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三森
佐野川神社
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「さて」
翌朝、子どもたちを送り出した由里子はバス停でバスを待っていた。
「お早う御座います」
一人で待っていたはずが、いつの間にか後ろに里原が立っていた。いつも通り、機嫌の良さそうな顔をしている。
「お早う御座います」
「朝からどこかへお出かけですか」
「はい、家族の御守りを買おうと思って神社に」
里原の左頬が一瞬歪む。
「神社、なるほどそうですか。遠いですからお気をつけて」
「有難う御座います。気を付けます」
そう言って、バス停には並ばずに去っていった。由里子が頬に手を当てる。
「朝のお散歩かしら。健康的ね」
時刻通りであれば、あと三分でバスが来る。車の一台も通らない道路を眺めていると、その反対側で小松が犬を散歩させているのが見えた。
声をかける前に気付いた小松が会釈する。こちらも同じように返せば、小松は犬に引っ張られながら遠くなっていった。
「小松さんも犬を飼ってるんだ。あれは……マルチーズ、かしら」
犬種に詳しくないうえ距離があったので自信無く呟く。そうしている間にバスが目の前で停車した。
財布を取り出そうとしたところで後ろのドアが開き、乗ってみるとそこに整理券を見つけた。整理券を取り、すぐ後ろの席に座る。
乗客は由里子を含めて三人だけだった。このバスは数駅先の主要駅まで行くバスなのだが、平日ともなると需要は想像以上に無いらしい。
車窓から広がるのどかな景色を眺める。畑には案山子が立ち、そこに烏が一羽とまっていた。由里子が口元に手を当てる。
少し進むと、見慣れぬ男が歩いていた。右手には巾着袋が一つぶら下がっている。
──家が少ないって言っても、まだ知らない人は沢山いるだろうな。
町内会の集まりでもあれば、顔馴染みも増えるかもしれない。ただ、引っ越してきて一か月が経とうとする中、まだ回覧板は回ってきたことがない。
──まあ、そんなにお知らせするようなこともないわよね。
途中、乗客が一人降り、車内はいっそう静かなものになった。優先席に座っている初老の男性は目を瞑り、こくりこくりと舟を漕いでいた。
陽の光が窓を通り抜けて、由里子も欠伸をする。間もなく眠りにつくというところで、降りる停留所の名前が聞こえた。
はっとして降車ボタンを押す。人の多い都会とは違い、ここでボタンを押さなければ、きっと終点まで停まらないだろう。
ぽつんと一人、バス停から歩き出す。目指す神社は目の先で、ここからでも窺うことができた。
山の中にあった三森神社とは違い、こちらの佐野川神社は住宅地の中にあった。開けた場所にあるだけで明るく見え、初めて来た由里子も気軽に足を踏み入れることができた。
石段を上り、鳥居の手前から奥を覗くと、神主が箒で落ち葉を掃いていた。ほっと胸を撫で下ろす。
鳥居をくぐり、神主に会釈してまずは参拝する。賽銭箱に縄もかかっていない。清々しい気持ちで手を合わせた由里子は振り返って辺りを見渡した。
数人並んでいる授与所へ近づく。目当ての御守りがずらりと並んでいた。
──厄除け、家内安全、この辺りかしら。
巫女が御守りの受け渡しをしている。少なくとも、ここには二人は常駐しているらしい。きっと、正月になればもっと巫女が増えるだろう。
規模も三森神社より大きく、ここが市内一番の神社なのかもしれない。
前の人がいなくなっても悩む由里子に神主が話しかけた。
「お悩みはありますか?」
由里子が顔を上げて神主を見た。顔に手を当てたが、神主は微笑んでこちらを見ているだけだった。短く息を吐いて、由里子が答える。
「引っ越してきたので、こちらでの御守りを買おうかと思ったのですが、種類が多くて迷ってしまって」
