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皇帝サイドⅨ
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白薔薇の騎士Ⅰ
僕の名前はレックス。レックス・ウィステリア。お母さんはいたんだけど、病気で死んじゃったんだ。普通なら治る病気なんだけれど、今は戦争で物資が不足していて。お父さんは戦争に行ってる。僕のお父さんとても強いんだよ! 今までも何回か戦争に行ったけれど、いつも元気に帰ってきてくれたんだ。
戦争は長引いているけど、皇帝の軍隊は強いから大丈夫なんじゃないかな? だって今まで負けたことがないんだよ? すごいよね! 僕なんかいつも喧嘩したら負けちゃうんだけどなぁ。でもお母さんのお薬がなかなか手に入らないのはどうなんだろう? 最近は新聞も読んでないから、難しいことは僕、わからないや。僕はお母さんみたいに賢くはないし、お父さんみたいに強くもない。
でもね、僕には友達がいるから、毎日が楽しいんだ! 最近仲良くなった女の子がいて、よく花飾りをつくってくれるんだ! 貧民街の子だから、周りはあんな子と付き合うのやめなさいって言うんだけどさ。でも、僕はそういうの気にしない! 今日もその女の子と遊ぶんだ! その前に花壇に水をやらないと! お花が枯れてしまう! お母さんはいろんなお花が好きだったから、もし枯らしちゃうと天国のお母さんに怒られてしまうよね。
その日も僕は花壇に水をやっていたんだ。そしたら、なんだか偉い人? っていうのかな? が僕の家に来たの!
「君はレックス・ウィステリアかい?」
「はい、そうです! ……軍人さん?」
「そうだよ。わかるかい?」
「うん、だってお父さんもおじさんたちみたいに、勲章着けてるもん! そういえば、お父さんはいつ帰ってくるの?」
軍人さんの顔色が曇る。あれ? 僕なんか変なこと言っちゃったかな?
「……」
「えっと、僕何か変なこと言いましたか? もしそうだったら、ごめんなさい。悪気はなかったんです」
「いや、そうじゃなくてね、その……なんだ……レックス君には大変言いにくいことなんだが……」
「君のお父さんは亡くなったんだ。部下をかばってね」
……え? この人何言ってるの? また僕がバカだからってからかってる?
「嘘……ですよね、だってお父さんは——」
「ごめんね、レックス君。お母さんももういないのにつらいことだとは思うんだが」
「嘘だ! 僕をからかってるんでしょ! 僕がバカだから! ねぇ! そうだよね! 僕のお父さんは強いんだ、今までだって何回も戦争に行って、帰ってきてるんだ!」
「うん、そうだね、でも君のお父さんはもういないんだ」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、どうしてみんなそんな悲しいことを言うの? どうして、どうして、どうして……お父さんを返して。
そのあとのことはあまりよく覚えていない。お葬式も豪華に執り行われたけど、そんなことはどうでもいい。もう僕のお父さんは帰ってこないんだ。とても強くて優しかったお父さん。
お父さんのお葬式が終わり、しばらく経ったころ、「あいつ」がやってきたんだ。
「やぁ、レックス君、邪魔するよ」
「すいません、どちらさまですか?」
「ああ、これは失敬、僕はユール・タマージュ。気軽にユールとでも呼んでおくれ」
「では、ユールさん、どのようなご用件で? 見たところ軍人さんではなさそうですね」
「その通り、流石だね。レックス君、僕は行商人さ」
行商人ってなんだろ? 商人ってことは何かを売ってるのかな? あ! わかったお花屋さんだ、最近花屋に行けてないから、わざわざ来てくれたんだ!
