幸運な家族

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三森

それ

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 由里子は日焼け止めが二度倒れたこと、正章の態度がやや不自然な時があることを話した。聞き終わった正志が由里子の肩に右手をぽんと置く。

「正章には聞いたのか?」

 それに由里子は首を振った。

「難しい年頃になってきたから、まだよく分からないうちに聞くのもよくないと思って」
「でも、何か悩んでいるかもしれないよ。力になれるのはやっぱり家族だから、週末にでも聞いてみよう」

「うん」
「あとは、そうだね。日焼け止めの件は地震が起きたとか、美結が騒いでたとかかもしれない」

 当たり障りのない返答が返ってきた。由里子が続ける。

「そういえば、前に三森さんですかって訪ねてきた人がいたって言ってたじゃない? あの後、スーパーでたまたま小松さんに会って聞いたんだけど、ここが建つ前に家は無かったって」

 それにはさすがに正志も言い淀んだ。腕組みをし、すでにカーテンが閉められた窓を見遣る。

「家は建ってなかったのに訪ねてくる人がいるのはおかしいな。不動産屋、じゃ分からないだろうし……個人の名前をネットで検索しても出てこないだろうしなぁ」

 ここには引っ越してきた人間しかいない。地元に詳しくない者だけで話し合っても平行線を辿るだけだ。

「特に何か言われたわけじゃないから、これはとりあえず置いておきましょ」
「そうだね。また誰か来たら教えて」
「うん」

 由里子一人で抱えていた悩みを話すことができ、幾分かすっきりした顔つきになった。正志も今度の週末、正章と出かけてみると言った。



「ねぇ、土曜日お兄ちゃんとパパで出かけるの?」

 翌日、美結が会社から帰宅した正志に問いかけた。正章にしか言っていなかったのをどこかで聞いていたらしい。秘密にするつもりはなかったので頷くと、美結は頬を膨らませて詰め寄った。

「美結も行く。だって、ペットショップでしょ」
「ああ、なるほど」

 先日、学校を頑張ったらペットショップに行くと約束していたので、正章の方が先に認められたと勘違いしたのだ。正志が美結の頭を優しく撫でる。

「ペットショップじゃないよ。でも、そうだな。どこへ行くかまだ決めていなかったから、皆でペットショップへ行こうか」
「パパ」
「大丈夫、時間はある」

 由里子が正志を呼ぶと、正志は笑顔で頷いた。

「何が?」

 美結が由里子に抱き着く。抱き返しながら、由里子が廊下を指差した。

「仕事の話。ほら、もう寝なさい」
「えぇ~まだ早い」
「正章は部屋に行ったぞ」

 リビングを追い出された美結がため息をつきながら二階に上がる。すると、自室の前に正章が立っていた。

「なんで美結の部屋の前にいるの?」

 正章が勢いよく振り返る。口を何度か開けては閉め、結局何も言わず部屋へ戻っていった。

「何あれ、変なの」

 半開きのドアを開け、中に入る。クローゼットも開けっ放しだったことを思い出して閉めた。

 引っ越して二週間経ったが、まだクローゼット内には段ボールが二箱残されていた。

「ふふ、早く明後日にならないかな」

 美結の声が部屋に明るく広がる。その隣の部屋では、正章が毛布に包まって震えていた。

「なんだあれ、なんだあれ」

 ベッドのすぐ横にある壁を見遣る。首を振って頭まですっぽり毛布を被せた。

「気付かなければよかった」

 正章は先ほどまで、部屋でのんびり音楽を聴いていた。そこへ何か物音がした。廊下に出てみると、いつものように美結の部屋のドアが開いていた。閉めようとして近づいたところで、部屋に何かがいるのを感じ取った。

 それが美結だという希望はすぐに打ち砕かれた。

 何かが揺れている。

 ゆらり、ゆらり。ゆっくりと左右に揺れている。

 はっきりしない色合いで、景色に溶け込みそうなそれ。すぐに目を背ければいいものの、揺れているものが人の足だと理解した瞬間、体中の全てが動かなくなった。

 こん。こん。

 時折、音も聞こえる。

 とん。とん。

 今度は、下から音がした。それに続いて美結の声がした。

「なんで美結の部屋の前にいるの?」

 急に動けるようになり、美結を見遣る。何も知らない顔をしてこちらを見ている。

 何か伝えた方がいいのか。

──何を?

 結局何も言葉は出てこず、正章は自室に引っ込んだ。美結の方を向いている間に、いつの間にかそれ・・はいなくなっていた。
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