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僕の引っ越し
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◇
「市原清です。東京から来ました」
引っ越してから一週間が過ぎて、学校が始まった。十五人の目がぎょろぎょろとこちらを観察する。
清は緊張した面持ちで空いている席に座った。制服が転校先も学ランで安心した。新しい制服が出来上がるのは二週間後らしい。
「俺、太一。飯田太一。よろしく」
「うん。よろしく」
隣の飯田が話しかけてきた。スポーツ刈りの明るそうな少年だ。友だちになれそうでよかった。
クラスは一クラスしかなく、学年全員で十六人。この輪に入れなければ、中学卒業まで一人になってしまう。
一時間目は国語だった。教科書類は夏休みのうちに学校から受け取っている。真新しい表紙をめくり、清は黒板に集中した。
授業が終わると、クラス中が清の席に集まった。同じ年だから、てっきりサチもこの中にいると思っていたが、どうやら違う中学らしい。
「ここ、えいとこでしょ!」
「なんも無い田舎より、東京の方がえいやろ」
「なんで引っ越してきたが?」
清が話す間もなく、目の前で次々に話題が変わっていく。なんとか一言相槌を打ったところで二時間目のチャイムが鳴った。
五時間目が終わり、帰りのホームルームになる頃には、地べたに寝転がりたくなるくらいぐったりしていた。
もしかして、帰りも同じだろうか。清が振り向くと、各々教室から出ていくところだった。
「帰らないの?」
「部活」
「ああ、そっか」
飯田に見学するのか聞かれたが、首を振って学校を後にした。
拭っても拭っても、汗がとめどなく落ちていく。二キロの道のりを十五分かけて帰宅した。
「おかえり。アイス冷えてるよ」
「ただいま」
家では母が洗濯物を取り込んでいるところだった。祖母は昼寝中だと言っていた。台所でアイスを取り、縁側で涼みながらおやつタイムを堪能する。
「今日はサンジン様に行ってみようかな」
この一週間、学校の準備が忙しくて山へ行くことが出来なかった。まだ冷凍庫にアイスがあったから持っていってみようか。
「お母さん。保冷バッグってある?」
「あるよ。どこか行くの?」
「友だちと遊んでくる」
そう言うと、母は喜んでバッグを渡してきた。そこにアイスを二本入れて山を目指す。コンビニを通り過ぎ、山に入り、迷いなく山道を進んでいった。
間もなく、祠が見えた。その横に花を摘むサチがいた。
「サチ」
声をかけると、サチが立ち上がり手を振った。
「清君」
サチに駆け寄り、清がバッグを差し出した。
「なに?」
「アイス。保冷バッグだから、まだとけてないと思う」
「ありがとう!」
「一緒に食べよ」
並んでいる石にそれぞれ腰かけ、アイスを齧る。清に至っては先ほど食べたばかりだが、一人の時よりも充実している。
「ねえ、今日初めて阿河中に登校したんだけどさ、てっきりサチがいると思ってなのにいなかったから驚いたよ。サチは阿河町に住んでないの?」
「うん。私、隣の仲尾町だから」
「そっか、残念」
同じ中学校ならいつでも会えるのに。清が地面にあった小石を軽く蹴る。
「ごちそうさま。美味しかった」
「うん」
ゴミをビニール袋に入れていると、サチが山の奥を指差した。
「ね、お礼に良いところ連れていってあげる」
「良いところ?」
サチと山道を外れて獣道を歩く。サチは真っすぐ前を向いている。いつも遊んでいると言っていたのは本当らしい。
一週間前に見た大木を過ぎ、少し行ったところでサチが止まる。
「しぃ、静かにね」
サチの人差し指が清の口元に当てられる。
すぐ傍には人間が入れない小さな小さな洞穴があり、二人でこっそり覗くと、うさぎが三羽、丸くなっていた。間近でうさぎを見るのは初めてだ。清の瞳の中に命が宿る。
「動かない」
「寝てると思う。うさぎって目を開けて眠るんだって」
「そうなんだ」
清がサチを見る。そんなこと、教科書にも書かれていない。
「サチって物知りなんだな」
「全然。私も教えてもらっただけ」
もう一度うさぎの親子を見つめる。最初は静かな山だと思っていたが、野生動物が住んでいることが分かり嬉しくなった。東京では見られない光景だ。
