上 下
160 / 611
【第六章】閉鎖ダンジョン後編

6--14【第一王子アルビレオ】

しおりを挟む
グレイスママの店を出た俺は酒場の非売品亭で昼食を取っていた。

時は昼を過ぎて、だいぶ店内も一般客で賑わっている。

俺はカウンター席で、皿に盛られた肉の山を眺めていた。

「これ、今日の朝、俺が残した肉じゃあねえの?」

カウンターの中で鍋を掻き回している女将さんが答えた。

「何を言ってるのさ、あんたは?」

女将さんが汁の垂れるお玉をおれの眼前に突き出しながら言う。

「よぉ~~く見なさい、そのお肉の艶を!」

「艶っ?」

「今日の朝に仕込んだ新鮮な肉料理だよ。あんたが朝に食べた昨晩の余り物の肉とはわけが違うのさ!」

「いや、煮込んでるから艶とか分かんないぜ……」

「じゃあ、食ってみな!」

俺は女将さんに急かされるまま肉を頬張った。

ジュワっと肉汁が口の中に溢れて広がる。

「旨い……」

なんだ、これは!?

朝の肉には存在しなかったジューシー感だぞ!?

肉から染み出る油の汁がこってりとしているのに甘味に溢れている。

「こ、これは旨いかも!?」

「だろ~、あんたも分かってきたわね~」

言いながら女将さんが追加の肉を俺の皿に盛り付けた。

皿の上の肉が更に超山盛りになる。

「サービスだよ。た~んと食べておいき!」

「こんなに食えねーよ……」

結局俺は半分以上の肉を残した。

まだ少し朝食の肉が腹に残っていたのもあってか、食える量ではなかったのだ。

いくら肉が旨くても食える限度ってものがある。

俺は肉臭いゲップを吐きながら非売品亭をあとにした。

「うぷっ、食べ過ぎたわ……。お腹にジャンボ鶴田のチキンシンクを食らったら全部吐き出しそうなぐらい食べ過ぎたぞ」

吐きそうだし、太りそうだし、カロリー満点だわ……。

それよりも、あの肉ってなんの肉だったんだろう。

鶏肉ではなかった。

豚とも牛ともちょっと違った。

なに?

いや、考えるのをやめよう。

たぶんファンタジー特有の肉だ。

知らないほうが幸せかも知れない。

それよりも、もう眠りたくなったぜ。

今日は詰所に戻って昼寝でもしようかな。

たぶん窓から流れ込んで来る微風が気持ちいいはずだ。

こんなコンディションで冒険は無理っぽいわ。

てか、お腹が一杯でヤル気が出ないぞ。

気分は怠惰だわ。

俺の中の怠惰君がヌクヌクモコモコと、縦横無尽に暇を貪れって言ってますわ。

マジで眠いぜ……。

とにかく、昼寝がしたい。

俺はタプタプの腹を抱えながらヨタヨタと城に帰った。

俺がゲップを漏らしながらノタノタと歩いて居ると、裏庭の詰所が見えて来る。

詰所の前では三人が剣の稽古に励んでいた。

まだ距離は20メートルぐらい離れているから向こうは俺に気付いていない。

刈り込まれた芝生の上でパーカーさんとスパイダーさん、それにポラリスの三人が、剣を振るって稽古をしていた。

横一列に並んで素振りに励んでいる。

振るっている武器は、ソード、ソード、丸太である。

勿論ながら丸太を振るっているのはポラリスだ。

なんで女子が一番大きな得物を振るっているのだろう。

本当に怪力女だよな。

それより何故にプリンセスが、つまはじき者たちと一緒に稽古なんかをやっているのだろうか?

そんなにプリンセスって城の中だと暇なのか?

俺が離れた壁の陰から様子を窺っていると、背後から人の気配を感じ取った。

俺が振り返ると見た顔が歩み寄って来る。

誰だっけな、この兄さんは?