「そうですか。特にお困りごとがないのであれば、こちらをお求めの方が多いですよ」
差し出された御守りには家内安全と書かれており、その下に神社の名前が、名前を囲うように猫の輪郭が刺繍されていた。
「猫、可愛いですね」
「佐野川では猫が町民を救ったという昔話が伝えられているのです」
「そうなんですか」
由里子は勧められた御守りと、厄除けの札を選んだ。
「最初、近所なので三森神社に行ってみたのですが、あそこはもう管理されている方がいらっしゃらないみたいで」
「ああ、三森さんですか」
世間話ついでに話題に出してみると、神主が納得がいったように頷いた。
「あそこは昨年亡くなられて、後継者もいらっしゃらず取り壊すことにしたと伺っています」
「はぁ、取り壊しですか。だから、縄でくくられていたり土が掘り起こされていたんですね」
「はて、まだ途中なのですか」
不思議そうな顔をしながらも、神主は他の参拝客に話しかけられて話はそれで終いとなった。
由里子は首を傾げながら佐野川神社を後にする。帰りのバスはまだ三十分先なので、神社の近くを散歩することにした。
「途中なのか疑問に思ったってことは、あの状態が正常じゃないっていうことよね」
先ほどの会話を思い出してみる。考えれば考える程、あの神社の状態がおかしなことに思えた。
「そういえば……」
庭に現れた男の霊は袴姿をしていた。それは佐野川神社の神主とよく似ていた。由里子が神社の方を振り返る。
「幽霊は、神社の人……? まさか、三森神社の……」
由里子が俯いて首を振る。目に入った店に早足で入った。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
そこは駄菓子屋だった。十一円から数百円まで、お手頃な値段の商品が並んでいる。入口にあった小さいカゴを掴み、駄菓子をいくつか入れ会計を済ませた。沢山買ったつもりだったが、二百七十一円しかかからなかった。
「ふふ、なんか懐かしくなっちゃった」
神社の周りを一周したところでバスの時間になった。帰りは最寄りの停留所まで三人いたので由里子の表情は明るかった。
翌朝、子どもたちを送り出した由里子はバス停でバスを待っていた。
「お早う御座います」
一人で待っていたはずが、いつの間にか後ろに里原が立っていた。いつも通り、機嫌の良さそうな顔をしている。
「お早う御座います」
「朝からどこかへお出かけですか」
「はい、家族の御守りを買おうと思って神社に」
里原の左頬が一瞬歪む。
「神社、なるほどそうですか。遠いですからお気をつけて」
「有難う御座います。気を付けます」
そう言って、バス停には並ばずに去っていった。由里子が頬に手を当てる。
「朝のお散歩かしら。健康的ね」
時刻通りであれば、あと三分でバスが来る。車の一台も通らない道路を眺めていると、その反対側で小松が犬を散歩させているのが見えた。
声をかける前に気付いた小松が会釈する。こちらも同じように返せば、小松は犬に引っ張られながら遠くなっていった。
「小松さんも犬を飼ってるんだ。あれは……マルチーズ、かしら」
犬種に詳しくないうえ距離があったので自信無く呟く。そうしている間にバスが目の前で停車した。
財布を取り出そうとしたところで後ろのドアが開き、乗ってみるとそこに整理券を見つけた。整理券を取り、すぐ後ろの席に座る。
乗客は由里子を含めて三人だけだった。このバスは数駅先の主要駅まで行くバスなのだが、平日ともなると需要は想像以上に無いらしい。
車窓から広がるのどかな景色を眺める。畑には案山子が立ち、そこに烏が一羽とまっていた。由里子が口元に手を当てる。
少し進むと、見慣れぬ男が歩いていた。右手には巾着袋が一つぶら下がっている。
──家が少ないって言っても、まだ知らない人は沢山いるだろうな。
町内会の集まりでもあれば、顔馴染みも増えるかもしれない。ただ、引っ越してきて一か月が経とうとする中、まだ回覧板は回ってきたことがない。
