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僕の引っ越し
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「可愛いね」
「先月生まれたみたい」
「他に動物はいるの?」
「タヌキならいるよ」
いよいよ昔話の世界になってきた。
つまらないばかりが溢れていると思っていたが、蓋を開けてみたらどうやら違うものも混ざっていたらしい。
「タヌキは見られる?」
「ううん、タヌキはすぐ逃げちゃうから、夜にならないと」
「そっか、夜はきっと怒られちゃうな」
まだ夜遊びが許される年齢にはなっていない。もしどうしてもという時は親同伴となる。清はその提案を喉の奥に飲み込んだ。
「ね、なわとびする? 二人分あるよ」
「する。僕、三重跳び出来る」
「見せて見せて!」
やる前から拍手してくれるサチにのせられ、清は口を引き締めて三重跳びを跳んでみせた。
「すごい! 私、二重跳びも出来ない」
「クラスでだって、僕ともう一人しか出来ないよ。でも、二重跳びなら練習すれば出来る」
サチになわとびを跳んでもらう。前跳びは難なく出来ているので、脇を締めて速く回すよう伝えてみた。最初はコツが掴めず引っかかっていたが、何回か挑戦すると、なんとか一度だけ成功した。
「やった! 跳べた!」
「練習すれば連続で跳べるようになるよ」
「うん。練習する。ありがとう」
今日は母の催促がある前にサチと別れることにした。山の入り口で手を振り合う。仲尾町はどこにあるのだろう。隣と言っていたから、そう遠くはないはずだ。いつか、サチの町でも遊んでみたい。
時刻は十七時過ぎ。まだ後ろを追いかけてくる影は短い。この季節は十八時を過ぎても明るい。もっと沢山サチと会えたらいいのに。
後ろを向いてみる。もうサチはいなかった。
帰宅して急いで宿題を終わらせる。父が帰ってきたところで夕食の時間となった。家族四人で食卓を囲む。
「学校はどうだった?」
「うう~ん……まあまあ」
父の問いかけに、焼き魚と格闘しながら曖昧に答える。
「まだ初日だから。すぐに友だちも出来るよ」
「友だちなら出来たんじゃない? ね、今日もどこか遊びに行ってたし」
「うん。学校は一緒じゃないけど、隣の仲尾町の子」
すると、父が首を傾げた。
「仲尾町? そんな町あったかな」
三人の視線が黙々と箸を動かす祖母に集中する。祖母が首を振る。
「昔はあったけんど、のうなったちや」
「ほいたら、年寄りに言われたんかもしれん。俺は知らんき」
祖母と父で納得して、東京出身の二人は置いてけぼりにされてしまった。どうやら仲尾町は昔あったが、今は無くなったということらしい。祖母が知っているということは、きっとサチも祖父母世代と一緒に暮らしているのだろう。
「その子とはどこで遊んでるの?」
先に食べ終えた母が笑顔で聞く。清も明るい声で言った。
「サンジン様だよ。まだ二回しか会ったことないけど、今日はうさぎ見たり、なわとびしたりした」
「よかったね」
清は頷きながらご飯のおかわりをねだった。
「清ちゃん、サンジン様の祠に触ったらいかんよ」
「祠?」
祖母の言葉に、そういえばそんなものがあったと思い出す。
「大丈夫。祠を荒らすなんて悪いことはしないから」
「あこは、この地域を守る神様がおるき。神様を怒らせたら大変なことになる」
「ああ、サンジン様ね」
清が頷くと、祖母がやけに怖い顔をして言った。
「サンジン様は怖い神様よ。昔なんかは──」
「うわッ」
祖母の話を聞きながら茶碗を受け取ろうとしたその時、清の右手がぶれた。
「地震?」
「かも」
ほんの一瞬のそれはすぐに収まり、テレビでも放送されないような小さなものだった。
「もしかしたら、トラックが前の道通っただけかもしれない」
「そんなので揺れるの?」
「揺れたことある」
「えぇ~」
父が大真面目に言うものだから、清はこの家がいつか潰れてしまうのではないかと心配になった。祖母が畳を撫でる。
「そうなったら、三人は逃げなさい。おばあちゃんだけここにおるき」
「いや、おばあちゃんも逃げてよ」
「もう十分生きたしねぇ」
清には祖母の気持ちが理解出来なかった。必死に説得をすると、最後に一度だけ祖母は頷いてくれた。
寝る前に自室の窓から夜空を見上げる。数えきれない程の星が空を彩っている。この贅沢な景色にもいつか慣れるのだろうか。
『ぉぉ~ん……』
