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60・糞爺

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長い顎髭を撫でる蜥蜴の老人は腰の曲がった体を支えるように木の枝で出来た背の高い杖をついている。

体型は矮躯で薄汚いローブを纏っていた。

ツルツル鱗肌の蜥蜴老人は、戦士と言うよりも魔術師に見える。

そう言えば、ハートジャックが最初に偵察してきた際の報告では長老は老体の魔法使いだと言っていた。

確かに外見は魔法使い風である。

あるが──。

先程キングに奇襲を仕掛けてきた動きを見る限り、あれは魔法使いの動きではなかった。

ってか、魔法なんて使っていなかった。

余所見をしているキングにスタッフで殴りかかり、ドスで腹を刺し、更には背後から金的を蹴り上げてきた。

あれは魔法ではない。

明らかに武術の攻撃だ。

この蜥蜴ジジイは、背中こそ曲がっているが、若いころは間違いなく武術家だっただろう。

しかも、ルールに縛られない型で、なんでもありの実戦タイプの格闘術だ。

言うなれば、戦場格闘技かも知れない。

まあ、この村の訓練度を見ていれば分かる。

このジジイは武術の達人だろう。

しかも、卑劣な達人だ。

厄介である。

だが、この一癖も二癖もありそうな爺さんを相手にキングがどう戦うかが楽しみではあるな。

リアルを超え過ぎて、エンタメっぽくなってるもの。

俺は口角を釣り上げながらキングにアドバイスを飛ばした。

「キング、隙を見せるな。余所見をするなよ、目を外すなよ。隙を見せれば躊躇なく攻めてくるぞ、このジジイはよ」

「わ、分かっています、エリク様……」

まだ蹴られた股間が痛むのか、キングは苦痛の表情で脂汗を流していた。

苦痛のあまりに背を丸めている。

そして、表情を憤怒に引きつらせながらキングがムサシに質問を投げ掛けた。

「長老ムサシ殿、あなたが三者目の相手ですな……」

ムサシが笑いながら返した。

「カッカッカッカッ、左様。この老戦士ムサシがお相手いたす」

背を丸めた両者が向かい合う。

でも、睨み合う姿が少し間抜けに見えた。

『魔王様、一つ質問していいですか?』

「なんだ、キルル?」

『男の人って、股間を蹴られると死ぬほど痛いのですか?』

「キルル、男は女と違って二つの心臓を持っているんだ。一つが胸に、もう一つは股間にある」

『本当ですか!?』

本当のわけがない。

「だが、二つあるが、一つでも潰れれば男は死んでしまうんだよ……」

嘘である。

『男の人って大変ですね!』

信じるのかよ!