──まあ、そんなにお知らせするようなこともないわよね。
途中、乗客が一人降り、車内はいっそう静かなものになった。優先席に座っている初老の男性は目を瞑り、こくりこくりと舟を漕いでいた。
陽の光が窓を通り抜けて、由里子も欠伸をする。間もなく眠りにつくというところで、降りる停留所の名前が聞こえた。
はっとして降車ボタンを押す。人の多い都会とは違い、ここでボタンを押さなければ、きっと終点まで停まらないだろう。
ぽつんと一人、バス停から歩き出す。目指す神社は目の先で、ここからでも窺うことができた。
山の中にあった三森神社とは違い、こちらの佐野川神社は住宅地の中にあった。開けた場所にあるだけで明るく見え、初めて来た由里子も気軽に足を踏み入れることができた。
石段を上り、鳥居の手前から奥を覗くと、神主が箒で落ち葉を掃いていた。ほっと胸を撫で下ろす。
鳥居をくぐり、神主に会釈してまずは参拝する。賽銭箱に縄もかかっていない。清々しい気持ちで手を合わせた由里子は振り返って辺りを見渡した。
数人並んでいる授与所へ近づく。目当ての御守りがずらりと並んでいた。
──厄除け、家内安全、この辺りかしら。
巫女が御守りの受け渡しをしている。少なくとも、ここには二人は常駐しているらしい。きっと、正月になればもっと巫女が増えるだろう。
規模も三森神社より大きく、ここが市内一番の神社なのかもしれない。
前の人がいなくなっても悩む由里子に神主が話しかけた。
「お悩みはありますか?」
由里子が顔を上げて神主を見た。顔に手を当てたが、神主は微笑んでこちらを見ているだけだった。短く息を吐いて、由里子が答える。
「引っ越してきたので、こちらでの御守りを買おうかと思ったのですが、種類が多くて迷ってしまって」
「そうですか。特にお困りごとがないのであれば、こちらをお求めの方が多いですよ」
差し出された御守りには家内安全と書かれており、その下に神社の名前が、名前を囲うように猫の輪郭が刺繍されていた。
「猫、可愛いですね」
「佐野川では猫が町民を救ったという昔話が伝えられているのです」
「そうなんですか」
由里子は勧められた御守りと、厄除けの札を選んだ。
「最初、近所なので三森神社に行ってみたのですが、あそこはもう管理されている方がいらっしゃらないみたいで」
「ああ、三森さんですか」
世間話ついでに話題に出してみると、神主が納得がいったように頷いた。
「あそこは昨年亡くなられて、後継者もいらっしゃらず取り壊すことにしたと伺っています」
「はぁ、取り壊しですか。だから、縄でくくられていたり土が掘り起こされていたんですね」
「はて、まだ途中なのですか」
不思議そうな顔をしながらも、神主は他の参拝客に話しかけられて話はそれで終いとなった。
由里子は首を傾げながら佐野川神社を後にする。帰りのバスはまだ三十分先なので、神社の近くを散歩することにした。
「途中なのか疑問に思ったってことは、あの状態が正常じゃないっていうことよね」
先ほどの会話を思い出してみる。考えれば考える程、あの神社の状態がおかしなことに思えた。
「そういえば……」
庭に現れた男の霊は袴姿をしていた。それは佐野川神社の神主とよく似ていた。由里子が神社の方を振り返る。
「幽霊は、神社の人……? まさか、三森神社の……」
由里子が俯いて首を振る。目に入った店に早足で入った。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
そこは駄菓子屋だった。十一円から数百円まで、お手頃な値段の商品が並んでいる。入口にあった小さいカゴを掴み、駄菓子をいくつか入れ会計を済ませた。沢山買ったつもりだったが、二百七十一円しかかからなかった。
「ふふ、なんか懐かしくなっちゃった」
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