スケルトン商人と獣人メイドの異世界転移繁盛記(インフィニティ)

ヒィッツカラルド

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74【死のオーラ】

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 古城の廊下には、赤い絨毯が隙間なく敷かれていた。しかし、壁や天井は岩のブロックでできており、塗装にまで手が回っていない様子だった。

 窓はガラス張りだが、すべて厚手のカーテンで閉ざされている。そのためか、昼間だと言うのに城内はとても薄暗かった。

 そんな廊下の真ん中を、堂々と歩く男がいた。レゾナーブル・ド・ヴァンピール男爵五世。この古城の主であり、フラン・モンターニュ近隣、ピエドゥラの村の当主である。

 そして、彼はバンパイアだ。しかも、フランスル王国に認められたバンパイアの真祖である。

 レゾナーブルがバンパイアとなったのは、古代の禁呪を解読し、自らの肉体に施したことが原因だった。

 その禁呪の解読を命じたのは、当時の国王ルイブル二十一世である。

 当時のフランスル王国は、隣国イタリカナ王国と領土争いによる戦争の最中にあった。その戦争は長引き、今なお火種は燻っている。正式な記録では、すでに九十五年も続いている長期戦争だ。

 その戦争を終結させるべく研究されたのが、いくつもの禁呪であった。なかでも、バンパイア兵団の研究を担ったのがヴァンピール男爵の一族だった。

 やがて、ヴァンピール一族はバンパイア化の研究に成功する。しかし、その成果が戦場で活用されることはなかった。

 その原因は、バンパイアの性能と、そして数多くの欠点にあった。

 バンパイアは確かに強い。だが、無敵ではない。

 まず利点として、彼らは人間に比べてはるかに怪力である。

 さらに魔力も高い。そもそも、バンパイアになるには相応の魔力が必要であり、その条件を満たせる者はごく少数だ。

 ゆえに、バンパイアに“なれた”だけでも、すでに有能と言える。

 加えて、空を飛ぶことができ、霧に変化し、狼や蝙蝠にも変身可能。普通の武器では傷つかず、仮に傷ついても軽度の傷なら瞬時に回復する。心臓を杭で貫かれなければ死なず、他者を魅了する“チャームの瞳”も備えている――などなど。これらの特殊能力を有している。

 だが、その反面、欠点も多い。

 十字架に弱く、聖水に弱く、銀に弱く、太陽に弱く、ニンニクに弱く……そして、美女に弱い――などなど。

 とにかく、弱点だらけなのだ。そのため、バンパイア兵団の設立には至らなかった。

 それでも、当時の研究主任だったレゾナーブルは、自らバンパイアとなった。……まあ、国王の命令だったため、仕方なくではあったのだが。

 あれから五十年が過ぎた。今の彼の役目は、バンパイアが病原菌のように蔓延しないよう、数を管理することである。

 そうして彼は、フランスル王国の僻地を管理しながら、ひっそりと暮らしているのだった。

 古城の廊下を進むレゾナーブルが囁いた。

「ソフィアは居るか?」

 すると床から浮き上がるようにメイドが一人現れる。透過能力で移動してきたようだ。

「はい、ここに――」

 男爵の背後に続くメイドは、俯きながら畏まっていた。しかし、その彼女の仕草は、いつもよりも硬い。緊張しているのか、表情が震えていた。

 年の頃は二十代後半。ウェーブのかかった長い金髪。顔も体型もスマート。静かな素振りは、水面に漂う草舟のように優雅である。

 しかし、彼女の両手は太くて巨大。剛毛も生えている。どうやら両腕だけが獣人化しているようだ。

 それでも彼女は礼儀正しいメイドなのだが、本日の彼女は表情が厳しく引き締まっている。その緊張には、何か怯えのような危機感も感じられる。

 その緊張感にレゾナーブル男爵も気付いた。

「どうした、ソフィア。何を緊張している?」

 男爵の後ろに続くメイドは、俯いたまま答える。

「お客人なのですが……」

「客人が、どうした?」

「そ、それが……」

 歯切れが悪い。いつも凛々しく覇気覇気しているソフィアにしては珍しい態度だった。

「客人が、どうしたと言うのだ。はっきり述べよ」

「では、失礼いたしまして……」

 メイドは大きく深呼吸してから述べる。

「男爵様、お気を付けてください……。あれは、普通ではございません」

「普通ではないと?」

 どうやらソフィアは客人を恐れているようだ。

 ソフィアは、この古城で働く前は傭兵だった。しかも、百人隊長と呼ばれたほどの強者である。だが、男爵のチャームに魅入られて古城でメイドとして働くことになった勇ましい女性である。

 そのような経歴の彼女が、ただ出会っただけで恐れを抱いてしまう相手とは何者なのだろうと疑問に思う。

 パリオンのコメルス商会マリマリ会長の手紙では、娘のチルチルが支えている異国から来た商人だと聞いている。

 なぜ、商人風情を強者のソフィアが恐れを抱くのかが不思議だった。ソフィアの武力ならば、商人程度の大人など、十人を同時に相手にしても余裕で制圧できるだろう実力のはずだ。

 それなのにソフィアが怯えている。おそらく、商人になる前は相当な荒くれ者だったのだろう。もしかしたら、凄腕の軍人が引退して商人に落ち着いた人物かもしれない。

 レゾナーブルは少し微笑んで見せる。

「楽しみだな。君を怯えさせる強者なんて、滅多に会えないからね」

「男爵様、戯れはほどほどに……」

「すまんすまん」

 言いながらもクスリと微笑む。

 やがて二人は客間に到着する。扉の前で男爵はスーツの襟を直してからノックした。そして、返答を待たずに客間に飛び込む。

「やあ、お待たせしました。当主のレゾナーブル・ド・ヴァンピー……」

 客人を見た男爵の自己紹介が途切れた……。

 客間のソファーに腰掛けているのは、異国の着物を纏った巨漢の大男。頭にフードを被り、顔にはエキゾチックな怪仮面をつけている。手には白い手袋。靴は見たこともないシューズ。背後には二人のメイドを連れている。

 何よりも男爵が言葉を詰まらせた理由は、彼が纏っているオーラの異様さだった。

 ヴァンパイアはアンデッドである。そして、多くのアンデッドが特有の瞳を持っている。それは人の生命力を見る力だ。ゾンビなどは、それを魂の輝きとして感知している。ヴァンパイアにも、その瞳が備わっていた。

 その瞳が見る客人のオーラ――それは巨大でドス黒い。まるで暗黒だ。それは人間が秘めているような色ではない。死を表すほどに黒いのだ。死神のカラーである。

「あ、ああ……」

 レゾナーブルが声を詰まらせ震えていると、客人が席を立つ。そして、かしこまりながら挨拶してきた。

「お初にお目にかかります、男爵殿。私の名前はシロー。異国から来た商人のシローと申します」

「う……」

「んん?」

「嘘つけ。怪物が……」

 レゾナーブルは真っ青な顔をさらに青くしながら、失礼な言葉を無意識に囁いた。



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