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秋祭り
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「太一は何か食べた?」
「食べた! フランクフルトとチョコバナナと焼きそば」
「まだお祭り始まったばっかなのにすごい食べるね」
「けんど、年に一回しかないき」
言いながら、飯田が清の後ろに気が付いた。
「その子が親戚の子?」
「ああ、うん。そう」
見つかったことを理解したサチがもっと隠れるが、やがてひょこりと顔だけ出した。
「誰!? どこの子なが?」
珍しく飯田が食い下がってきた。中学一年生の食指が動いてしまったらしい。
「こんばんは」
サチがぽそぽそと挨拶する。
「違う町の子だから。ちょっと恥ずかしがり屋なんだ」
「えぇ~、そうかぁ。また今度会うたら紹介してねや」
「うん」
手を振りながら、会った時と同じように元気よく去っていった。飯田はいつでも元気だ。周りを明るくさせてくれる。
「はぁ、びっくりした。大丈夫だったかな」
「大丈夫。不思議がってなかったから。太一は僕の同じクラスなんだ」
「へぇ、いいね」
清以外の人間に認識されて、サチは少しだけ自信を持てた。
その時、神社から軽快な音が響いてきた。
「お囃子が始まったんだ。行こ」
並んで神社の階段を駆け上がる。そこでは大勢の人がお囃子の様子を見学していて、清たちもその中に紛れて聴いた。
「素敵。皆上手だね」
「踊りたくなっちゃうね」
実際、櫓の下ではお囃子に合わせて踊る人が何人もいる。陽も暮れて、いよいよ祭りらしくなってきた。清がサチに目配せする。
「ちょっと来て」
人混みから抜け、大木に二人でもたれかかった。サンジン様の神木に比べたら小さいが、それでも樹齢数百年は経っていそうな立派な木だ。
「なに?」
「写真撮ろう」
「いいよ」
スマートフォンを持っていないサチも写真に慣れてきた。特に、カメラ機能はお手のものだ。
狐の面を被ったサチと一枚撮る。自撮りなので上半身までしか写らないが、なかなか満足のいく写真になった。
「あと一枚。お面外してくれる? ここなら誰も見てないし、見られても暗くて分からないから」
「うん」
これは清とサチだけの思い出に。二人で歯を見せて笑って撮る。やっとサチの笑顔が見られた。お面を付けていれば人間の振りは出来るけれども、やはり、素顔の彼女がいい。
「楽しいね、お祭り」
お面を被り直したサチが言う。今、彼女はどんな顔をして言ったのだろう。お面を外してしまいたくなるのを、清はぐっと堪えた。
まだ祭りが終わらないうちに喧騒から離れる。手と手が触れ合いそうな距離で歩いていたが、清が心配そうにサチを見遣った。
「山に帰るんだよね?」
「うん。夜はいつも祠にいるから」
「でも、サンジン様がまだいたら」
先ほどのサチの動揺を思い出して、清は山まで送ることを躊躇っていた。サチが緩く首を振る。
「サンジン様が一日中山を歩いたことはないから平気だと思う」
「そっか。もし、何かあったら、僕のところへ来て。呼んでくれたら、走っていくから」
「ふふ、分かった」
ぽつぽつ、明かりが減り、山の麓まで来るともう真っ暗だった。清はサチの手を掴もうとしたが出来ずに手を振った。
「またね」
サチが一人、山に入る。
暗いのは怖くない。毎日のことだ。山に何か出ることもない。怖いのは、優しいサンジン様だけだ。サンジン様はどうしてしまったのだろう。思わず逃げたが、今思えば理由を聞いておけばよかった。もしかしたら、具合が悪いのかもしれない。次会うのはいつだろう。一か月後か半年後か。
「サンジン様、どうしちゃったのかな……」
祠の横にある洞穴の中で丸くなる。夜が明けることを祈ってサチは目を閉じた。
「食べた! フランクフルトとチョコバナナと焼きそば」
「まだお祭り始まったばっかなのにすごい食べるね」
「けんど、年に一回しかないき」
言いながら、飯田が清の後ろに気が付いた。
「その子が親戚の子?」
「ああ、うん。そう」
見つかったことを理解したサチがもっと隠れるが、やがてひょこりと顔だけ出した。
「誰!? どこの子なが?」
珍しく飯田が食い下がってきた。中学一年生の食指が動いてしまったらしい。
「こんばんは」
サチがぽそぽそと挨拶する。
「違う町の子だから。ちょっと恥ずかしがり屋なんだ」
「えぇ~、そうかぁ。また今度会うたら紹介してねや」
「うん」
手を振りながら、会った時と同じように元気よく去っていった。飯田はいつでも元気だ。周りを明るくさせてくれる。
「はぁ、びっくりした。大丈夫だったかな」
「大丈夫。不思議がってなかったから。太一は僕の同じクラスなんだ」
「へぇ、いいね」
清以外の人間に認識されて、サチは少しだけ自信を持てた。
その時、神社から軽快な音が響いてきた。
「お囃子が始まったんだ。行こ」
並んで神社の階段を駆け上がる。そこでは大勢の人がお囃子の様子を見学していて、清たちもその中に紛れて聴いた。
「素敵。皆上手だね」
「踊りたくなっちゃうね」
実際、櫓の下ではお囃子に合わせて踊る人が何人もいる。陽も暮れて、いよいよ祭りらしくなってきた。清がサチに目配せする。
「ちょっと来て」
人混みから抜け、大木に二人でもたれかかった。サンジン様の神木に比べたら小さいが、それでも樹齢数百年は経っていそうな立派な木だ。
「なに?」
「写真撮ろう」
「いいよ」
スマートフォンを持っていないサチも写真に慣れてきた。特に、カメラ機能はお手のものだ。
狐の面を被ったサチと一枚撮る。自撮りなので上半身までしか写らないが、なかなか満足のいく写真になった。
「あと一枚。お面外してくれる? ここなら誰も見てないし、見られても暗くて分からないから」
「うん」
これは清とサチだけの思い出に。二人で歯を見せて笑って撮る。やっとサチの笑顔が見られた。お面を付けていれば人間の振りは出来るけれども、やはり、素顔の彼女がいい。
「楽しいね、お祭り」
お面を被り直したサチが言う。今、彼女はどんな顔をして言ったのだろう。お面を外してしまいたくなるのを、清はぐっと堪えた。
まだ祭りが終わらないうちに喧騒から離れる。手と手が触れ合いそうな距離で歩いていたが、清が心配そうにサチを見遣った。
「山に帰るんだよね?」
「うん。夜はいつも祠にいるから」
「でも、サンジン様がまだいたら」
先ほどのサチの動揺を思い出して、清は山まで送ることを躊躇っていた。サチが緩く首を振る。
「サンジン様が一日中山を歩いたことはないから平気だと思う」
「そっか。もし、何かあったら、僕のところへ来て。呼んでくれたら、走っていくから」
「ふふ、分かった」
ぽつぽつ、明かりが減り、山の麓まで来るともう真っ暗だった。清はサチの手を掴もうとしたが出来ずに手を振った。
「またね」
サチが一人、山に入る。
暗いのは怖くない。毎日のことだ。山に何か出ることもない。怖いのは、優しいサンジン様だけだ。サンジン様はどうしてしまったのだろう。思わず逃げたが、今思えば理由を聞いておけばよかった。もしかしたら、具合が悪いのかもしれない。次会うのはいつだろう。一か月後か半年後か。
「サンジン様、どうしちゃったのかな……」
祠の横にある洞穴の中で丸くなる。夜が明けることを祈ってサチは目を閉じた。
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