「もしかしてお花売ってくれるんですか? 最近ドタバタしていて、なかなか花屋に行けてなくて……わざわざありがとうございます」
ユールさんはしばらく考えたあと、難しそうな顔をして、
「レックス君、そうじゃあないんだよ。僕は確かに商人だが、そういうものは売っていなくてね」
「じゃあ何を売っているんですか?」
ユールさんは再び考えたあと、冷ややかな目をして、こう言ったんだ。
「僕はね、ヒトを売っているんだよ」
……ヒト? 僕もよく知らないけど奴隷商人みたいなものかな?
「……僕を奴隷として売り払うんですか?」
「いゃぁ……それもまた違うんだ、そういうことも僕はやっているけれど、もし僕がそんなことをするとしたら……そうだね、貧民街の子を売り捌くよ」
「では、どうしてあなたがここにいるんですか? いい加減、警察呼びますよ?」
「おいおい、待ってくれ、レックス君。僕は今日は別の案件で来たんだ」
「別の案件?」
「そう、時にレックス君、リーリウムさんのことは知っているかい?」
「あ、リリィ? 今は皇帝の騎士をやっているって聞いたけど」
「そう、今彼女は『白薔薇の騎士』として仕えている」
「それと僕とがどう関係あるんですか?」
僕は喧嘩に勝ったことはない。騎士なんて遥か遠い存在だ。
「結論から言おう。今やキミは独り身だ。寂しくはないかい?」
「……寂しいです。けど、僕には友達がいるから……」
「宮殿で騎士候補生として、鍛錬すればもっとステキな友達ができるかもしれないよ?」
「本当?」
「あぁ、本当さ。リーリウムさんにも会える。最近はあまり会えてないんでしょ?」
「そうですね、リリィは騎士になってから忙しくて、こっちにもあまり帰ってこれないみたいだし、それに戦争が……」
お父さん。
「そうか、キミのお父さんは戦争で亡くなったんだったね。まだ幼いのに、つらかっただろう……でも宮殿に行けばいつでも、リーリウムさんに会えるよ? 確か彼女はレックス君の従姉弟だったよね?」
「うん、そうだよ! なんでも知っているんだね、ユールさん。それで僕はどうすればいいんですか」
「何、難しいことはない。キミは他の商ひ……いや、失礼。他の人とは違って素養があるから」
「そよう?」
「あぁ、ごめんごめん、要するにキミは最短ルートでリーリウムさんに会えるし、騎士にもなれる。僕が言いたかったのはそういうことさ」
「なるほど、あ、でも、一度宮殿に行くとなかなかこのお家には帰ってこれないよね? お花どうしよう……」
「そのことなら、問題ないよ。僕が責任を持って、お家のことはしておくから。キミは気兼ねなく宮殿に行けばいい。家にはまた気が向いたときに帰ってくればいいさ」
「わかりました、ユールさん、では僕を宮殿に連れて行ってください。早くリリィにも会いたいです。長いことリリィには会っていないから」
「そうだね、「善は急げ」だ。近くに馬車を停めてあるから、そこで待っていてくれるかい。僕もすぐに行くよ」
「わかりました、あそこの馬車ですね。では先に行って待ってます」
「レックス君、人の話は注意して聴かないといけないよ? 誰が花に水をやると言ったんだい。生憎とそういうのは僕の仕事じゃないんだわ」
そう言うと、馬車に向かっていくレックスの後ろ姿を見つめながら、
「こんなモノはね、売れないんだよなぁ」
グシャ。グシャグシャ。ユールはレックスが育てていた花を片っ端から踏みつぶした。