「やあ、キミはアスラン君だったかな」

「すまん、誰だっけ?」

若い貴族風の兄ちゃんが笑顔で述べる。

「キミは本当に無礼だな。本来なら、この場で私に斬り捨てられても文句は言えないぞ」

「切り捨て御免か?」

過激な台詞だが、彼には戦意が感じられない。

それに体付きが華奢で、手足も鍛えているような太さではない。

おそらく剣技はからっきしだろう。

それが見ただけで分かるぐらいだ。

故に完全なジョークを述べていると分かった。

「いや、無理だろ。だって俺のほうがあんたより強いじゃん」

「武術ならば、キミのほうが上だろうな。故に悔しいが切り捨て御免は無理だね。はっはっ」

腰に細身の剣を下げているが、その剣と同じぐらい体も細い。

この兄ちゃんのクローンが、10人束になって掛かって来ても俺には敵わんだろうさ。

なんせ俺はレベル20の冒険者様ですよ。

おそらくだが、この異世界のレベル20ってかなり強い人間だぞ。

それよりも──。

「で、どなただったっけ?」

マジでこの人の記憶が俺にはなかった。

でも、出会ったことはあるようだ。

「アルビレオだよ」

「えっ、誰?」

名前を聞いても思い出せない。

「んー、簡単に述べれば、爺様のベルセルクが死んで、父のベオウルフが死んだら、この町の君主に昇格するアルビレオだよ。将来は一番偉い人って言えば分かりやすいかな」

「分かりやすい説明だな……」

思い出したぞ。ポラリスの兄貴だわ。

一昨日の謁見室で会っているね。

それにしても、貴族としてのオーラが少ないな。

君主になるべき威厳が感じられない。

ベルセルクの爺さんや髭親父のベオウルフのように傲慢さが見られないぞ。

なんだかボンボン貴族の次男連中のようだわ。

そう、あそこの詰所の連中と同じ空気感がするよ。

分かりやすく言えば、素朴にも平和ボケしているかな。

アルビレオが遠目に詰所側を見ながら訊いて来る。

「どう思う、彼らは?」

「えっ、なんだい。訊かれている意味が分からんが?」

「彼ら二人と妹のポラリスだよ」

なんだろう、この兄ちゃんは髭親父と違って口調も軟らかいぞ。

フレンドリーである。

性格に棘が無いっていいますか、穏やかっていいますか。

俺は三人を眺めながら答えた。

「仲が良いよね。本当はパーカーさんも腕が立つのに、あんな日陰な詰所に居るしさ、ポラリスもなんであんなところで稽古しているんだかね」

そう、普段はふざけているが、あの二人はかなり強いはずだ。

感じで分かる。

スパイダーさんは、良く分からんけれど。

「僕は武術は疎いから分からないが、彼らは強いのかね?」

「ああ、兵士長並みに強いよ」

嘘でない。

普段はそんな感じは見せないが、特にパーカーさんは間違いなく強いだろう。

ちょっとした剣豪レベルだ。

「まあ、確かに昔はパーカーも兵士長を勤めていた時代もあったからね」

「へぇ~、そうなんだ~」

「ところでキミは妹のポラリスと本当に結婚するのかね?」

「しねーよ。前にも言っただろ。俺は呪いで女が抱けないってさ」

「でも、結婚ぐらいは?」

「しねーよ。抱けない女と一緒になっても生き地獄だろ」

「それは、残念だな……」

アルビレオは本気で言っているようだった。

「何故に、俺とポラリスをくっ付けたがる?」

「キミがポラリスと結婚してくれれば、この町の君主も任せられるかなって思ったんだがね……」

「おいおい、冗談はやめてくれよな。君主はあんたの定めだろ」

「僕が愛する人と結婚しても子供が出来ないからさ。だからキミとポラリスのほうが可能性は高いかと思ってね」

アルビレオは素振りをする連中を見ながら寂しそうに言った。

なんだ、意味が分からんぞ。

こいつ、種無しなのか?

「なんで、子供が出来ないんだ。お前は病気か?」

「いやね、僕が愛したのはパーカーなんだ……」

きーーたーーー!!

はい、新たな変態様登場ですな!!

ここで新展開ですわ!!

なんで兵士長を勤めていたパーカーさんが、城内でも辺鄙な詰所に左遷されたか瞬時に理解できましたわ。

原因は、こいつとのボーイズラブが発端じゃあねえかよ。

なに、この変態王子様よ!!

急に物語の速度が加速を始めましたわ!!

「いやね、僕とパーカーは歳こそ離れていましたがね。初めて僕と彼が知り合ったのは、彼が僕の警護班にやってきてからなんだ」

うわー、なに、なんで訊いてもいないのに語り始めますの!?

この糞王子さまわよ!!

「まだ僕も幼かったから、二人は直ぐに恋に落ちたんだ」

年齢は関係無いじゃんか!?

子供だからボーイズラブるなんて聞いたことないぞ!?

「僕たち二人はその日以来、大人たちに隠れて愛し会いました」

聞きとうないわ!!

そんな生暖かい灰色の恋話なんて聞きたくありませんがな!!

てか、年の差が開きすぎてて犯罪じゃねえのか?

「でも、所詮は子供の恋でした。秘密は直ぐに大人たちにバレてしまいます」

だろうね!

絶対にバレますよね!!

「愛し合う僕たち二人は引き離されて、パーカーはあの詰所に飛ばされて、僕は近付くことすら許されていません」

そりゃあ、あの髭親父だって本気で心配しますがな!

あの髭親父の気持ちは理解したくないが、親の気持ちは俺にだって理解できますよ。

家を継ぐ息子がバイセクシャルって家系が潰れますものね!

「だからキミとポラリスが結婚してくれれば、この町を任せて僕はパーカーとよりを戻せるかもって思ったんだが……」

勝手に思わないでくれよ!

自分の欲求を達成させるために、他人を生け贄に捧げないでよね!!

「キミとポラリスが結婚してくれたら、僕は祝ったのにさ」

そりゃ~あ、祝うよね!!

でも、心から祝ってないよね!!

「まあ、残念だったが、キミがポラリスを諦めないなら、僕は味方をするからね」

パーカーさんとお前が結ばれるためにだろ!!

そんな願いのために妹の結婚を了解すんなよな!!

てか、俺がポラリスに惚れてるみたいな解釈もやめてくれ!!

「じゃあね、アスランくん……」

そう言うとアルビレオは俺の肩を叩いたあとに、その場を寂しく去って行った。

舐めんなよ、この糞ボーイズラブ野郎が!!

俺はこの仕事が終わったらソドムタウンに帰るんだからな!!

変態家族のお家騒動に巻き込まないでくれ!!



しおりを挟む

処理中です...