまま希の家に向かう。正紀は面倒くさくなってきて、すぐ降ろしてしまえばよかったと思った。変わらない毎日にドラマを求めたことを悔いた。
横目でちらっと希を見て、一瞬にしてまんざらでもなくなった。
家に向かう途中、正紀は少し確認をしたかった。
「母親とは離れたい?」
希はまたうつむいた。
「わからない。離れたらどこに行ってどうなるのか。何が選べるのかもわからない。」
正紀はなに得意げに聞いているのだと反省する。わからないからこの状況なんじゃないか。
「ごめんね、とりあえず今日は帰ってもいい?暴力や犯罪だと思うことはされてない?」
「うん、私は大丈夫。」
私はという言葉と言い方に引っかかる。しかし、僕も被害者だからと正紀は気にするのをやめた。
「電話番号教えておくね。何かっあたら相談に乗るから。」
下心がないとは嘘になる。相手が希でなかったら電話番号を渡さなかったのではないか。
二人が家に着くと正紀は後悔した。
正面から希の顔を見てもゆるがない絶望で、指先の感覚がなくなった。
家の前にはパトカーが何台もあり、警官が十数人いる。三人、誰かが近づいてきた。
「未成年誘拐およびその家族殺害の容疑で同行お願いします。」
「殺人?何のことですか?」
正紀は理解できなかった。しかしすぐに疑いが晴れて帰られると思っている。
希は助手席からあわただしく警官に抱きかかえられ、正紀はゆっくりと自分からパトカーに歩いた。
正紀の予想とは違い、パトカーは警察署に向かって動き出した。
顏が見えないが若い女性だとはなんとなく分かった。状況にそぐわない甘い香りが車内を包んでいる。
「お願い、いつもと同じように車を出して…」
ドラマのような非日常に高揚している正紀は、そっと車を走らせる。
「どこまでいこう?どうしたいの?」
周りから悟られないように、わざとらしくイヤホンのポジションを直しつつ尋ねた。
「ゆるして…」
彼女は相変わらず顔を上げず、すすり泣きながら言った。
車は進む。
助手席にうずくまっている三浦希の携帯電話が鳴った。
「もしもし、うん。代わるね。」
正紀は初めて見た彼女の顔が好みだったことで自然とほほがほころんだ。差し出された電話をだらしない顔で受け取る。
「覚悟しなさい、誘拐犯。警察に突き出してやる。」
全く状況が理解できずに希の顔に目を向けると、うつむいたまま、まさに誘拐された雰囲気で座っている。
数秒の無言が長く感じた。電話の向こうではさらに話が続いている。
「あなたね、娘が何と言おうが私がだめと言ったらだめなのよ。未成年を車に乗せたら言い訳できないわよ。」
どうやら母親のようだ。車に乗っていることがなぜわかったのだろう?
「母親ですか?あなたは勘違いしています。」
正紀が話を続けようとしたら希が電話をとって切ってしまった。
「君は親に言われてここに乗ったの?」
無言でうなずいた。
「やっぱりね。おおまかに理解できた。会社からすごく怒られるから本当は乗せたくないんだ。でもそうすると君が怒られるの?」
なんの見栄かはわからないが、車に施錠していない時点で規定違反となり怒られることは黙っている。
「うん…」
「わかった。このままとりあえずあと数件配達残ってるから、話は配り終わったらしよう。君から言いたいことがあれば話してくれていいよ。」
正紀は何もわかっていない。すっかり役者気取りだ。デートのようにも浮かれている。
「希…君って言われるとすごく寂しくなるの。名前で呼んでほしい。」
「話してくれてありがとう、希ちゃん。」
正紀は人と接するのは嫌いだ。顔を合わせていると、常に表情が気になって、いらない感情が沸いてくる。大体当たっている。だから嫌だ。
一人で淡々とできる運送の仕事が気に入っている。運転も嫌いではない。
さらに今は前を向く無言の美女が隣に座っている。
二人の出会いは希の母親による、よからぬたくらみによって生まれた。
配達が終わる。希は名前を言ってからずっと無言だった。正紀が切り出す。
「さて、おつかれさま。後は会社に帰るだけ。次はどうするの?」
正紀は似たような家庭事情の環境を過ごしたことがある。親とはもう連絡を取っていない。原因は違うと思うけれど、親に悩まされていることに変わりはない。
「わからない。親には車に乗ってればいい。黙って時間を引き延ばせと言われてる。」
「そろそろ電話してみる?」
「ごめんなさい…」
会社に迷惑をかけたくないのでファミレスで待ってもらうことにした。
誘拐した子を一人でお店に待たせるとはおかしな話だ。
実は会社に行けばオンラインでつながったドライブレコーダーの記録を見ることができる。
誘拐ではないという証拠に正紀は自信があるので余裕なのだ。
ファミレスで希が母親に電話をした。
「うん、うん、代わるね。」
希は少し元気になっていた。こんな所で泣かれていても困るので正紀もほっとしている。
「はい、僕は誘拐なんかしていません。落ち着いてください。」
母親は興奮している。覚えたことを強い口調で淡々と早口言葉のように。
「娘を返して…まだ警察には言っていないからお願い。」
「わかりました。伺います。」
詐欺だと大方把握しつつ、言われるがまま希の家に向かう。正紀は面倒くさくなってきて、すぐ降ろしてしまえばよかったと思った。変わらない毎日にドラマを求めたことを悔いた。
横目でちらっと希を見て、一瞬にしてまんざらでもなくなった。
家に向かう途中、正紀は少し確認をしたかった。
「母親とは離れたい?」
希はまたうつむいた。
「わからない。離れたらどこに行ってどうなるのか。何が選べるのかもわからない。」
正紀はなに得意げに聞いているのだと反省する。わからないからこの状況なんじゃないか。
「ごめんね、とりあえず今日は帰ってもいい?暴力や犯罪だと思うことはされてない?」
「うん、私は大丈夫。」
私はという言葉と言い方に引っかかる。しかし、僕も被害者だからと正紀は気にするのをやめた。
「電話番号教えておくね。何かっあたら相談に乗るから。」
下心がないとは嘘になる。相手が希でなかったら電話番号を渡さなかったのではないか。
二人が家に着くと正紀は後悔した。
正面から希の顔を見てもゆるがない絶望で、指先の感覚がなくなった。
家の前にはパトカーが何台もあり、警官が十数人いる。三人、誰かが近づいてきた。
「未成年誘拐およびその家族殺害の容疑で同行お願いします。」
「殺人?何のことですか?」
正紀は理解できなかった。しかしすぐに疑いが晴れて帰られると思っている。
希は助手席からあわただしく警官に抱きかかえられ、正紀はゆっくりと自分からパトカーに歩いた。
正紀の予想とは違い、パトカーは警察署に向かって動き出した。
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