漆黒の騎士と紅蓮の皇帝

太白

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騎士サイドⅣ 日々

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 文字の読み書きを覚えるのは、思っていたより手間取った。読みのほうはわりとすぐになんとかなったものの、書くほうはからっきしだった。特に、側仕えの騎士は文字が書けるだけではダメなのだと、ヨーデルは言った。
「側仕えたるもの、陛下名義の書簡をしたためることもあれば、会議や式典などの議事録を作ることもある。そんなときに、字が下手では話にならん。貴様が笑い者になるだけならばいくらでも笑わせておけばいいが、陛下の御尊顔に泥を塗るような真似をしてみろ、その時は貴様の首が物理的に飛ぶと思え」
 なるほど命の危機である。文字の上手い下手で命懸けになるとは、ほんの少し前まではそんなこと、頭の片隅にさえなかった。

 文字の読み書きの他にも、私の頭で処理しきれるのかと思うぐらいには、様々なことを並行して学んだ。
 この国の歴史、他国との外交、宗教、複雑な計算、物質に関する色々なことなどなど、てんこ盛りである(語学はこの国の言葉を覚えてからだと、後回しになった)。
 語彙力が無いため、難しい言葉は逐一辞書を引いた。ヨーデルに聞くと逆に叱られるからだ。
「調べるということを覚えろ。人に聞くよりもずっと早く身につく」と最初に言われた。
 始めの頃、うっかり語彙に関することを質問したら、長い長いお説教を食らったので、以降は気をつけている。

 ヨーデルの教育には、暴力的な罰は一切ない。私が貧民街の出なので、物理的な痛みには耐性があるということを把握していたのだと思う。そして私みたいな人間には、痛みなどよりももっと簡単で、単純なことのほうが効くということも。

「料理は左から、ドリンクは右からサーブすることは教えたはずだが? 夕食を一品減らされたいようだな」
「貴様の物覚えが悪いのは先刻承知だが、この種類の問で、一体何度目の間違いだと思っているのか。喜べ、食後のデザートが消えたぞ」
「紅茶の銘柄ぐらい、側仕えでなくても即答できて当然だ。騎士候補生の自覚が足らんな。それとも、泥水の成分分析のほうが得意か?」

 いつだって言葉が鋭い。精神的なダメージなど、全然平気だと最初は思っていたけれど、そんなことはなかった。それに、食事の品が減るのもダメージ大だ。一品減ったところで、前の生活よりもずっとずっとお腹はいっぱいになる。それでも「食べ物が減る」ということに対する拒絶感や恐怖は拭えない。
 ヨーデルは、そういうところを的確に突いてくるのだった。

 座学や様々なマナーの他にも、実践的な体術や剣技の訓練もあった。
 貧民街ではナイフの使い方は学べても、針のように細くて長い剣身をもつ、レイピアに触れる機会なんてなかった。
 あそこでは、細くて大振りなレイピアよりも、小さくて小回りのきくナイフのほうがうんと使い勝手が良いからだ。ナイフひとつあれば、身を守ることも、食べ物を切り分けることも、捌くこともできる。
「レイピアは攻撃手段や身を守るものでもあるが、腰にさげていること自体にも意味がある。闘う以前の段階として、「いつでも自分を殺せるのだ」と相手に思わせる、所謂威嚇だな。丸腰の相手には油断しがちだが、剣をさげているとなると、また違ってくるのは分かるだろう?」
 確かにその通りだと思った。たとえ自分も丸腰じゃなくて、ナイフを持っていたとしても、間合いが違う。ナイフで切り込める間合いに達するまでに、突きを入れられてしまえばアウトだ。
「そしてこの広い間合いに入られてしまった場合の為に、利き手と逆の手、貴様は左手だな。そちらにナイフやダガーを持つ。そうすることで、間合いを長短、両方得ることになる」
 なるほどと得心していると、
「では、実践に入る」
 そう言って、ヨーデルはいきなり切り込んできたのだった。
 反射的に後ろへ身を引く間にも、素早く間合いが詰まる。待て待てその手にあるのは真剣だろう。訓練にかこつけて殺す気か。
「模造刀では、真剣を用いた場合よりも圧倒的に上達が遅い。何故か」
 鋭い刺突をギリギリで回避する。問われたことは分かっているが、答えられる余裕など私にはない。
「命の危険がないからだ。所詮模造刀。打ち込まれたところで精々打撲、酷くても骨折程度だ。まさか死にはしない。そこに油断が生まれ、成長も遅くなる。こちらとて暇ではないのだ。甘やかす気もない」
 冷静に喋る余裕のある相手に対して、私は防戦一方である。
「身のこなし方、攻め方、守り方。死にたくなければ体に叩き込め。貴様の古巣でさえ生温かったと思い知れ」
 そう言われている間にも細かな切り傷が増えていく。大怪我になっていないのは、ただのまぐれだ。ヨーデルの太刀筋には明確な殺意が篭っている。
 死ぬ。
 気を抜いた瞬間殺される。
「……黙って殺されてなんか、やるもんか!」
 そう言ってようやく一筋攻撃に転じた私の姿を、建物から観察する視線に、果たして気づくことはなかった。
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