17 / 46
秋祭り
4
しおりを挟む
「何の話しよっか」
ここには、祠も大木も、うさぎの親子もいない。ただ二人だけがいる。
「じゃあ、また学校の話をして」
「面白くないよ」
「面白いよ。私、知らないもの。たまに山に遊びに来る人がいるけど、大人ばかりだから学校の話は聞いたことない」
自分の日常を話すのは照れる。しかし、サチの願いとあったら聞くしかない。
「学校かぁ。どういう授業してるとか?」
サチが前のめりになって言う。
「うん。あと給食とか、放課後の部活っていうのも」
「あはは、全部だね」
祭りの準備の音を聞きながら、清は毎日送っている日常をサチに話した。特に、給食の充実した内容に驚いていた。
「今度会う時は、サチの話をして」
「いいよ。清君の後じゃ物足りないけど」
「サチの話だから物足りなくないよ」
「ふふ」
どどんッ。
今日一番の大きな太鼓の音がした。二人して神社へ振り向く。祭りの開幕だ。
「よし、一分、いや二分待ってて。すぐ戻ってくるから」
「うん」
清は立ち上がり、音の中心へと走り出した。表側に回ってみれば、そこはもう異世界だった。準備中だった屋台には明かりが灯り、浴衣を着た町民たちがすでに祭りを楽しんでいた。人混みを掻き分け、目的の屋台に滑り込む。並べられている商品を全て見回して悩んだが、すぐにその中の一つを指差した。
「これ一つください!」
「はい、五百円だよ」
中学生の財布には痛い金額を支払い、すぐにサチのいる林へ戻った。
「ごめん、こんなのしかなかったんだけど」
行きとは反対にとぼとぼ帰ってきた清が差し出して言う。右手には狐のお面が握られていた。
「お面?」
何を買いにいったのか知らされていないサチはそれを見て首を傾げた。
「うん。お面を被って付け毛して、浴衣を着れば他の人にも見えると思って。でも、お面が小さい子向けのキャラクターばかりだったんだ。だから」
本当はもっと可愛らしいものにしたかった。付けてもらえないだろうか。不安気な手を、サチが両手で受け取った。
「ありがとう。すごく嬉しい」
「サチ……」
サチがお面を付けて言うものだから、清はそれだけで祭りに誘った甲斐があったと思った。
「もう人がいっぱいだったよ。僕たちも行こうか」
「でも、本当に行って平気かな」
サチが俯く。お面で表情は窺えない。清はサチへと手を伸ばした。
「大丈夫。僕がずっとそばにいるよ」
「うん」
二人は手を繋いで煌めく光へ走り出した。
「わあっ」
祭りの賑わいを目の前にして、感嘆の声が上がる。いつも耳にしていた音がここにある。お面とウィッグに浴衣と、体のほとんどを隠しているおかげでサチをおかしな目で見てくる者はいない。サチの一歩がだんだんと大きくなった。
「こんな景色だったんだ」
櫓から広がる灯りを眺めて歩く。ずっと見たかった。叶わないと諦めていた。
サンジン様に縛られているサチは、それでもサンジン様に感謝をしている。神との契約があったからこそ、こうして清と出会うことが出来た。
「何か食べよう。お小遣いもらったから買えるよ」
「いつも出してもらって悪いから、せめて清君の好きなものを買ってわけっこしよ」
それを聞いて、清は頬を膨らませた。
「サチと食べるなら何でも美味しい。僕は毎年屋台の食べ物食べてるから、サチに決めてほしい」
サチが口を閉じてもごもごとさせる。上目遣いをして、少し頬を染めながら答えた。
「私、屋台に何があるか分からないから案内して。一緒に決めよ」
「うん」
焼きそばにたこ焼き、フランクフルト、一つ一つ食べ物の説明をしていく。サチはそれを真剣に聞いた。
「あれは何?」
「わたあめだよ。ざらめっていう砂糖で作ったお菓子なんだ」
「へぇ!」
全ての屋台を回り終え、サチの反応が良かったたこ焼きとわたあめを買った。わたあめは最初に一口もらい、サチに持ってもらった。たこ焼きを清が持ち、屋台が途切れたあたりで座る。あちこちで二人と同じように食べている人がいた。
「美味しい! 雲みたい」
「僕も久々に食べたけど、やっぱり美味しいね」
食べた後は櫓の下で盆踊りに興じる人たちを眺めたり、余った小遣いで輪投げをして小さなぬいぐるみを取ってみたりした。
「はい、あげる」
「ありがとう」
手のひらよりずっと小さなクマを大事そうに握るサチが愛らしく笑う。こんな時がずっと続けばいい。そんなことを思っていたら、元気な声が投げられた。
「清!」
飯田だった。先週行くと言っていたので、会うかもしれないとは思っていた。
「会えた~」
飯田が手のひらを見せてくるのでハイタッチする。もしかしたら探してくれていたのだろうか。黒い生地に龍の絵がでかでかと描かれた甚平を着ている。無地の清とは正反対だ。サチが清の背中にそっと隠れる。