「戦争のときほど僕みたいな輩が儲かることはない。噂通り皇帝の御子息にも瓜二つだ。影武者として使えるとしたら……陛下のことだ、金は惜しまないだろう。その金で屋敷を構えるか。こんな家も更地にしてしまって。ただなんだ、やはり軍人というのは儲かるのかな? やけに敷地ばかり広い……まぁいい。どうせレックスはここに帰ってくることはない。あとでゆっくり考えるとしよう。さぁガキに勘づかれる前に、行くとしよう」
「あ、ユールさん、早く宮殿に行きましょう」
「ごめん、ごめん、レックス君の大切なお花に水をやっていたんだ」
「そうなんですか? ユールさん、ありがとうございます。さっきはひどいこと言ってごめんなさい」
「いや、キミが気にすることはないよ、それじゃあ宮殿に向かおう。おい、出してくれ」
ユールさんがそう言うと、馬車が動きだす。ガタンゴトン。
「ユールさん、僕は皇帝陛下に会ったことないんです。どうすればいいですか」
「心配はいらないよ。僕が話を通しておいたから、キミは黙って僕の隣にいればいい。そうすればすぐにキミは候補生さ、リーリウムさんにもすぐに会えるよ?」
「わかりました、ユールさん。……でも」
「でも?」
「本当に僕は、「何もしなくていい」んですか。宮殿のしきたりとか、騎士としての技量もないですし」
「だから、大丈夫だよ、レックス君。キミは本当に「何もしなくていい」。安心したまえ」
馬車に揺られて小一時間。あたりはうっすらと暗くなってきている。
「もう夜ですね」
「あぁ、最近は日が沈むのも早くなったね。ん、どうやら宮殿に着いたようだ。行くよ、レックス君。今日からキミは『騎士』だ」
「と言いましても騎士候補生からのスタートですよね、リリィも独り立ちするのに数年はかかったって言ってたから……」
「任してくれたまえ、レックス君、キミなら半年でなれるんじゃないかな」
馬車から降りて、僕はユールさんと一緒に宮殿の回廊を歩く。回廊の両側には見たこともないようなランプや、絵画が掛かっている。
ユールさんは懐中時計を取り出すと、
「少し走れるかな。レックス君、陛下をあまり待たせるわけにはいかないからね」
「そうですね、わかりました」
そう言って僕はユールさんの後を追って走りだす。目に飛び込んでくるのは天井からの豪華なシャンデリア。あれいくらぐらいするんだろう。
どれぐらい走ったかな? ハァハァと僕は息を切らしてるのに、ユールさんはちっとも呼吸が乱れていない。
「レックス君、よく頑張ったね。少し深呼吸しようか。緊張するかもしれないけれど、ここが謁見の間さ」
ギィと、音をたてながら煌びやかな扉が開かれる。扉の先にはもちろん、皇帝がいた。
「遅いな、ユール。約束の時間より三十五秒遅刻だ」
「申し訳ございません、ですが、陛下に御紹介したい人物を連れて参りましたので。御覧になってください、陛下。この子の赤い髪と紅い瞳。御子息にそっくりでしょう」
……さっきから何言っているんだ。この人。髪の毛とか瞳の色とか、それに皇帝の子供に似ているとか……あ、もしかして。
「手間をかけたな、ユール。此奴は使えそうだ。この小切手に好きな額を書くとよい」
「では、このくらいでいかがでしょう」
「……まあこんなものか、受け取るがよい」
「陛下、この度は誠にありがとうございました。また何かございましたら、何でもお言いつけください。このユール、いつでも馳せ参じます」
そう言ってユールさんは、もう僕に見向きもせずに颯爽と去っていった。
僕、やっぱり騙されたんだ。リリィにも会えないのかな?
