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【第一章】アスラン伝説編
1-25【少女A】
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日が沈んだ岩山の天辺から遥か遠くの廃鉱の入り口を魔法の千里眼で眺める一つの人影があった。
人影の正体は岩の上に腰掛ける少女である。
白いワンピース姿の少女は気楽そうに長くて細い脚を交差させながら色っぽく組み合わせていた。
そんな彼女の長いポニーテールの髪が夜風に吹かれて揺れている。
その少女の横には黒山羊の頭が置かれていた。
あの魔女の少女である。
彼女は貧乏そうな村でアスランを地下室に閉じ込めてから椅子に縛り付けて、包丁で捌こうとしていた悪魔的な少女だ。
アスラン曰く、少女Aである。
少女Aは脚を組みながら鉈のような包丁を片手でブラブラさせていた。
「へぇ~、あの坊や、見えてるんだ」
彼女は魔法を使い、遠くはなれた場所からアスランの様子を窺っていた。
千里眼の魔法である。
彼女はコボルトたちが村を襲撃した後も、遠くからアスランをずっと観察していたのだ。
それはアスランにホレたわけだからではない。
誤解されないように最初に言っておくが恋心からではないのだ。
彼女には、彼女なりに別の事情があったからである。
少女Aが岩に腰掛けながら呟く。
「なかなかやるじゃない。コボルトを20匹ぐらい一人で倒したわね。最初にしては上出来よ」
すると彼女が背負う夜の風景に、大きな影が割り混んで来た。
ユラリと朧気に揺れる影の内部には悪魔の表情がうっすらと映る。
その影の大きさは3メートルはあるだろう。
怪しげな影は半透明な体を夜空に溶け込ませるように揺らしていた。
その大きな影が少女Aに太い声で話し掛ける。
「あれがお前が見付けた器か?」
少女Aが振り返らずに後ろの影に答えた。
「ええ、主様」
「あれがのぉ~」
何やら影の声色に不満が聞き取れる。
「あれではお気に召しませんぬか?」
大きな影は率直に答えた。
「うぬ、気に食わない」
「あらら……」
少女Aは振り返り大きな影を見上げながら言い返す。
「あれのどこが気に入らないのですか、主様?」
「顔かな」
率直な意見である。
「あー、顔ですかー……」
少女Aは影の一言に納得したようだ。
「お前もそこは認めるのね」
「確かに顔はマヌケそうでスケベな形相をしています。表情筋に絞まりもありませぬ。ですが体は抜群だと思いますよ!」
「大きいのか?」
少女は眉をしかめながら小さく返す。
「確認しましたが、残念ながら粗珍でした……」
大きな影がガッカリと肩を落としながら言った。
「まあ、あれを器に使うのならば、首はもぐのだから面相は関係ないのだがな。でも、粗珍はな~……」
「ですよね~」
「だが、まだ体も未熟。成長もしきっていないのではないのか」
「その辺は、今後の成長に期待して行きたいですわね」
「なるほど。しかし、別の信者たちも動いているのだ。呑気にあやつの成長を待っても要られぬぞ。子供から大人になるのに何年かかる」
「それは、問題ないでしょう。私が見付けた以上の器を他の者たちが見つけ出せるとは思いませぬ」
「他の信者を侮ってないか?」
「今までの実績を見ていれば侮りたくもなりましょうぞ」
「大きく出たな」
「何せあの器は転生者です。それにあの子は霊視の魔眼を持っているようです」
「霊視の魔眼か……。しかし、その程度で極上の器とは限らんぞ」
少女Aがポツリと呟くように述べた。
「私は見たのです」
「何をだ?」
大きな影は首を傾げる。
少女Aは遠い夜空を見上げながら言葉を続けた。
「あの者の中に秘める未来を」
「それはどのような未来だった?」
答える少女Aの顔は怪しく微笑んでいた。
その瞳の奥が魔法陣を輝かせる。
どうやら彼女もなんらかの魔眼を有しているようだ。
「あれは魔王級まで成長するやも知れませぬぞ」
大きな影も怪しく微笑みながら少女Aに顔を近付けた。
赤く輝いた瞳で少女の瞳を覗き込む。
少女の魔眼を通して何かをみているようだった。
「それはそれは、期待がなんとも大きいのぉ。魔王級とは御馳走ではないか」
「なのでいずれは主様も、あれを器として認めてくれることでしょうとも」
大きな影が頭を引いた。
元の位置に戻る。
「それまでお前があやつを責任を持って育てると言うのか?」
少女Aがクスリと笑ってから返す。
「自然に育たない器なんて使えないですわ。放置で試練を与えましょうぞ」
「複雑なタイプのスパルタだな」
大きな影は呆れている様子である。
だが、黒い表情は微笑んでいた。
「さて──」
少女Aが腰掛けていた岩から腰を上げる。
そして、お尻の埃をパンパンっと手で払った。
「では、私も次のアジトを探しに行きましょうか。器の成長も大切ですが、日々の生け贄もまた大切ですからね」
そう言うと少女Aは黒山羊の頭を小脇に抱え上げる。
「良い心掛けだ。では、次の生け贄も待っておるぞ」
「畏まりました」
少女Aが軽く頭を下げる。
その会話を最後に大きな影は大地の中に染み込むように消えてなくなった。
すると周囲から禍々しい怪しげな気配も消える。
そして影を見送った少女Aも岩山を下って行った。
「さて、ではでは、私も旅立ちますか、新たな生け贄を求めて──」
