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秋祭り

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 その日は静かに、優等生として過ごして眠った。頼むには、相手にも時間が必要だからだ。

 翌日は土曜日で、部活も無い清は朝から家で探しものをした。

 いらなくなったおもちゃを詰めた段ボールに入っているかと思ったが、期待していたものは見つからなかった。やはり、予定通り母に頼むしかない。

「お母さん」

 母は部屋の掃除中だった。しまった、もっと暇な時に声をかけたらよかった。しかし、すでに母は掃除機を止めて振り返っていた。

「どうしたの?」
「ちょっと、聞きたいことがあって。ごめん、掃除が終わってからにするね」
「とりあえず聞いておくよ」

 清が指と指を絡ませながら、おずおずと口を開く。

「僕が小学生の時にやった劇で、お下げの付け毛使ったでしょ。それってもう無い?」
「付け毛? ああ、あれね。捨ててはないけど、仕舞っちゃったから。必要なの?」
「うん、ちょっと貸したい子がいて」
「そう、探しておくね。いつまでに必要?」

 期限は一週間後だが、早ければ早い方がいい。母には五日程と伝えておいた。急ぎではないので、特に面倒がられずに済んだ。

──何に使うって言われなかった。

 一番びくびくしていた個所を素通りされて、ようやく息を吐けた。ここが解決すれば、あとは当日を待つのみだ。

 部屋でスケッチブックを広げていたら、母がノックと同時にドアを開けた。驚いてスケッチブックを勢いよく閉じてしまう。

「僕がいいよって言ってから開けてよ」
「ごめん。ウィッグ見つかったから」
「ほんと!」

 母が袋に入ったウィッグを二つ見せてきた。清が持っていたのは一つだけだったはずだ。

「もう一個はお母さんの。パーティーの時に着けたウィッグなんだけど、使う子が選べるように出してみたの。二つとも持ってく?」

「うん、ありがとう」

 紙袋にウィッグの袋を二つ入れる。ちらりと見えた浴衣に母は何も言わなかった。

 この日から清は一日中落ち着きがなくなった。感情の先が全て祭りに向かってしまっている。もしこれが自転車登校だったならば、きっと畑に突っ込むくらいの騒動を起こしていたことだろう。

 学校の授業はどうにか聞いていたが、掃除の時間にボーッとして女子に注意された。素直に謝り、真剣に掃除をする。悪いのは集中出来ていない自分だ。

 部活が美術部でよかった。サンジン様の風景を描いても、真面目に練習していると誰もが思ってくれる。これが走り回る野球部なら今頃一人、外周を走らされている。

 サチを中心に清の世界が回っている。学校より、サチが上回ってしまった。これはいけないことなのだろうか。清には分からなかった。分かるのは、サチと祭りに行かれるのが楽しみだということだけだった。

──お小遣い足りるかな。

 祭りまであと三日に迫った頃、ふとそんなことに気が付いた。サチと行くのだから、二人分の屋台代がかかる。当然、サチはお金を持っていない。当初より自分で払うつもりだった。ただ、いくら持ち合わせがあるのか確認をしていなかった。

 慌てて財布の中身を確認する。今月の小遣いはまだ千円残っていたが、小銭を合わせても千六百円しかなかった。祭りに行くと言えば夕食代分の小遣いを臨時でもらえるはずだが、それでも心もとない。清は机の上にある貯金箱に手を伸ばした。ここには正月にもらったお年玉の残りが入っている。

「おお、結構ある」

 予想以上に残っていたお年玉に感謝する。そこから千円抜き取り、財布に仕舞った。当日もらえるだろう千円を合わせれば、二人で遊ぶくらいは出来る。

『おお~~~ん……』

 たまに聞こえる鳴き声も、今の清には届かなかった。
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