「おい、貴様、何を悲しい顔をしておる」
「だって僕はたった今、売り払われたんですよ。宮殿に行けば素敵な友達ができるし、リリィにも会えるって聞いていたし」
泣きじゃくってる僕に、わざわざ皇帝は近づいてきて、
「おお、よしよし、泣くでない泣くでない。リリィには会えるし、友達もできる」
「本当ですか、でも友達なんて、ここには偉い人しかいませんし、僕の友達は」
「我だ。我が其方の最初の友達だ。レックス。これからは我のことを「ドゴン」と気軽に呼ぶとよい。あまり公の場ではさすがに陛下と呼んでもらいたいが……できるかな、レックス?」
この日、僕にとって、友達ができた。その名もドゴン。ドラゴネス・ドゴン十二世が、僕の友達になった、大切な記念日だ。
僕の名前はレックス。レックス・ウィステリア。お母さんはいたんだけど、病気で死んじゃったんだ。普通なら治る病気なんだけれど、今は戦争で物資が不足していて。お父さんは戦争に行ってる。僕のお父さんとても強いんだよ! 今までも何回か戦争に行ったけれど、いつも元気に帰ってきてくれたんだ。
戦争は長引いているけど、皇帝の軍隊は強いから大丈夫なんじゃないかな? だって今まで負けたことがないんだよ? すごいよね! 僕なんかいつも喧嘩したら負けちゃうんだけどなぁ。でもお母さんのお薬がなかなか手に入らないのはどうなんだろう? 最近は新聞も読んでないから、難しいことは僕、わからないや。僕はお母さんみたいに賢くはないし、お父さんみたいに強くもない。
でもね、僕には友達がいるから、毎日が楽しいんだ! 最近仲良くなった女の子がいて、よく花飾りをつくってくれるんだ! 貧民街の子だから、周りはあんな子と付き合うのやめなさいって言うんだけどさ。でも、僕はそういうの気にしない! 今日もその女の子と遊ぶんだ! その前に花壇に水をやらないと! お花が枯れてしまう! お母さんはいろんなお花が好きだったから、もし枯らしちゃうと天国のお母さんに怒られてしまうよね。
その日も僕は花壇に水をやっていたんだ。そしたら、なんだか偉い人? っていうのかな? が僕の家に来たの!
「君はレックス・ウィステリアかい?」
「はい、そうです! ……軍人さん?」
「そうだよ。わかるかい?」
「うん、だってお父さんもおじさんたちみたいに、勲章着けてるもん! そういえば、お父さんはいつ帰ってくるの?」
軍人さんの顔色が曇る。あれ? 僕なんか変なこと言っちゃったかな?
「……」
「えっと、僕何か変なこと言いましたか? もしそうだったら、ごめんなさい。悪気はなかったんです」
「いや、そうじゃなくてね、その……なんだ……レックス君には大変言いにくいことなんだが……」
「君のお父さんは亡くなったんだ。部下をかばってね」
……え? この人何言ってるの? また僕がバカだからってからかってる?
「嘘……ですよね、だってお父さんは——」
「ごめんね、レックス君。お母さんももういないのにつらいことだとは思うんだが」
「嘘だ! 僕をからかってるんでしょ! 僕がバカだから! ねぇ! そうだよね! 僕のお父さんは強いんだ、今までだって何回も戦争に行って、帰ってきてるんだ!」
「うん、そうだね、でも君のお父さんはもういないんだ」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、どうしてみんなそんな悲しいことを言うの? どうして、どうして、どうして……お父さんを返して。
そのあとのことはあまりよく覚えていない。お葬式も豪華に執り行われたけど、そんなことはどうでもいい。もう僕のお父さんは帰ってこないんだ。とても強くて優しかったお父さん。
お父さんのお葬式が終わり、しばらく経ったころ、「あいつ」がやってきたんだ。
「やぁ、レックス君、邪魔するよ」
「すいません、どちらさまですか?」
「ああ、これは失敬、僕はユール・タマージュ。気軽にユールとでも呼んでおくれ」
「では、ユールさん、どのようなご用件で? 見たところ軍人さんではなさそうですね」
「その通り、流石だね。レックス君、僕は行商人さ」
行商人ってなんだろ? 商人ってことは何かを売ってるのかな? あ! わかったお花屋さんだ、最近花屋に行けてないから、わざわざ来てくれたんだ!