そう述べると少女Aは貧乏そうな村とは反対の方角に進んで行く。
そしてしばらくすると、その後ろ姿は夜の闇に同化して見えなくなった。
人影の正体は岩の上に腰掛ける少女である。
白いワンピース姿の少女は気楽そうに長くて細い脚を交差させながら色っぽく組み合わせていた。
そんな彼女の長いポニーテールの髪が夜風に吹かれて揺れている。
その少女の横には黒山羊の頭が置かれていた。
あの魔女の少女である。
彼女は貧乏そうな村でアスランを地下室に閉じ込めてから椅子に縛り付けて、包丁で捌こうとしていた悪魔的な少女だ。
アスラン曰く、少女Aである。
少女Aは脚を組みながら鉈のような包丁を片手でブラブラさせていた。
「へぇ~、あの坊や、見えてるんだ」
彼女は魔法を使い、遠くはなれた場所からアスランの様子を窺っていた。
千里眼の魔法である。
彼女はコボルトたちが村を襲撃した後も、遠くからアスランをずっと観察していたのだ。
それはアスランにホレたわけだからではない。
誤解されないように最初に言っておくが恋心からではないのだ。
彼女には、彼女なりに別の事情があったからである。
少女Aが岩に腰掛けながら呟く。
「なかなかやるじゃない。コボルトを20匹ぐらい一人で倒したわね。最初にしては上出来よ」
すると彼女が背負う夜の風景に、大きな影が割り混んで来た。
ユラリと朧気に揺れる影の内部には悪魔の表情がうっすらと映る。
その影の大きさは3メートルはあるだろう。
怪しげな影は半透明な体を夜空に溶け込ませるように揺らしていた。
その大きな影が少女Aに太い声で話し掛ける。
「あれがお前が見付けた器か?」
少女Aが振り返らずに後ろの影に答えた。
「ええ、主様」
「あれがのぉ~」
何やら影の声色に不満が聞き取れる。
「あれではお気に召しませんぬか?」
大きな影は率直に答えた。
「うぬ、気に食わない」
「あらら……」
少女Aは振り返り大きな影を見上げながら言い返す。
「あれのどこが気に入らないのですか、主様?」
「顔かな」
率直な意見である。
「あー、顔ですかー……」
少女Aは影の一言に納得したようだ。
「お前もそこは認めるのね」
「確かに顔はマヌケそうでスケベな形相をしています。表情筋に絞まりもありませぬ。ですが体は抜群だと思いますよ!」
「大きいのか?」
少女は眉をしかめながら小さく返す。
「確認しましたが、残念ながら粗珍でした……」
大きな影がガッカリと肩を落としながら言った。
「まあ、あれを器に使うのならば、首はもぐのだから面相は関係ないのだがな。でも、粗珍はな~……」
「ですよね~」
「だが、まだ体も未熟。成長もしきっていないのではないのか」
「その辺は、今後の成長に期待して行きたいですわね」
「なるほど。しかし、別の信者たちも動いているのだ。呑気にあやつの成長を待っても要られぬぞ。子供から大人になるのに何年かかる」
「それは、問題ないでしょう。私が見付けた以上の器を他の者たちが見つけ出せるとは思いませぬ」
「他の信者を侮ってないか?」
「今までの実績を見ていれば侮りたくもなりましょうぞ」
「大きく出たな」
「何せあの器は転生者です。それにあの子は霊視の魔眼を持っているようです」
「霊視の魔眼か……。しかし、その程度で極上の器とは限らんぞ」
少女Aがポツリと呟くように述べた。
「私は見たのです」
「何をだ?」
大きな影は首を傾げる。
少女Aは遠い夜空を見上げながら言葉を続けた。
「あの者の中に秘める未来を」
「それはどのような未来だった?」
答える少女Aの顔は怪しく微笑んでいた。
その瞳の奥が魔法陣を輝かせる。
どうやら彼女もなんらかの魔眼を有しているようだ。
「あれは魔王級まで成長するやも知れませぬぞ」
大きな影も怪しく微笑みながら少女Aに顔を近付けた。
赤く輝いた瞳で少女の瞳を覗き込む。
少女の魔眼を通して何かをみているようだった。
「それはそれは、期待がなんとも大きいのぉ。魔王級とは御馳走ではないか」
「なのでいずれは主様も、あれを器として認めてくれることでしょうとも」
大きな影が頭を引いた。
元の位置に戻る。
「それまでお前があやつを責任を持って育てると言うのか?」
少女Aがクスリと笑ってから返す。
「自然に育たない器なんて使えないですわ。放置で試練を与えましょうぞ」
「複雑なタイプのスパルタだな」
大きな影は呆れている様子である。
だが、黒い表情は微笑んでいた。
「さて──」
少女Aが腰掛けていた岩から腰を上げる。
そして、お尻の埃をパンパンっと手で払った。
「では、私も次のアジトを探しに行きましょうか。器の成長も大切ですが、日々の生け贄もまた大切ですからね」
そう言うと少女Aは黒山羊の頭を小脇に抱え上げる。
「良い心掛けだ。では、次の生け贄も待っておるぞ」
「畏まりました」
少女Aが軽く頭を下げる。
その会話を最後に大きな影は大地の中に染み込むように消えてなくなった。
すると周囲から禍々しい怪しげな気配も消える。
そして影を見送った少女Aも岩山を下って行った。
「さて、ではでは、私も旅立ちますか、新たな生け贄を求めて──」
そう述べると少女Aは貧乏そうな村とは反対の方角に進んで行く。
そしてしばらくすると、その後ろ姿は夜の闇に同化して見えなくなった。
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