甘い配達

犬山田朗

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背信

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どう見ても困っている希を前にして、内心わくわくしながら楽観視した罰だろう。
正紀はなかなか警官に信じてもらえずに回想と思考を留置場で繰り返す。
「思い返せばおかしい、僕の感はいつも当たるんだ。希ちゃんが言った『私は』の違和感を無視した。あのとき放り出せばまだましな未来が待っていたかもしれない。
一番の気がかりは警官と僕の会話を聞いて反応しなかったこと。はっきりと殺人と聞こえていたはずだ。
そもそも最初の『ゆるして』ってところからズレてるじゃないか。母親も一回目と二回目人が違い過ぎた。」
警官は相手の家族の話は答えてくれない。
希のストーカーに仕立て上げ、無理やり支配したかった為と結末が決まっているのだろう。正紀はあからさまな誘導を感じている。
自信のあった証拠の一つ、ドライブレコーダーを見てくれと言った。しかし、被疑者が把握して録った音声データではなにも証拠にはならないとあしらわれた。レコーダーの映像は外を向いているのだ。
ファミレスでの証拠はと聞いたら、被害者を脅して同じような証拠を捏造する犯人もたくさんいると、むしろ準備された犯行だと疑われている。
程なくして正紀に逮捕状が出て逮捕された。

ニュースには正紀の生い立ちと家庭環境を紹介して、心境を得意げに話す人が映っている。
新聞にはストーカーが女子高生を誘拐するため家に押し入り父親を殺害と記された。
週刊誌には誘拐中も平然と仕事や外食をしていたなど、いかに人間離れしているかを競い合って掲載した。
警察は凶器として希の家にあった包丁を押収しており、正紀が犯行時に使った服を探して追い打ちをかけようとしている。
正紀は現実を疑うほど悲観して、天井から自分を見るかのように他人事だと逃げている。ストレスで体調がすぐれない。
体調が良いときはずっと仮説を立てて事件の推理をしていた。
「希ちゃんの父親が母親にDVをして、抵抗しているうちに殺してしまったのだろう。母親も気が強そうな印象だった。
どのタイミングかはわからないが、希ちゃんに逃げろと促した。
殺人を聞いて驚かなかったのは、予測できるほど酷かったか、すでに死んでいたか、どちらにしろ終盤だ。
洗いたてのような甘い香りがしていたのは着替えてきた可能性が高く、間近で血を浴びているだろう。」
目の前で起きた光景で精神的にまいっていないか心配した。名前で呼んでほしいといった希にとてつもない切なさを抱いている。
相当つらい思いをして過ごしていたのだろう。そう思うと自分の立場も少し辛さが和らいだ。
希の顔がみたくなった正紀に声だけは聴ける機会が訪れた。

初公判、正紀と希の家族はお互い顔が見られないように配慮されている。顔がみられると思った正紀は残念がった。
もっと残念なことに本人は気付いていない。ついたてに不満そうな表情を浮かべたのは、本人の理由と同じまま、希の顔が見られないことに寄るものだと、より一層まわりの疑いを強めてしまったことに。
裁判が始まり正紀はさらに追い打ちをかけられる言葉を聞く。
母親は正紀が父親を襲うところを目撃したと証言した。
希は正紀の前でシャワーを浴びせさせられ、二人分の服の処分を手伝わされたと証言した。
裁判所の中で静かなざわめきが起こる。
検察の見立ては、正紀が日頃から一方的に心を寄せていた希に会いに行ったら、配達もないのに来た正紀の意図を知った父親と揉めて殺したらしい。
殺した後も希を誘拐して平然と仕事や食事を楽しみ何食わぬ顔で戻ってきた。
犯行時の服は配達途中に転々と公共のごみ箱に捨てたのでもう焼却され見つけることは出来ない。
家の中にいた形跡が一切ないことや、その後の行動から、とても機転が利く知能犯であって、大胆だと結論付けた。
もちろん責任能力があると含めて冷静沈着な猟奇犯だと述べた。
正紀の弁護士も犯人であることを前提で進めている。
反省のない犯人の弁護に半分匙を投げているので、ほぼ検察の要求通り進んでしまっている。
本人は世間の思い込みの強さと希の証言を聞いて抵抗をあきらめたのだ。
裁判は円滑に進み懲役15年の有罪が確定した。
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