スケルトン商人と獣人メイドの異世界転移繁盛記(インフィニティ)

ヒィッツカラルド

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146【戦闘メイドたちの鼓舞】

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 甲冑騎士が朝焼けの空へと飛び立っていった後、ブラッドダスト城の中庭には、緊張の糸が切れたようにメイドたちが続々と集まってきた。まだ空には夜の名残があり、東の空がうっすらと朱に染まっている。

 中庭では、慌ただしく走り回るメイドたちの靴音と、負傷者を呼ぶ声、ヒールの詠唱が入り混じり、緊迫感の余韻を漂わせていた。

 その中央には、戦闘不能となった戦闘メイドたちが整然と並んで横たわっている。雷の魔法を受けた者たちだ。彼女たちはいずれも熟練のメイド戦士であり、ヴァンピール男爵の直属として数々の戦いを経験してきた猛者であった。それでも、今回ばかりは防ぎきれなかった。あの甲冑騎士の力は、常軌を逸していた。

 焦げ付いたメイド服は所々が裂け、肌の露出した部位には火傷の跡が痛々しく浮かんでいる。その中には顔をしかめる者もいれば、目を閉じて静かに眠るような表情の者もいる。

 介抱にあたっているのは、医務室担当のメイドたちだ。白衣をまとい、迅速かつ正確に処置を行う彼女たちの動きには、一切の無駄がない。神官魔法の使い手である数名が、負傷者一人ひとりに対して丁寧にヒールの魔法を施していた。魔力の光が、徐々に傷を癒していくたび、周囲からは安堵の吐息が漏れる。

 そんな騒がしさの中、建物の陰から様子をじっと見つめる一人の男がいた。ヴァンピール男爵――この地を治める冷徹な領主であり、魔法研究と軍備増強に余念のない人物である。

 その眉間には深い皺が刻まれ、唇は固く結ばれていた。男爵の傍らに立つシアンが、そんな主の様子を黙って見守る。

「被害状況は――?」

 男爵がようやく口を開いた。重く沈んだ声だった。

 建物の外、朝日に照らされて立つシアンが、騎士のように直立した姿勢で応じる。

「ティグレス、シスコ、ミオ、フブキ、コロネ、オカユンが負傷。命に別状はありません。ヒールの施術後には、すぐに動けるようになります」

「火災による被害はどうだ?」

「地下の研究室が全焼しました。ですが、重要な魔法書類はすでに金庫室やライブラリールームに移動済みで、無事です。ただし……ショーケース内に保管されていたフルプレートメイルが、モンスターに強奪されました」

 その報告を聞いた瞬間、ヴァンピール男爵の眉間の皺がさらに深まった。

「……それが、一番の損害だな」

 彼はそう呟き、拳を握り締めた。僅かに震えている。怒りを抑えきれていなかった。

 あの鎧――女性用のフルプレートメイルは、単なる装飾品ではない。魔法の粋を集めた、極めて希少な戦闘用魔導装備の集合体だった。

 ヘルムには装着者の反射神経を飛躍的に高める魔法が施されていた。視界を瞬時に補正し、反応速度を強化するという代物だ。

 胸当てには、着用者の全身を強化する魔法が編み込まれていた。その効果により、常人の肉体でも重装備を軽々と扱える。

 鮮やかな赤のマントには、高度な魔法抵抗強化のエンチャントが施され、あらゆる属性攻撃を軽減する。

 左手のガントレットには《サンダーボルトLv5》が三発チャージされ、右手のガントレットには《ファイヤーボルトLv5》が五発もチャージされている。戦闘中に瞬時に放つことができ、単独でも高レベルの魔法使いに匹敵する火力を持っていた。

 両肩のパットには筋力強化の魔法が刻まれ、腰のベルトには《拡散エネルギーショット》が三発分埋め込まれている。

 太腿の装甲には脚力強化の魔法が組み込まれており、脚技と跳躍力を大幅に向上させていた。プレートブーツには、《フライング》の魔法が宿っており、空を飛ぶことすら可能だった。

 さらに指輪や腕輪といったサブ装備もすべて高級品で、補助魔法や攻撃補助機能を有していた。いわば、魔導鎧の完成形――。

 もともとは、リビングアーマー軍団の切り札として集められた魔導装備群であり、ヴァンピール男爵が数年をかけて少しずつ買い集めてきた至宝だった。その総額は、大金貨三十枚以上。もはや個人のコレクションではなく、一国の軍事兵器に匹敵する代物だった。

 それが、正体不明の新種モンスターに強奪されたのだ。怒りと悔しさで、ヴァンピール男爵はステッキを握り潰さんばかりに強く握った。

「ヒールの施術が済み次第、ただちに討伐隊を出せ。何としても、鎧をモンスターから取り戻せ」

 男爵の声は、怒気を含みながらも冷静だった。

「畏まりました――」

 シアンが静かに頷いた、その時。

 建物の奥から、足音が響いた。

 現れたのはティグレス。筋肉質な体をメイド服に包んだ戦闘メイドの筆頭格である。彼女のこめかみには青筋が浮かび、双眸は血走っていた。すでに理性は怒りに覆い隠されているようだった。

「しゅるるるる~~……。あの鎧野郎、どこへ逃げやがった? 男爵さま」

 猫背で歩み寄るティグレスの気配は、もはや獣に等しい。もし甲冑騎士がその場にいたなら、迷わず飛びかかっていたに違いない。

 その問いに答えたのは、シアンだった。

「北へ飛び去ったわ。現在、ソフィアが単独で追跡中よ」

 ティグレスは黙って頷くと、片手でスレッジハンマーを肩に担ぎ、ノシノシと前へ歩き出す。

「あたいもすぐ追うわ。絶対に、逃がさねぇ……あの鉄屑、粉々にしてやる……」

 その荒々しい背中を見送りながら、ヴァンピール男爵は最後にシアンへと告げた。

「シアン、後は任せた。もう夜明けだ……私は一度、眠るとしよう。だが――必ず、鎧は取り戻せ」

「はい、畏まりました」

 深々と一礼するシアン。それを背に、男爵は城の奥へと静かに去っていった。闇の中へ、姿を溶かすように。

 その背中が見えなくなった瞬間、シアンはレイピアの柄を叩き、己の士気を鼓舞する。

「さて――」

 金髪が朝の風にそよぐ。光を帯びたその髪が、彼女の気迫を象徴していた。

「今度は――ブラッドダスト城の戦闘メイド総出での討伐よ。これだけの戦力差……埋められるか、見せてもらおうじゃない」

 その唇に浮かんだのは、ほんのわずかな戦士の笑みだった。

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