14 / 44
秋祭り
1
しおりを挟む
通学途中にある町の掲示板に、清は昨日とは違う張り紙を見つけた。櫓の下で踊る人々とともに「秋祭り」の文字。清は足を止め、ポスターを食い入るように見つめた。
「九月にお祭りなんてやるんだ」
住んでいたところでは八月にいくつかの祭りがあったが、それは九月に入るとすっかり鳴りを潜め、また夏が来るまで首を長くしなければならなかった。
今年は引っ越しのため夏祭りに一度行ったきりだったので、これは嬉しい誤算だ。
日にちと場所を頭に叩き込み登校する。教室に入った瞬間、さっそく飯田が近寄ってきた。
「おはよ~秋祭り行く?」
「おはよ。行くけど、親戚の子と行くんだ」
「そっか! 現地で会ったらよろしく!」
断られても全く気にしない様子で、飯田は別の友人を誘っていた。この分なら大人数で参加になりそうだ。
つい親戚の子と言ってしまったが、お祭りに誘うような親戚は清にはいない。心の中で飯田に謝る。せっかくの誘いを断るのは心苦しいが、毎日会えるクラスメートより、いつも一人でいる彼女と行きたいと思ってしまった。
──サチ、行ってくれるかな。
校舎の窓から外を覗いてみたが、サチらしき人影は見受けられない。今日はどこを散歩しているのか。山から出られるようになって、町のあちこちを散歩していると言っていた。
人と違う時間を生きる彼女は自由気ままだ。学校に縛られている清からしたら少し羨ましいと思うけれども、たった一人としか話が出来ない生活は清の想像よりずっと辛いものだろう。
「市原君」
「何?」
部活の時間、中田に声をかけられた。
「市原君、今度お祭りあるの知っちゅう?」
「うん。親戚の子と行く予定だよ」
「そうなんだ。向こうで会えたらよろしくね」
清が頷く。今日だけで二度も聞かれた。どうやら、地元の人間でもこの祭りは特別なものらしい。
「中田さんは家族と行くの? クラスの人?」
「えと、家族と行くよ」
そこでふと、自分も家族に誘われる可能性があることに気が付いた。親と行ってもいいが、どうせならサチを誘いたい。
部活が終わり、清は真っ直ぐ家へ帰った。縁側で涼んでいる祖母の元に飛び込む。
「おばあちゃん、僕くらいの背の浴衣か甚平ってある? 出来れば、女の子用がいいんだけど」
「浴衣ねぇ、そこの箪笥にいくつかあるき、好きなの選んだらえいよ。少しくらい丈が長くても調節出来る」
「ありがとう!」
桐の箪笥を開ける。ふわり、古い匂いがした。見たところ着物がほとんどだったが、隅の方に浴衣が数枚仕舞われていた。
桜色、青、黒と、色とりどりの浴衣が清を迷わせる。ひとしきり悩んだ後、青い浴衣を手に取った。
「借りるね」
「帯を忘れなや」
「そうだ。帯帯」
一緒にあった帯を手に取る。今にも走り出しそうな清に、祖母が再度声をかける。
「着方は分かるが?」
「う、うう~ん、多分……友だちに着られるか聞いてみる」
「着れん時はおばあちゃんが着付けするちや」
「分かった、ありがと」
もうすぐ十八時。聞くだけですぐ戻れば叱られないだろう。紙袋に浴衣を入れ、清は走って山へ向かった。途中、その足が止まる。
「そもそも山にいるかな」
いつも山にいると言っていたが、それはまだ山から出られない状況だったからだ。自由に歩き回れる今、サチがあそこにいるとは限らない。
「どうしよう。約束しておけばよかった」
山まであと少しというところで立ち止まる。試しに呼んでみることにした。相手はサチだ。もしかしたら、声が届くかもしれない。
「お~~~~い、サチ~~~~~!」
思ったより声が大きく出て、辺りを見回す。誰もいなくてほっと胸を撫で下ろした。