「市原清です。東京から来ました」
引っ越してから一週間が過ぎて、学校が始まった。十五人の目がぎょろぎょろとこちらを観察する。
清は緊張した面持ちで空いている席に座った。制服が転校先も学ランで安心した。新しい制服が出来上がるのは二週間後らしい。
「俺、太一。飯田太一。よろしく」
「うん。よろしく」
隣の飯田が話しかけてきた。スポーツ刈りの明るそうな少年だ。友だちになれそうでよかった。
クラスは一クラスしかなく、学年全員で十六人。この輪に入れなければ、中学卒業まで一人になってしまう。
一時間目は国語だった。教科書類は夏休みのうちに学校から受け取っている。真新しい表紙をめくり、清は黒板に集中した。
授業が終わると、クラス中が清の席に集まった。同じ年だから、てっきりサチもこの中にいると思っていたが、どうやら違う中学らしい。
「ここ、えいとこでしょ!」
「なんも無い田舎より、東京の方がえいやろ」
「なんで引っ越してきたが?」
清が話す間もなく、目の前で次々に話題が変わっていく。なんとか一言相槌を打ったところで二時間目のチャイムが鳴った。
五時間目が終わり、帰りのホームルームになる頃には、地べたに寝転がりたくなるくらいぐったりしていた。
もしかして、帰りも同じだろうか。清が振り向くと、各々教室から出ていくところだった。
「帰らないの?」
「部活」
「ああ、そっか」
飯田に見学するのか聞かれたが、首を振って学校を後にした。
拭っても拭っても、汗がとめどなく落ちていく。二キロの道のりを十五分かけて帰宅した。
「おかえり。アイス冷えてるよ」
「ただいま」
家では母が洗濯物を取り込んでいるところだった。祖母は昼寝中だと言っていた。台所でアイスを取り、縁側で涼みながらおやつタイムを堪能する。
「今日はサンジン様に行ってみようかな」
この一週間、学校の準備が忙しくて山へ行くことが出来なかった。まだ冷凍庫にアイスがあったから持っていってみようか。
「お母さん。保冷バッグってある?」
「あるよ。どこか行くの?」
「友だちと遊んでくる」
そう言うと、母は喜んでバッグを渡してきた。そこにアイスを二本入れて山を目指す。コンビニを通り過ぎ、山に入り、迷いなく山道を進んでいった。
間もなく、祠が見えた。その横に花を摘むサチがいた。
「サチ」
声をかけると、サチが立ち上がり手を振った。
「清君」
サチに駆け寄り、清がバッグを差し出した。
「なに?」
「アイス。保冷バッグだから、まだとけてないと思う」
「ありがとう!」
「一緒に食べよ」
並んでいる石にそれぞれ腰かけ、アイスを齧る。清に至っては先ほど食べたばかりだが、一人の時よりも充実している。
「ねえ、今日初めて阿河中に登校したんだけどさ、てっきりサチがいると思ってなのにいなかったから驚いたよ。サチは阿河町に住んでないの?」
「うん。私、隣の仲尾町だから」
「そっか、残念」
同じ中学校ならいつでも会えるのに。清が地面にあった小石を軽く蹴る。
「ごちそうさま。美味しかった」
「うん」
ゴミをビニール袋に入れていると、サチが山の奥を指差した。
「ね、お礼に良いところ連れていってあげる」
「良いところ?」
サチと山道を外れて獣道を歩く。サチは真っすぐ前を向いている。いつも遊んでいると言っていたのは本当らしい。
一週間前に見た大木を過ぎ、少し行ったところでサチが止まる。
「しぃ、静かにね」
サチの人差し指が清の口元に当てられる。
すぐ傍には人間が入れない小さな小さな洞穴があり、二人でこっそり覗くと、うさぎが三羽、丸くなっていた。間近でうさぎを見るのは初めてだ。清の瞳の中に命が宿る。
「動かない」
「寝てると思う。うさぎって目を開けて眠るんだって」
「そうなんだ」
清がサチを見る。そんなこと、教科書にも書かれていない。
「サチって物知りなんだな」
「全然。私も教えてもらっただけ」
もう一度うさぎの親子を見つめる。最初は静かな山だと思っていたが、野生動物が住んでいることが分かり嬉しくなった。東京では見られない光景だ。
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