幸運な家族

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片山

不動産屋

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 由里子が不動産屋のドアを重苦しく開く。三十前後の男性がこちらを見て立ち上がった。家を購入した時に担当してくれた木下だ。

「いらっしゃいませ」

 由里子の顔を覚えているのかいないのか、態度だけでは測れない。こうなってはどうにも愛想笑いの裏側を勘繰ってしまう。

 今日、由里子は引っ越しの時に世話になった不動産屋へ来ていた。元々、正志が勤める会社の近くを探していたため、ここは隣の市にある。

「あの、宮下ですけど」
「はい。お世話になっております。今日はいかがなさいましたか?」

 座るよう促され、受付の向かいに腰を下ろした。隣の椅子に鞄を置く。

「突然すみません、ちょっと確認したいことがありまして。あそこで以前、どなたかが亡くなったという記録はありますか?」

 その問いに木下は目を丸くさせた。両手を大きく振る。

「いえいえ、そのような記録は御座いません。それに、もし殺人や自殺がありましたら、瑕疵物件としてご案内しなければならないことになっていますから」

 瑕疵物件であるという説明は一切受けなかった。つまりはそういうことなのだ。しかし、それでは家で起きる不可解な出来事の説明がつかない。

 由里子が唯一視る件の男もおそらく家を指していた。何かなくてはおかしいのだ。

「そうですか。じゃあ、亡くなった方がいなくても、事故が起きたとかは。あとは、家じゃなくても、家の前の道路で交通事故が遭ってそこで亡くなった方がいるとか」

「ううん……そうですねぇ……」

 木下が目の前のパソコンで検索してみるが何もヒットせず、しかし由里子が食い下がる様子も無く、時間ばかりが過ぎていった。

「申し訳ありませんが、そういったことは起きていないようです。私どもも物件の詳細はもらっていますが、そこに書いてある以上のことは分からないものでして」

「そうですか……」

 由里子が俯く。一縷の望みをかけて来てはみたものの、何も成果は得られなかった。

「最後に一ついいですか。あそこは家が建つのが初めてだと伺ったのですが、ずっと更地だったか分かりますか?」

 あまり期待せずに聞いたところ、木下が明るい声で答えた。「それなら分かりますよ」

「本当ですか」由里子が体を前のめりにさせる。

「はい。ええと、更地ではなく、倉が建っていたみたいですね」木下が言った。

「倉、ですか」思いがけない答えに、由里子の声が強張った。



「有難う御座いました」

 九十度に腰を曲げる木下に会釈し店を出る。由里子は硬い表情のまま電車に乗り込んだ。

『家が建つのは初めてやち思いますよ』

 以前言われた小松の言葉を思い出す。確かに、あそこに家が建つのは初めてらしい。しかし、ずっと倉が建っていたのだとしたら、あの時に説明してもよかったのではなかろうか。

 何故、彼女は言わなかったのか。質問の答えとはややずれていたから、言わなくても彼女が悪いということはない。しかし、わざと隠したのだとしたら。

──町の人たちはみんな笑顔で優しいけど、本当に信用できるのかしら。

 彼らは宮下家を歓迎してくれた。嫌がらせを受けたこともない。むしろ、全員が優しくしてくれる。あちらから声もかけてくれる。そんな彼らを疑うなど申し訳ない気持ちもある。

 ただ、一年間誰も買い手がつかなかった家、必要以上の優しさを掛け合わせると、何やら裏がありそうに思えるのが本音だった。

──林さん。

 そんな中、唯一由里子側と言えるのが林だった。

 彼女は三江木町の出身ではなく、由里子寄りの意見も言ってくれた。林であれば、宮下家の味方をしてくれるかもしれない。懸念は林の夫だ。

「旦那さんは家で遊ぶなって言ってたんだから、町側の人ってことよね。相談するなら林さんだけにしないと」

 電車に揺られながらスマートフォンを見つめる。林の画面を開き、タップしようとして止めた。そっと目を閉じる。

 バスと同じで電車も人気が無い。そもそも三両編成なところだけ考えても、需要が少ないことが窺える。

 最寄り駅に着き、十五分程待ってバスに乗り換える。駅前にあった住宅が段々と少なくなり、山と田んぼ、畑ばかりの中にぽつぽつあるだけになった。

 自宅がある山が見えたところで、山に向かってお辞儀をする者がいた。

──前にもこんなことがあった気がする。

 そこまで大きな山ではないが、ハイキングに来た者が山に礼でも言っているのだろう。そう思ったところで、ふとあることを思い出した。

──あの山のお地蔵様って、どこのだったのかしら。
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