幸運な家族

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片山

家族は守る

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 由里子は思わず正章の手を引っ張り、自分の後ろに隠した。振り返って聞く。

「足って、人間のよね?」
「うん」
「初めて視た?」
「うん。一階は匂いがするだけだった」

 由里子はそのまま蹲って、大声を上げたくなった。床に寝転がって暴れたくなった。そっと正章を抱きしめる。

「視えなくてごめん。怖いよね。明後日専門家の人が来てくれるから、その時聞いてみましょ」
「うん」

 天井さえ見上げなければ平気だと言う正章の言葉を信じ、由里子は手を繋いでリビングに連れていった。

「美結を見てくるから、怖いことがあったら窓を軽く叩いて」
「分かった」
「すぐ戻ってくるね」

 廊下では前だけを見て、玄関を抜けて外へ出た。相変わらず笑顔で自転車に乗っている。由里子が庭に出たのを見て、こちらに手を振った。

「そろそろ止めようね」
「もっと乗りたいぃ」
「また明日にしよう。ママと一緒なら道路に出てもいいから」
「分かった!」

 その場に乗り捨てようとしたので、正章の自転車が置いてある隣を指差して片付けさせる。

「自転車は必ずここに仕舞って。特に敷地外には置かないこと。分かった?」
「うん」
「あと、これは鍵。家ではママが預かっておくから、自転車を使いたい時は言って」
「分かった。あー楽しかった!」

 美結が機嫌良く先に家に入る。由里子が右手を伸ばしたが、特に何事も無く廊下を歩いていく姿にほっと胸を撫で下ろした。

「美結は全く視えないのよね。平和でいいわ」

 正章曰く、美結の部屋には幽霊が出るらしい。万が一そのことを知られたら、視えないにしても怖がって一人では寝られなくなるかもしれない。美結はまだホラー映画すらまともに観たことがない十歳の子どもなのだ。

 リビングに戻ると、正章が黙々と宿題をしていた。

「手洗いはキッチンでしたよ」
「うん」

 正章の隣に座る。

「ねえ、二階で一度人を視たことがあるのよね」
「そうだよ」

 目を合わせずに正章が答える。

──そうしたら、もしかしてあの足は。

 嫌な予想に辿り着いて小さく首を振る。

「とりあえず、廊下を歩く時は天井を見ないようにしよう」

 ありきたりな提案しかできず、頷く正章に由里子は顔を伏せた。

「ママ~おやつ食べるの忘れてた」

 そこへ明るい調子で美結が入ってきた。由里子が立ち上がり、昨日買っていたドーナツを皿に載せて差し出す。

「どうぞ」
「やったぁ、いただきます」

 ドーナツを頬張る美結を見て、正章が呆れた顔をさせた。それでも、正章が美結に家の現状を伝えたことはない。

「正章も食べる?」
「うん」

 宿題が終わるのを見計らって正章にもドーナツを出す。手を洗ってきた正章は、両手で持ってもそもそと食べ始めた。

「美味しくないなら、美結にちょうだい」
「美味しくないとは言ってない」
「なぁんだ」

 食べ終えた美結が食器をシンクに置くと、早々に二階へ上がっていった。

「あんちゃん~」

 二階の廊下で言ったであろう声がリビングにまで届く。由里子が吹き出した。

「大きな声ねぇ」
「あれくらい鈍感なら僕も幸せなのに」
「正章は霊感があるのかしら」
「こんなこと、引っ越すまで一度も無かったよ」

 由里子が正章を抱きしめる。正章は黙ってそれを受け入れた。

「正章も美結も、ママたちが守るから。できることは全部やる。心配しないで」
「……僕だって、皆を守れるよ。僕は平気」
「正章」

 息子の強さに、由里子は離れる際、彼の左手をぎゅうと両手で包んだ。守ると言っても、誰かに頼ることしかできない自分が歯がゆい。

「まずは金曜日ね」
「しっかり説明してよ」
「うん。正章から聞いたことは全部メモしてあるし、大丈夫よ」

 スマートフォンのメモ画面を見せる。正章が頷いた。

「僕が帰るまでその人いるかな」
「十三時約束だから、難しいかもね」
「そっか。じゃあ、結果だけ聞く」

 正章が立ちあがるので、由里子もそれに続く。リビングのドアを開ける寸前、声をかける。

「気を付けて」
「何かされるわけじゃないから。多分」

 思い切りドアを開ける。廊下に足を一歩踏み入れたところで一瞬止まるが、早足で階段を上っていった。

 由里子が例の場所を見つめてみるが、何の気配もしない。

 一方、庭の男は由里子にははっきり視えるのに、正章が言ってきたことはない。偶然遭遇していないか、全く視えていないかのどちらかだ。

「相性とかあるのかしら」

 正章が言っていたのと同じように、由里子自身も引っ越してくるまで幽霊の類と出会ったことはなかった。今でも気のせいだと思いたいくらいの稀有災難だ。

「ああ、やだやだ。今日寝て起きたら金曜日になっていたらいいのに」

 由里子がリビングのドアをゆっくり閉めた。
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