幸運な家族

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三森

僕だけが気付いている

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 正章が正志を見上げ、階段を見つめた。

「美結には言わないで」
「分かってる」
「実は……美結の部屋にいたんだ」

 聞いていて、正志の背中にじんわり汗が滲んだ。階段の先を見遣るが、遠くから美結の笑い声がするのみだ。

「何がいたんだ?」

 正志の声が低くなる。

「……多分、幽霊」
「……なるほど」

 肩に置いていた手をぽんぽん叩く。正章が正志を見た。

「パパが調べてみる。専門家を呼んでもいいね。とりあえず、美結は気にしていないから、害は無さそうかな?」

「ううん……分からない」

「そうか。一人で悩んで辛かったね。また何か小さいことでも気になったらパパに報告して」

「うん」

 正章が笑う。リビングから子犬が鳴いた。

「ごめん、寂しかったね」

 リビングに戻り、ケージの前で話しかける。子犬がまた一声上げた。

「名前早く決めないとなぁ。呼べないや」

 そう言って、スマートフォンを弄り出した。

「何を見ているんだ?」
「犬の名前ランキング」
「おお、いいね」
「ここに無いのにするんだ」

 正志が目を丸くさせて頷いた。

「ちょっと美結の様子を見てくる。考えてて」
「いってらっしゃい」

 廊下に出て、階段を上る。十数段で二階に着いた。手すりを握る手に力が入る。

「美結の部屋にいるって言っていたな」

 しかし、引っ越してきてからの美結に不自然な様子は無い。たまたま正章が通った時に現れたのか、はたまた美結が感じていないだけで常にいるのか。

「そもそも、幽霊が出るかどうか分からないし。正章がそう見えただけで、枯れ尾花というオチかもしれない」

 正志は生まれてこの方幽霊を視たことはない。ただ、幻覚だと一方的に否定をすれば、たちまち正章は親から距離を取るだろう。

 右手で首筋を掻く。止めていたままの足を再度踏み出した。美結の部屋のドアは大きく開かれていた。

「おおい、そっちはどう?」

 ドアから顔だけ入れて、二人に問いかける。さり気なく部屋全体を見回してみたが、さして気になるところは無かった。小さく息を吐く。

「パパ、名前決まったよ」
「お、何にしたんだ?」
「あんちゃん。あんこのあんちゃん。女の子だから可愛いのにしたの」
「良いね」

 そこで初めてこのウサギがメスだということを知った。真っ黒だと思っていたが、よく見ると顎の下から腹にかけて白い毛が生えている。

「ケージからは出さないの?」
「まだ抱っこしちゃだめなんだって」

 由里子が飼育本のページを開いてみせる。

「住む場所が変わったばかりでストレスがかかるから、すぐには抱っこしないで見守るらしいよ」
「なるほど」

 美結が寝転がり、ウサギと視線を合わせて足をぱたぱた揺らす。ケージはベッドの反対側の隅に置かれており、その横には買ったばかりの牧草とペレットの袋があった。

「草の匂いが少しするくらいで全然臭くないね」
「ウサギは毎日トイレ掃除すればそんなに匂わないみたいよ」

 正志がしゃがみ、美結に笑いかけた。

「美結、ちゃんと掃除できるか?」
「できるもん。美結のあんちゃんだし」
「そうかそうか。えらい」

 ウサギを観察してみるが、大人しく座っている。どこかを見つめることもなかった。

「暴れないね」
「きっと大人しいんだよ。慣れたら部屋んぽしたいの」
「部屋んぽ?」
「お部屋を散歩することだよ」

 美結が誇らしげな顔をする。正志が頭を優しく撫でた。

「あんちゃんをケージから出せるようになったら、パパにも触らせて」
「あんちゃんが怖がらなかったらね」
「分かったよ」

 一旦、あんを夜までそっとしておくことにし、三人で一階に下りた。リビングではまだ正章がスマートフォンとにらめっこをしていた。

「どう?」

 難しい顔をした正章が答える。

「きなこにした」

 それを聞いた正志と由里子が顔を見合わせる。

「ふふ、二人合わせておもちみたいね」
「なんで?」
「だって、わんちゃんがきなこで、ウサちゃんがあんこのあんちゃんだから」
「そうなの?」

 正章が驚いて美結を見遣る。美結はよく理解していなかったらしく、由里子の言葉に口を大きく開けていた。

「た、確かに! おいしそう!」
「美味しそうって……別にいいけど」

 こうして、宮下家に一匹と一羽の家族が新たに加わった。
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