「ああ、だから、間違っても女の子が男のキャンタマを攻撃してはいけないぞ!」

『そんなところは狙いませんよ。ばっちい……』

「ばっちいとか言うな!!」

俺とキルルが楽しく会話を楽しんでいると、ダメージから回復したキングが姿勢を正して直立した。

胸を張り、深呼吸の後に言う。

「ムサシ殿、相手が老体でも手加減はいたしませんぞ」

「カッカッカッカッ。構わんぞ。だが、儂はハンデをやろう」

「ハンデ?」

「持っているポーションを飲みなされ。腹の傷を癒すことを許しますぞ」

キングの腹は合い口で刺されて流血している。

この卑劣なジジイが不意打ちを仕掛けて刺したのだ。

「そのようなハンデをくれてでも、私に勝てると言うのですか?」

「三打の攻撃で悟れましたわい。儂のほうが上だと。カッカッカッカッ」

ムサシが余裕に笑う。

キングが鼻の頭に深い皺を寄せながら言った。

「ならばこちらも傷を癒して、全力でお相手いたしましょうぞ!」

言いながらキングがズボンのポケットからポーションが入った小瓶を取り出した。

蓋のコルクを口で抜くとポーションを上を向いて飲み干そうとする。

だが──。

「またまた隙有り!」

「くほっ!!」

キングがポーションを飲もうと上を向いた瞬間にムサシが杖で攻撃してきた。

杖の先がキングの喉にめり込む。

「くはぁぁああ!!」

キングは飲み掛けていたポーションを吐き散らしながらダウンした。

喉を押さえながらのたうち回る。

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!」

ムサシはポーションを飲ませる気はないようだ。

『あー……、また不意打ちですね……』

「だから油断するなって言ったのに……」

俺とキルルが呆れていると、喉を押さえながらキングが立ち上がる。

「お、おのれ、この糞ジジイが、ぶっ殺してやる!!」

ついにキングが本気で吠えていた。

怒りのあまりに本音が出たようだ。

「ガルルルルル!!!」

憤怒に任せてキングがシミターを抜くと∞の字を画くように頭身を振るう。

そこから大きく振りかぶった。

「覚悟っ!!」

キングが光るシミターで袈裟斬りを狙う。

「気が荒いのぉ~」

しかし、その一振りをムサシは軽い一歩のバックステップで回避した。

背中が曲がっているのに身軽な動きである。

更にムサシは回避しただけでない。

シミターの袈裟斬りを回避した直後に手にした杖を振るってキングの額を叩いた。

「えやっ」

ガツンと重い音がなる。

「ぐっ!!」

すると衝撃にキングの首が縮む。

それは、華奢な棒斬れで叩いた音ではなかった。

例えるならば、杖と言うより大きな棍棒で殴り付けたような重い音だった。

そして、頭を杖で殴られたキングの体がよろめいた。

千鳥足でふらつきながら倒れそうである。

「おの、れぇ……」

キングは受けたダメージの目眩から膝の力が緩んだのだろう。

膝間接がカクンっと折れて倒れそうになる。

「ぬぬなななっ……!」

それでもキングは倒れないで体勢を保とうと試みる。

転倒を凌ぐ。

「ほほう、堪えたか。ならば──」

更にムサシが杖を振るってキングの片足を横から叩いた。

足首を内から外に払うように叩き飛ばしたのだ。

「かっ!?」

片足を払われ股を開くように体制を崩したキングの姿勢が深く落ちる。

「もう、ええじゃろ」

次の瞬間、横一線に光が煌めいた。

ムサシが懐から出した合い口でキングの喉を切りつけたのだ。

バランスを崩していたためにキングはその攻撃を回避できなかった。

もろに食らう。

「がはっ!!」

咳と共に鮮血を吐き散らすキングの首から大量の流血が飛び散った。

『キャ!』

「切られたか!」

キングが首をザックリと切られた。

傷は深そうだ。

「マズイっ!!」

それを見て俺はキングの頭を越えてムサシに飛び掛かる。

「おりゃぁああ!!」

俺は飛び蹴りで乱入したが、ムサシは後方に長く飛ぶと距離を作る。

逃げられた。

「キング!?」

俺が振り返りキングの様子を伺うと、首を刈られたキングは噴水のように鮮血を吹上ながら仰向けに倒れ混んでいた。

ヤバイ!

「キルル、キングにポーションを飲ませろ、早くだ!!」

『は、はいっ!!』

ドツ!!

すると俺の背中に痛みが走る。

「本当に余所見が多い連中だわい」

「き、きさま……」

俺は背後からムサシに合い口で刺されていた。

背中に熱い痛みが走る。

「キッ!!」

しかし、振り返ると同時に裏拳を振るった。

即座の反撃である。

だが、ムサシは合い口を俺の背中に残したままスェーバックで回避すると距離を作って間合いを築く。

「口程にもない連中よのぉ~。隙だらけだわい。カッカッカッカッ」

老蜥蜴は顎髭を撫でながら笑っていた。

「ぺっ!」

俺は足元に唾を吐き捨ててから愚痴る。

「この爺、マジで糞ジジイだぜ……」




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