「何」
「わぁあッ」
またしてもサチに驚かされた。しかも今は自分が呼んだというのに。サチが頬を膨らませる。
「呼んだの清君でしょ」
「そうなんだけど、本当に来てくれるとは思ってなくて」
サチを探していた目的を思い出した清が、袋の中身を見せた。
「あのさ、来週の土曜日にお祭りやるんだって。よかったら、一緒に行かない? これ着て」
サチが袋の中を覗く。上を向き、目を真ん丸にさせた。それが面白くて、清の口元が緩む。
「浴衣だ」
「うん」
「着てもいいの?」
「うん。着方分かる?」
聞きながら気が付いたが、そもそもサチは着物を着ている。それなら浴衣も問題無いだろう。サチも自分の服と浴衣を交互に見つめ、頷いた。
「大丈夫。そんなに変わらないと思う」
「よかった。そしたら、土曜日は早めに待ち合わせて、着替えてからお祭り行こ。場所は祠でいい?」
先ほどから、やたらと心臓が五月蠅い。壊れてしまったのか。カラスの鳴く声すら霞んでいる。自身の体と必死に戦っていたら、サチがオーケーサインを出してくれた。
「いいよ。清君こそ、私で大丈夫? 視えないのに」
「それは秘策があるから。せっかくのお祭りだし、楽しもう」
きっと、毎年山から祭りの音を聞いていたはずだ。これからは間近で祭りをたのしんでほしい。清による、精いっぱいのおもてなしが始まった。
時間が差し迫っていたため慌てて家に戻る。遅くなって外出禁止令が出されたら大変だ。
「おかえり。どうしたの?」
ちらちら母を見ていたのがバレて、手を振って誤魔化す。
「何でもない。ただいま」
「早く手洗いうがいして、ご飯だよ」
「はぁい」
「あら、また地震。やあね~」
小言を言われる前にさっさと手を洗いに向かう。夕食の後は宿題もある。頼み事をする前の子どもはイイコでなければならないのだ。
「九月にお祭りなんてやるんだ」
住んでいたところでは八月にいくつかの祭りがあったが、それは九月に入るとすっかり鳴りを潜め、また夏が来るまで首を長くしなければならなかった。
今年は引っ越しのため夏祭りに一度行ったきりだったので、これは嬉しい誤算だ。
日にちと場所を頭に叩き込み登校する。教室に入った瞬間、さっそく飯田が近寄ってきた。
「おはよ~秋祭り行く?」
「おはよ。行くけど、親戚の子と行くんだ」
「そっか! 現地で会ったらよろしく!」
断られても全く気にしない様子で、飯田は別の友人を誘っていた。この分なら大人数で参加になりそうだ。
つい親戚の子と言ってしまったが、お祭りに誘うような親戚は清にはいない。心の中で飯田に謝る。せっかくの誘いを断るのは心苦しいが、毎日会えるクラスメートより、いつも一人でいる彼女と行きたいと思ってしまった。
──サチ、行ってくれるかな。
校舎の窓から外を覗いてみたが、サチらしき人影は見受けられない。今日はどこを散歩しているのか。山から出られるようになって、町のあちこちを散歩していると言っていた。
人と違う時間を生きる彼女は自由気ままだ。学校に縛られている清からしたら少し羨ましいと思うけれども、たった一人としか話が出来ない生活は清の想像よりずっと辛いものだろう。
「市原君」
「何?」
部活の時間、中田に声をかけられた。
「市原君、今度お祭りあるの知っちゅう?」
「うん。親戚の子と行く予定だよ」
「そうなんだ。向こうで会えたらよろしくね」
清が頷く。今日だけで二度も聞かれた。どうやら、地元の人間でもこの祭りは特別なものらしい。
「中田さんは家族と行くの? クラスの人?」
「えと、家族と行くよ」
