幸運な家族

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三森

黒い靄の男

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「きなこ、前回のランキングに十位で載ってた。せっかく載ってないのにしたのに」
「まあまあ、正章が気に入ったものにしたんだからいいじゃないか」
「うん」

 翌朝、起きて早々正章がため息まじりに言った。ケージの前できなこに謝る始末だ。

「良いと思って付けたんだろう?」
「でも、ありきたりじゃ嫌だ」
「じゃあ、変える?」

 正志が聞くと、正章は首を振った。

「変えるのはもっと嫌だ」
「はい、朝ごはん食べちゃって」

 由里子が皿をテーブルに並べる。そのまま二階に上がっていった。二人が椅子に座ると、ほどなくして目を擦る美結を連れて戻ってきた。

「まだ眠い」
「もう八時になるよ」
「日曜日じゃん」

「あんちゃんも待ってるよ」
「そうだった」

 ぱっと瞳を輝かせて、椅子にどかりと座って手を合わせた。

「いただきまーす!」

 寝起きとは思えない食べっぷりに、由里子が苦笑いで隣に座った。

「詰め込まないで。喉に引っかかるよ」
「だって、あんちゃんがお腹空かせてるかも」
「あんちゃんは牧草をたっぷりあげてあるから大丈夫よ」

 それでも美結は食べるのを止めず、家族で一番早く食べ終えた。

「ごちそうさまでした。あんちゃんのところにいってきまーす」

 ものの十分も経たず慌ただしく去っていく。残された三人は大人しく朝食を終え、落ち着いたところで正志が切り出した。

「昨日のこと、ママにも話したから。一度専門家を呼ぶことにしたよ。調べてもらえば安心できるだろ」
「うん。ありがと」

 人の恐怖というものは「分からない」から発生する。何か不可解な出来事が起きても、理由が分かればなんてことはない。しかし、どうして起こるのか分からないと、余計なことを想像して実際に起きてはいないことまで増幅させてしまう。

 正章も詳しい人間が調べてくれるということで、すでに表情は安心したものになっていた。

「ごちそうさま。きなこ、お待たせ」
「正章、自分が食べた食器はシンクに置いて」
「そうだった」

 かちゃかちゃ音を立ててシンクに食器を置く。早足できなこの元に戻った。

「ケージの外に出してもいい?」
「きなこが出たがってるならいいと思うよ。とりあえず開けてみたら?」
「分かった」

 ケージの入り口を開けると、しばらくケージ内をうろうろしていたきなこだったが、やがてそろそろと出てきた。正章がわっと声を上げる。

「やった」
「まだトイレを覚えてないからずっとは出しちゃ駄目よ」
「うん」

 きなこの後を正章がついていくと、ドアの前で立ち止まった。

「わんッ」

 きなこが一鳴きし、ドアに前足を当てた。由里子がきなこを抱き上げる。

「あらあら、ドアが傷ついちゃう」
「爪とぎするのは猫だろう」
「あ、そうだっけ」

 正志に言われてきなこを下ろすと、きなこはまたドアに前足を当てた。

「廊下に出たいのかな」

「まだ何も教えていないし子犬でやんちゃかもしれないから、リビング以外は止めておこう」

「分かった」

 正章が抱き上げてソファに座るが、きなこはされるがまま腕の中にいた。

「可愛い」
「ウサギと違ってお外で散歩が必要だから大変よ」
「毎日学校まで歩いてるんだから、その辺の散歩なんて平気」
「それもそうね」

 きなこがむずむず動き出したので、リビングの端に設置してあるトイレに連れていく。期待して待っていたが、何も出ず正章は肩を落とした。

「そんなにすぐは上手くいかないよ。本にも一か月くらいかかるって書いてあった」

 正志が立ち上がってリードを持った。

「気分転換に散歩に行こうか」
「行く!」
「上着着ていってね」

 十月は暖かさが残っているが、朝は風が吹くと寒い日もある。由里子がジャンパーを渡すと、正章は文句を言わずに着て玄関へ急いだ。

「いってきます」
「いってらっしゃい」

 散歩だと理解しているのかいないのか、きなこはリードを付けられながら尻尾を激しく振っていた。

「わんわん!」

 きなこが廊下にいる由里子に向かって吠える。

「きなこもいってきますって言っているのかしら」

 由里子は微笑ましく二人と一匹を見送った。

「美結」

 先ほどから物音を立てない美結の部屋を覗いてみれば、美結はケージの前で寝転んであんを見守っていた。約束を守り、ケージからは出していない。由里子はそっとドアを閉めた。

 一階に下り、玄関に置いてあるじょうろを手に取り外に出る。庭に設置されている水道の水をそこに注ぎ、畑の水やりをした。

 最初はなんとなく始めたことだったが、こうして芽が出ているのを見ると愛着が湧いてくる。

 順番に水やりをしていると、由里子の背後、家の敷地ぎりぎりのところに黒い靄が現れた。

「ふう」

 由里子が立ち上がる。黒い靄が人の形を作り、先ほどより由里子に近づいていた。

「……え」

 家に戻ろうとじょうろに目を向けたところで、それが太陽の光で反射し、黒い何かが映っていた。由里子が振り返る。さらに明確になった黒い靄は、袴を着た男であった。

「うわぁぁッ」
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