「もしかしてお花売ってくれるんですか? 最近ドタバタしていて、なかなか花屋に行けてなくて……わざわざありがとうございます」
ユールさんはしばらく考えたあと、難しそうな顔をして、
「レックス君、そうじゃあないんだよ。僕は確かに商人だが、そういうものは売っていなくてね」
「じゃあ何を売っているんですか?」
ユールさんは再び考えたあと、冷ややかな目をして、こう言ったんだ。
「僕はね、ヒトを売っているんだよ」
……ヒト? 僕もよく知らないけど奴隷商人みたいなものかな?
「……僕を奴隷として売り払うんですか?」
「いゃぁ……それもまた違うんだ、そういうことも僕はやっているけれど、もし僕がそんなことをするとしたら……そうだね、貧民街の子を売り捌くよ」
「では、どうしてあなたがここにいるんですか? いい加減、警察呼びますよ?」
「おいおい、待ってくれ、レックス君。僕は今日は別の案件で来たんだ」
「別の案件?」
「そう、時にレックス君、リーリウムさんのことは知っているかい?」
「あ、リリィ? 今は皇帝の騎士をやっているって聞いたけど」
「そう、今彼女は『白薔薇の騎士』として仕えている」
「それと僕とがどう関係あるんですか?」
僕は喧嘩に勝ったことはない。騎士なんて遥か遠い存在だ。
「結論から言おう。今やキミは独り身だ。寂しくはないかい?」
「……寂しいです。けど、僕には友達がいるから……」
「宮殿で騎士候補生として、鍛錬すればもっとステキな友達ができるかもしれないよ?」
「本当?」
「あぁ、本当さ。リーリウムさんにも会える。最近はあまり会えてないんでしょ?」
「そうですね、リリィは騎士になってから忙しくて、こっちにもあまり帰ってこれないみたいだし、それに戦争が……」
お父さん。
「そうか、キミのお父さんは戦争で亡くなったんだったね。まだ幼いのに、つらかっただろう……でも宮殿に行けばいつでも、リーリウムさんに会えるよ? 確か彼女はレックス君の従姉弟だったよね?」
「うん、そうだよ! なんでも知っているんだね、ユールさん。それで僕はどうすればいいんですか」
「何、難しいことはない。キミは他の商ひ……いや、失礼。他の人とは違って素養があるから」
「そよう?」
「あぁ、ごめんごめん、要するにキミは最短ルートでリーリウムさんに会えるし、騎士にもなれる。僕が言いたかったのはそういうことさ」
「なるほど、あ、でも、一度宮殿に行くとなかなかこのお家には帰ってこれないよね? お花どうしよう……」
「そのことなら、問題ないよ。僕が責任を持って、お家のことはしておくから。キミは気兼ねなく宮殿に行けばいい。家にはまた気が向いたときに帰ってくればいいさ」
「わかりました、ユールさん、では僕を宮殿に連れて行ってください。早くリリィにも会いたいです。長いことリリィには会っていないから」
「そうだね、「善は急げ」だ。近くに馬車を停めてあるから、そこで待っていてくれるかい。僕もすぐに行くよ」
「わかりました、あそこの馬車ですね。では先に行って待ってます」
「レックス君、人の話は注意して聴かないといけないよ? 誰が花に水をやると言ったんだい。生憎とそういうのは僕の仕事じゃないんだわ」
そう言うと、馬車に向かっていくレックスの後ろ姿を見つめながら、
「こんなモノはね、売れないんだよなぁ」
グシャ。グシャグシャ。ユールはレックスが育てていた花を片っ端から踏みつぶした。
「戦争のときほど僕みたいな輩が儲かることはない。噂通り皇帝の御子息にも瓜二つだ。影武者として使えるとしたら……陛下のことだ、金は惜しまないだろう。その金で屋敷を構えるか。こんな家も更地にしてしまって。ただなんだ、やはり軍人というのは儲かるのかな? やけに敷地ばかり広い……まぁいい。どうせレックスはここに帰ってくることはない。あとでゆっくり考えるとしよう。さぁガキに勘づかれる前に、行くとしよう」