その時、清の耳に微かに鳴き声が届いた。耳を澄ませてみるが、それは一向にやってこない。気のせいか。清は窓を閉めた。
「先月生まれたみたい」
「他に動物はいるの?」
「タヌキならいるよ」
いよいよ昔話の世界になってきた。
つまらないばかりが溢れていると思っていたが、蓋を開けてみたらどうやら違うものも混ざっていたらしい。
「タヌキは見られる?」
「ううん、タヌキはすぐ逃げちゃうから、夜にならないと」
「そっか、夜はきっと怒られちゃうな」
まだ夜遊びが許される年齢にはなっていない。もしどうしてもという時は親同伴となる。清はその提案を喉の奥に飲み込んだ。
「ね、なわとびする? 二人分あるよ」
「する。僕、三重跳び出来る」
「見せて見せて!」
やる前から拍手してくれるサチにのせられ、清は口を引き締めて三重跳びを跳んでみせた。
「すごい! 私、二重跳びも出来ない」
「クラスでだって、僕ともう一人しか出来ないよ。でも、二重跳びなら練習すれば出来る」
サチになわとびを跳んでもらう。前跳びは難なく出来ているので、脇を締めて速く回すよう伝えてみた。最初はコツが掴めず引っかかっていたが、何回か挑戦すると、なんとか一度だけ成功した。
「やった! 跳べた!」
「練習すれば連続で跳べるようになるよ」
「うん。練習する。ありがとう」
今日は母の催促がある前にサチと別れることにした。山の入り口で手を振り合う。仲尾町はどこにあるのだろう。隣と言っていたから、そう遠くはないはずだ。いつか、サチの町でも遊んでみたい。
時刻は十七時過ぎ。まだ後ろを追いかけてくる影は短い。この季節は十八時を過ぎても明るい。もっと沢山サチと会えたらいいのに。
後ろを向いてみる。もうサチはいなかった。
帰宅して急いで宿題を終わらせる。父が帰ってきたところで夕食の時間となった。家族四人で食卓を囲む。
「学校はどうだった?」
「うう~ん……まあまあ」
父の問いかけに、焼き魚と格闘しながら曖昧に答える。
「まだ初日だから。すぐに友だちも出来るよ」
「友だちなら出来たんじゃない? ね、今日もどこか遊びに行ってたし」
「うん。学校は一緒じゃないけど、隣の仲尾町の子」
すると、父が首を傾げた。
「仲尾町? そんな町あったかな」
三人の視線が黙々と箸を動かす祖母に集中する。祖母が首を振る。
「昔はあったけんど、のうなったちや」
「ほいたら、年寄りに言われたんかもしれん。俺は知らんき」
祖母と父で納得して、東京出身の二人は置いてけぼりにされてしまった。どうやら仲尾町は昔あったが、今は無くなったということらしい。祖母が知っているということは、きっとサチも祖父母世代と一緒に暮らしているのだろう。
「その子とはどこで遊んでるの?」
先に食べ終えた母が笑顔で聞く。清も明るい声で言った。
「サンジン様だよ。まだ二回しか会ったことないけど、今日はうさぎ見たり、なわとびしたりした」
「よかったね」
清は頷きながらご飯のおかわりをねだった。
「清ちゃん、サンジン様の祠に触ったらいかんよ」
「祠?」
祖母の言葉に、そういえばそんなものがあったと思い出す。
「大丈夫。祠を荒らすなんて悪いことはしないから」
「あこは、この地域を守る神様がおるき。神様を怒らせたら大変なことになる」
「ああ、サンジン様ね」
清が頷くと、祖母がやけに怖い顔をして言った。
「サンジン様は怖い神様よ。昔なんかは──」
「うわッ」
祖母の話を聞きながら茶碗を受け取ろうとしたその時、清の右手がぶれた。
「地震?」
「かも」
ほんの一瞬のそれはすぐに収まり、テレビでも放送されないような小さなものだった。
「もしかしたら、トラックが前の道通っただけかもしれない」
「そんなので揺れるの?」
「揺れたことある」
「えぇ~」
父が大真面目に言うものだから、清はこの家がいつか潰れてしまうのではないかと心配になった。祖母が畳を撫でる。
「そうなったら、三人は逃げなさい。おばあちゃんだけここにおるき」
「いや、おばあちゃんも逃げてよ」
「もう十分生きたしねぇ」
清には祖母の気持ちが理解出来なかった。必死に説得をすると、最後に一度だけ祖母は頷いてくれた。
寝る前に自室の窓から夜空を見上げる。数えきれない程の星が空を彩っている。この贅沢な景色にもいつか慣れるのだろうか。
『ぉぉ~ん……』
その時、清の耳に微かに鳴き声が届いた。耳を澄ませてみるが、それは一向にやってこない。気のせいか。清は窓を閉めた。
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