ここには、祠も大木も、うさぎの親子もいない。ただ二人だけがいる。
「じゃあ、また学校の話をして」
「面白くないよ」
「面白いよ。私、知らないもの。たまに山に遊びに来る人がいるけど、大人ばかりだから学校の話は聞いたことない」
自分の日常を話すのは照れる。しかし、サチの願いとあったら聞くしかない。
「学校かぁ。どういう授業してるとか?」
サチが前のめりになって言う。
「うん。あと給食とか、放課後の部活っていうのも」
「あはは、全部だね」
祭りの準備の音を聞きながら、清は毎日送っている日常をサチに話した。特に、給食の充実した内容に驚いていた。
「今度会う時は、サチの話をして」
「いいよ。清君の後じゃ物足りないけど」
「サチの話だから物足りなくないよ」
「ふふ」
どどんッ。
今日一番の大きな太鼓の音がした。二人して神社へ振り向く。祭りの開幕だ。
「よし、一分、いや二分待ってて。すぐ戻ってくるから」
「うん」
清は立ち上がり、音の中心へと走り出した。表側に回ってみれば、そこはもう異世界だった。準備中だった屋台には明かりが灯り、浴衣を着た町民たちがすでに祭りを楽しんでいた。人混みを掻き分け、目的の屋台に滑り込む。並べられている商品を全て見回して悩んだが、すぐにその中の一つを指差した。
「これ一つください!」
「はい、五百円だよ」
中学生の財布には痛い金額を支払い、すぐにサチのいる林へ戻った。
「ごめん、こんなのしかなかったんだけど」
行きとは反対にとぼとぼ帰ってきた清が差し出して言う。右手には狐のお面が握られていた。
「お面?」
何を買いにいったのか知らされていないサチはそれを見て首を傾げた。
「うん。お面を被って付け毛して、浴衣を着れば他の人にも見えると思って。でも、お面が小さい子向けのキャラクターばかりだったんだ。だから」
本当はもっと可愛らしいものにしたかった。付けてもらえないだろうか。不安気な手を、サチが両手で受け取った。
「ありがとう。すごく嬉しい」
「サチ……」
サチがお面を付けて言うものだから、清はそれだけで祭りに誘った甲斐があったと思った。
「もう人がいっぱいだったよ。僕たちも行こうか」
「でも、本当に行って平気かな」
サチが俯く。お面で表情は窺えない。清はサチへと手を伸ばした。
「大丈夫。僕がずっとそばにいるよ」
「うん」
二人は手を繋いで煌めく光へ走り出した。
「わあっ」
祭りの賑わいを目の前にして、感嘆の声が上がる。いつも耳にしていた音がここにある。お面とウィッグに浴衣と、体のほとんどを隠しているおかげでサチをおかしな目で見てくる者はいない。サチの一歩がだんだんと大きくなった。
「こんな景色だったんだ」
櫓から広がる灯りを眺めて歩く。ずっと見たかった。叶わないと諦めていた。
サンジン様に縛られているサチは、それでもサンジン様に感謝をしている。神との契約があったからこそ、こうして清と出会うことが出来た。
「何か食べよう。お小遣いもらったから買えるよ」
「いつも出してもらって悪いから、せめて清君の好きなものを買ってわけっこしよ」
それを聞いて、清は頬を膨らませた。
「サチと食べるなら何でも美味しい。僕は毎年屋台の食べ物食べてるから、サチに決めてほしい」
サチが口を閉じてもごもごとさせる。上目遣いをして、少し頬を染めながら答えた。
「私、屋台に何があるか分からないから案内して。一緒に決めよ」
「うん」
焼きそばにたこ焼き、フランクフルト、一つ一つ食べ物の説明をしていく。サチはそれを真剣に聞いた。
「あれは何?」
「わたあめだよ。ざらめっていう砂糖で作ったお菓子なんだ」
「へぇ!」
全ての屋台を回り終え、サチの反応が良かったたこ焼きとわたあめを買った。わたあめは最初に一口もらい、サチに持ってもらった。たこ焼きを清が持ち、屋台が途切れたあたりで座る。あちこちで二人と同じように食べている人がいた。
「美味しい! 雲みたい」
「僕も久々に食べたけど、やっぱり美味しいね」
食べた後は櫓の下で盆踊りに興じる人たちを眺めたり、余った小遣いで輪投げをして小さなぬいぐるみを取ってみたりした。
「はい、あげる」
「ありがとう」
手のひらよりずっと小さなクマを大事そうに握るサチが愛らしく笑う。こんな時がずっと続けばいい。そんなことを思っていたら、元気な声が投げられた。
「清!」
飯田だった。先週行くと言っていたので、会うかもしれないとは思っていた。
「会えた~」
飯田が手のひらを見せてくるのでハイタッチする。もしかしたら探してくれていたのだろうか。黒い生地に龍の絵がでかでかと描かれた甚平を着ている。無地の清とは正反対だ。サチが清の背中にそっと隠れる。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる