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三森
子どもたち
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リビングの窓を開けて顔を出し、そこから見える道路を確認してみる。車は通っていない。
「車の振動、とか」
休憩していて気付かなかっただけで、トラックが通った可能性はある。軽自動車はともかく、それ以上ともなれば人間が感じるかどうかの揺れが生じてもおかしくはない。
「地盤が弱かったら嫌だわ」
そうは言いつつも、十日程過ごしてきて道路が五月蠅いと感じたことはない。となると、分からない程度のちょっとした地震が起きた、そう考えるのが自然だ。この地域は関東と比べるとやや地震が少ないと聞いていたが、少ないだけで起きないわけではない。
「後ろが山だし、大地震が起きたら土砂崩れも心配。でも、今までそんなことがあったらここに家は建てないだろうし」
リビングをぐるぐる回りながら考える。そして立ち止まり、窓から外を見た。
「この辺りに神社ってないかしら。地元のお守りがあったら気休めにはなりそう」
充電したまま置いていたスマートフォン手に取り、神社を検索する。市内に三か所あり、そのうちの一つが町内にあった。住所を確認すると、歩きで行かれる距離にある。これなら車を持っていない由里子でも可能だ。
「週末までに行ってみよう」
そうこうしているうちに美結が帰ってきた。まだ通い始めたばかりで三キロメートルの道は厳しいらしく、玄関にランドセルを乱雑に下ろし、そのまま自身も床に寝転がった。
「おかえり。手洗いうがいね」
「ただいま。分かってるよぉ」
美結は二階に上がらず、リビングで宿題を広げた。由里子もソファに座ってそれを眺めたが、鉛筆をふらふらさせるだけで文字はいっこうに浮かび上がってはこない。
「さっさとやっちゃえば、沢山遊べるよ」
「だって、学校で勉強して歩いて帰ってきて疲れたのに、また勉強とか無理だよ」
由里子とて美結の言い分は理解している。子どもは子どもなりに疲れている。これ以上は辛いと思うのも当然だろう。かといって宿題を投げ出していいとは、子どもに教育を受けさせる義務を負っている親としてはとても言えなかった。
「じゃあ、おやつ食べて気分転換しよう。そしたら宿題ね」
「うう……」
渋い顔をしながらおやつを受け取る。それでもロールケーキを食べる口は大きく開く。由里子は優しく微笑み、キッチンへと入った。
それから三十分して正章が帰宅した。玄関で寝転がらなかっただけ妹よりましだが、表情はたいして良くない。
「正章もおやつ食べる?」
「うん」
洗面所から戻ってきた正章にロールケーキを出すと、もそもそと食べ始めた。隣で美結が宿題をしているが、こちらはまだ二問しか埋まっていない。
「学校どうだった?」
「まあ、普通だね」
「普通ってたとえば? お友だち出来た?」
先ほど同じ質問を美結にしたが、こちらが追加の質問をせずとも今日起きた出来事を事細かく報告してくれた。一方、正章はどう捉えたらいいのか分からない回答だった。
「同じ班の子とは結構話す。あと、高橋君って子がすごい話しかけてくる」
「いいね」
──ちゃんと聞けば返してくれるのよね。これからも会話を大事にしなきゃ。
六年生ともなれば、そろそろ反抗期を迎えてもおかしくはない。すでに言いたいことを言えなくなっているかもしれない。由里子は膝に置いた両手に力を入れた。
「宿題は?」
「部屋でやる」
大自然のここに引っ越してきたのだから、放課後は友だちと山を走ったりまではいかずとも外に出て遊ぶものかと考えていたが、実際は違っていた。
元々正章は静かな方で、引っ越す前も友だちを連れてくることも遊びに行くことも滅多になかった。かといって友だちがいないわけでもなく、登校班を見送る際、同じ班の男子生徒と話していたのを目撃している。
だから夫婦とも心配はしていなかったのだが、新しい環境になったため、何か問題事が起きないとも限らない。
先日、四月に配布されたという一年間の予定表を渡されたのだが、三者面談も授業参観も一学期のうちに終わっていた。次回の授業参観は十二月だった。
──今度、下校班の様子を見てみよう。
小学校は登下校ともに班を構成して通うことになっている。登校は家が近くの子どもたちを合わせて一班に、下校は時間がばらばらなため学年ごとにと決まっていた。
同じ町内には六年生がいないので途中までだが、隣の町まで行ってみれば様子が分かるだろう。
正章はしっかりしていてもまだ小学生。親が気にしていないと、いつ躓いてしまうか分からない。
「美結は仲良い子いる? この前遊びにきてた菜々子ちゃん?」
「うん。あとねぇ、由奈ちゃんも仲良いよ。でも、学校の近くのお家だから遊べないの」
「ああ、それは結構離れてるね」
学校の近くというと、三キロメートル離れていることになる。やはり、何かの時のためにペーパードライバーから卒業した方がよさそうだ。
「ねぇ、同じ町内の真子ちゃんは?」
「真子ちゃんは、美結の家じゃなければ遊ぶって言ってた」
「え」
「車の振動、とか」
休憩していて気付かなかっただけで、トラックが通った可能性はある。軽自動車はともかく、それ以上ともなれば人間が感じるかどうかの揺れが生じてもおかしくはない。
「地盤が弱かったら嫌だわ」
そうは言いつつも、十日程過ごしてきて道路が五月蠅いと感じたことはない。となると、分からない程度のちょっとした地震が起きた、そう考えるのが自然だ。この地域は関東と比べるとやや地震が少ないと聞いていたが、少ないだけで起きないわけではない。
「後ろが山だし、大地震が起きたら土砂崩れも心配。でも、今までそんなことがあったらここに家は建てないだろうし」
リビングをぐるぐる回りながら考える。そして立ち止まり、窓から外を見た。
「この辺りに神社ってないかしら。地元のお守りがあったら気休めにはなりそう」
充電したまま置いていたスマートフォン手に取り、神社を検索する。市内に三か所あり、そのうちの一つが町内にあった。住所を確認すると、歩きで行かれる距離にある。これなら車を持っていない由里子でも可能だ。
「週末までに行ってみよう」
そうこうしているうちに美結が帰ってきた。まだ通い始めたばかりで三キロメートルの道は厳しいらしく、玄関にランドセルを乱雑に下ろし、そのまま自身も床に寝転がった。
「おかえり。手洗いうがいね」
「ただいま。分かってるよぉ」
美結は二階に上がらず、リビングで宿題を広げた。由里子もソファに座ってそれを眺めたが、鉛筆をふらふらさせるだけで文字はいっこうに浮かび上がってはこない。
「さっさとやっちゃえば、沢山遊べるよ」
「だって、学校で勉強して歩いて帰ってきて疲れたのに、また勉強とか無理だよ」
由里子とて美結の言い分は理解している。子どもは子どもなりに疲れている。これ以上は辛いと思うのも当然だろう。かといって宿題を投げ出していいとは、子どもに教育を受けさせる義務を負っている親としてはとても言えなかった。
「じゃあ、おやつ食べて気分転換しよう。そしたら宿題ね」
「うう……」
渋い顔をしながらおやつを受け取る。それでもロールケーキを食べる口は大きく開く。由里子は優しく微笑み、キッチンへと入った。
それから三十分して正章が帰宅した。玄関で寝転がらなかっただけ妹よりましだが、表情はたいして良くない。
「正章もおやつ食べる?」
「うん」
洗面所から戻ってきた正章にロールケーキを出すと、もそもそと食べ始めた。隣で美結が宿題をしているが、こちらはまだ二問しか埋まっていない。
「学校どうだった?」
「まあ、普通だね」
「普通ってたとえば? お友だち出来た?」
先ほど同じ質問を美結にしたが、こちらが追加の質問をせずとも今日起きた出来事を事細かく報告してくれた。一方、正章はどう捉えたらいいのか分からない回答だった。
「同じ班の子とは結構話す。あと、高橋君って子がすごい話しかけてくる」
「いいね」
──ちゃんと聞けば返してくれるのよね。これからも会話を大事にしなきゃ。
六年生ともなれば、そろそろ反抗期を迎えてもおかしくはない。すでに言いたいことを言えなくなっているかもしれない。由里子は膝に置いた両手に力を入れた。
「宿題は?」
「部屋でやる」
大自然のここに引っ越してきたのだから、放課後は友だちと山を走ったりまではいかずとも外に出て遊ぶものかと考えていたが、実際は違っていた。
元々正章は静かな方で、引っ越す前も友だちを連れてくることも遊びに行くことも滅多になかった。かといって友だちがいないわけでもなく、登校班を見送る際、同じ班の男子生徒と話していたのを目撃している。
だから夫婦とも心配はしていなかったのだが、新しい環境になったため、何か問題事が起きないとも限らない。
先日、四月に配布されたという一年間の予定表を渡されたのだが、三者面談も授業参観も一学期のうちに終わっていた。次回の授業参観は十二月だった。
──今度、下校班の様子を見てみよう。
小学校は登下校ともに班を構成して通うことになっている。登校は家が近くの子どもたちを合わせて一班に、下校は時間がばらばらなため学年ごとにと決まっていた。
同じ町内には六年生がいないので途中までだが、隣の町まで行ってみれば様子が分かるだろう。
正章はしっかりしていてもまだ小学生。親が気にしていないと、いつ躓いてしまうか分からない。
「美結は仲良い子いる? この前遊びにきてた菜々子ちゃん?」
「うん。あとねぇ、由奈ちゃんも仲良いよ。でも、学校の近くのお家だから遊べないの」
「ああ、それは結構離れてるね」
学校の近くというと、三キロメートル離れていることになる。やはり、何かの時のためにペーパードライバーから卒業した方がよさそうだ。
「ねぇ、同じ町内の真子ちゃんは?」
「真子ちゃんは、美結の家じゃなければ遊ぶって言ってた」
「え」
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