「あ、ユールさん、早く宮殿に行きましょう」
「ごめん、ごめん、レックス君の大切なお花に水をやっていたんだ」
「そうなんですか? ユールさん、ありがとうございます。さっきはひどいこと言ってごめんなさい」
「いや、キミが気にすることはないよ、それじゃあ宮殿に向かおう。おい、出してくれ」
ユールさんがそう言うと、馬車が動きだす。ガタンゴトン。
「ユールさん、僕は皇帝陛下に会ったことないんです。どうすればいいですか」
「心配はいらないよ。僕が話を通しておいたから、キミは黙って僕の隣にいればいい。そうすればすぐにキミは候補生さ、リーリウムさんにもすぐに会えるよ?」
「わかりました、ユールさん。……でも」
「でも?」
「本当に僕は、「何もしなくていい」んですか。宮殿のしきたりとか、騎士としての技量もないですし」
「だから、大丈夫だよ、レックス君。キミは本当に「何もしなくていい」。安心したまえ」
馬車に揺られて小一時間。あたりはうっすらと暗くなってきている。
「もう夜ですね」
「あぁ、最近は日が沈むのも早くなったね。ん、どうやら宮殿に着いたようだ。行くよ、レックス君。今日からキミは『騎士』だ」
「と言いましても騎士候補生からのスタートですよね、リリィも独り立ちするのに数年はかかったって言ってたから……」
「任してくれたまえ、レックス君、キミなら半年でなれるんじゃないかな」
馬車から降りて、僕はユールさんと一緒に宮殿の回廊を歩く。回廊の両側には見たこともないようなランプや、絵画が掛かっている。
ユールさんは懐中時計を取り出すと、
「少し走れるかな。レックス君、陛下をあまり待たせるわけにはいかないからね」
「そうですね、わかりました」
そう言って僕はユールさんの後を追って走りだす。目に飛び込んでくるのは天井からの豪華なシャンデリア。あれいくらぐらいするんだろう。
どれぐらい走ったかな? ハァハァと僕は息を切らしてるのに、ユールさんはちっとも呼吸が乱れていない。
「レックス君、よく頑張ったね。少し深呼吸しようか。緊張するかもしれないけれど、ここが謁見の間さ」
ギィと、音をたてながら煌びやかな扉が開かれる。扉の先にはもちろん、皇帝がいた。
「遅いな、ユール。約束の時間より三十五秒遅刻だ」
「申し訳ございません、ですが、陛下に御紹介したい人物を連れて参りましたので。御覧になってください、陛下。この子の赤い髪と紅い瞳。御子息にそっくりでしょう」
……さっきから何言っているんだ。この人。髪の毛とか瞳の色とか、それに皇帝の子供に似ているとか……あ、もしかして。
「手間をかけたな、ユール。此奴は使えそうだ。この小切手に好きな額を書くとよい」
「では、このくらいでいかがでしょう」
「……まあこんなものか、受け取るがよい」
「陛下、この度は誠にありがとうございました。また何かございましたら、何でもお言いつけください。このユール、いつでも馳せ参じます」
そう言ってユールさんは、もう僕に見向きもせずに颯爽と去っていった。
僕、やっぱり騙されたんだ。リリィにも会えないのかな?
「おい、貴様、何を悲しい顔をしておる」
「だって僕はたった今、売り払われたんですよ。宮殿に行けば素敵な友達ができるし、リリィにも会えるって聞いていたし」
泣きじゃくってる僕に、わざわざ皇帝は近づいてきて、
「おお、よしよし、泣くでない泣くでない。リリィには会えるし、友達もできる」
「本当ですか、でも友達なんて、ここには偉い人しかいませんし、僕の友達は」
「我だ。我が其方の最初の友達だ。レックス。これからは我のことを「ドゴン」と気軽に呼ぶとよい。あまり公の場ではさすがに陛下と呼んでもらいたいが……できるかな、レックス?」
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