そこでふと、自分も家族に誘われる可能性があることに気が付いた。親と行ってもいいが、どうせならサチを誘いたい。
部活が終わり、清は真っ直ぐ家へ帰った。縁側で涼んでいる祖母の元に飛び込む。
「おばあちゃん、僕くらいの背の浴衣か甚平ってある? 出来れば、女の子用がいいんだけど」
「浴衣ねぇ、そこの箪笥にいくつかあるき、好きなの選んだらえいよ。少しくらい丈が長くても調節出来る」
「ありがとう!」
桐の箪笥を開ける。ふわり、古い匂いがした。見たところ着物がほとんどだったが、隅の方に浴衣が数枚仕舞われていた。
桜色、青、黒と、色とりどりの浴衣が清を迷わせる。ひとしきり悩んだ後、青い浴衣を手に取った。
「借りるね」
「帯を忘れなや」
「そうだ。帯帯」
一緒にあった帯を手に取る。今にも走り出しそうな清に、祖母が再度声をかける。
「着方は分かるが?」
「う、うう~ん、多分……友だちに着られるか聞いてみる」
「着れん時はおばあちゃんが着付けするちや」
「分かった、ありがと」
もうすぐ十八時。聞くだけですぐ戻れば叱られないだろう。紙袋に浴衣を入れ、清は走って山へ向かった。途中、その足が止まる。
「そもそも山にいるかな」
いつも山にいると言っていたが、それはまだ山から出られない状況だったからだ。自由に歩き回れる今、サチがあそこにいるとは限らない。
「どうしよう。約束しておけばよかった」
山まであと少しというところで立ち止まる。試しに呼んでみることにした。相手はサチだ。もしかしたら、声が届くかもしれない。
「お~~~~い、サチ~~~~~!」
思ったより声が大きく出て、辺りを見回す。誰もいなくてほっと胸を撫で下ろした。
「何」
「わぁあッ」
またしてもサチに驚かされた。しかも今は自分が呼んだというのに。サチが頬を膨らませる。
「呼んだの清君でしょ」
「そうなんだけど、本当に来てくれるとは思ってなくて」
サチを探していた目的を思い出した清が、袋の中身を見せた。
「あのさ、来週の土曜日にお祭りやるんだって。よかったら、一緒に行かない? これ着て」
サチが袋の中を覗く。上を向き、目を真ん丸にさせた。それが面白くて、清の口元が緩む。
「浴衣だ」
「うん」
「着てもいいの?」
「うん。着方分かる?」
聞きながら気が付いたが、そもそもサチは着物を着ている。それなら浴衣も問題無いだろう。サチも自分の服と浴衣を交互に見つめ、頷いた。
「大丈夫。そんなに変わらないと思う」
「よかった。そしたら、土曜日は早めに待ち合わせて、着替えてからお祭り行こ。場所は祠でいい?」
先ほどから、やたらと心臓が五月蠅い。壊れてしまったのか。カラスの鳴く声すら霞んでいる。自身の体と必死に戦っていたら、サチがオーケーサインを出してくれた。
「いいよ。清君こそ、私で大丈夫? 視えないのに」
「それは秘策があるから。せっかくのお祭りだし、楽しもう」
きっと、毎年山から祭りの音を聞いていたはずだ。これからは間近で祭りをたのしんでほしい。清による、精いっぱいのおもてなしが始まった。
時間が差し迫っていたため慌てて家に戻る。遅くなって外出禁止令が出されたら大変だ。
「おかえり。どうしたの?」
ちらちら母を見ていたのがバレて、手を振って誤魔化す。
「何でもない。ただいま」
「早く手洗いうがいして、ご飯だよ」
「はぁい」
「あら、また地震。やあね~」
小言を言われる前にさっさと手を洗いに向かう。夕食の後は宿題もある。頼み事をする前の子どもはイイコでなければならないのだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる