幸運な家族

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片山

元凶

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「どうもこんにちは。片山です」
「……こんにちは」

 待ちに待った金曜日、時間きっかりに片山がやってきた。胡散臭いお札まみれでもなく、坊主頭でもなく、ぼさぼさ頭の黒髪をした、ある意味怪しい風貌の男だった。大きなサングラスとマスクが顔を隠して、あまり表情が窺えない。

「失礼しました。あまり外気を吸い込むと良くないので、マスクをしていたんです。外しますね」

 そう言って片山がマスクを外す。半分でも顔が見られて少しだけ正志と由里子は安心した。

 サングラス越しに片山と目が合う。

「あ、怪しい見た目だなって思ったでしょう」
「いえ、そんな」
「正解です」

 片山が両手で二つ丸を作る。

「小綺麗な恰好をしていると目立ちますから。だから、景色に溶け込めるよう、地味な見た目にしているんです」
「目立つって、誰に」
「誰にでも、ですよ」

 瞳を三日月にさせながら言う片山自身が、何か得体の知れない者に思えた。

 由里子と正志が顔を見合わせながらも片山を家に上げる。彼は靴を揃えたところで真上を見上げて言った。

「ああ、厄除けの札ですか」

 玄関のドアの上に貼られた札を見遣る。

「ええ、市内の神社で受けたものです。気休めかもしれませんが」
「ん~……、あまり良くないですね。ここに貼った理由を伺っても?」

 やんわりと注意され、由里子が右手を口元に当てて眉を下げる。

「息子が廊下が臭いと言っているので、ここなら廊下見下ろせてちょうどいいかと思いまして」

「なるほど。考え方は宜しいと思います。ただ、札にはルールがあるので、それに従っていただけると効果が得られて良いですよ」

「ルールがあったんですね。すみません、把握していなくて」

「いえいえ」

 夫婦にくるりと向き直った片山が、階段の方角を指した。

「そうですね。札は北側、太陽に文字が向くように貼ります。後は東から昇る太陽に向かって西側に貼ってもいいですね。貼る時は水回りに文字が向かないように気を付けてください」

「なるほど、勉強になります」

 由里子が口元を固くさせて頷いた。

 今貼られている場所は玄関、つまり南側で、説明とは逆の位置になる。道理で何も効かないと思っていた。

「俺が剥がしておくよ」
「ありがとう」

 正志が踏み台を用意している横で、由里子が片山についた。

「どうでしょう。何か感じますか」
「感じますよ。それはもう、玄関を開ける前から」
「そんな」

 由里子が驚愕の表情で正志に視線を送る。玄関の棚に札を置いた正志は、何も言えず片山を見つめるばかりだった。

「さて、異変が起きているということですが、まさにこの場所ではありませんか?」

 大黒柱の前で片山が両腕を広げた。正志と由里子が何度も頷く。

「はい、そうです。何が視えますか?」

 本物・・の意見に正志の顔が高揚する。片山は腕組みをして唸りながら答えた。

「ううん、難しいですが、和服の女性が視えます。ただ、ここで亡くなったわけではない。違うところから連れてこられたのだと思います」

「女性……」

 以前、正章が美結の部屋で誰かを視たと言っていた。その幽霊が女性であれば、同一人物だろう。どれだけ正章が恐怖とともに生きてきたか考えると、何もすることができず親として情けなく思う。

 それにしても、家で異変があり、子どもが幽霊を視たらしいことは伝えていたものの、こうも的確に当てられるとあまりの非日常さに眩暈がしてくる。正志は鳥肌の立った腕をこっそりさすった。

「さて、元凶を探りましょう」

 片山は鞄から小ぶりの鈴を取り出し、右手で吊るすように持った。由里子がそれを覗いて言う。

「それは?」

「単なる鈴です。ただし、中身は何も入っていません。これがなかなかの優れものでして、霊的現象に近づくと鳴るんですよ。私にしか聞こえない音ですがね」

「なるほど」

 鈴を柱に当て、段々と下にずらしていく。どうやら、すでに場所の検討はついているらしい。ゆっくり動いていく様を正志たちは固唾を呑んで見守った。

「やっぱり、大黒柱ですか? 大黒柱にしてもやけに大きいと思っていたんです」
「しっ、そろそろ音が大きくなってきました」
「すみません」
「パパったら」

 右腕で正志をつつく。その間も、片山は真剣な様子で大黒柱付近に鈴を当てていた。

 次に鈴を近づけたのは棚だった。由里子は、棚の上に置いていた日焼け止めが何度も倒れたことを思い出していた。

 片山の動きがぴたりと止まる。

「この中だ」

 片山が棚の下側、花模様の部分を指差した。正志が言う。

「えッ柱ではなくて? ただ、そこは棚の床部分ですから、開いたりはできないんです」
「でも、随分厚さがあると思いません?」
「確かに……」

 言われてみれば、ただの床なら十センチメートルもいらないだろう。模様を付けるための仕様かと思っていたが、一度疑うとおかしい構造に思えてくる。

「この棚は宮下さんが取り付けたんですか?」
「いえ、備え付けでして」
「なるほど、ますます怪しい」

 棚を注意深く観察する片山に、由里子が手を挙げて尋ねた。

「あの、上の子がこの辺りを通ると「臭い」って言うのです。もしかしたら棚から臭っていたのかもしれません。片山さんも何か匂いがしたりしますか?」

 聞かれた片山が目を丸くさせる。

「それはかなり敏感なお子さんですね。世の道理から外れたおかしなものというのは、空気を歪ませます。それを匂いとして感じ取っているんだと思います。私はどちらかと言うと視覚的に感じますね。才能あります、その子」

「そうですか」

「ですから、なるべく元凶から離れた方がいい。できる限り早く」

 正志と由里子が顔を見合わせる。

「やっぱりそうですか。そうですよね……パパ、どう?」
「そうだなぁ。今から探し直すっていうのはかなり骨が折れそうだ」

 聞いてみたものの、由里子自身もすぐここを離れるのは気が向かない様子だ。

「実は、引っ越してきてまだ一か月も経っていないのです」
「どかすことはできないのですか? 傍にいなければ平気なんでしょう」

 正志が少し距離を取りながら尋ねた。片山が立ち上がり、棚に背を向ける。

「どうかな。ちょっと開けても宜しいですか?」
「はい、もちろん」

 正志がばたばた音を立てて二階へ上がっていった。すぐに工具箱を持って戻ってくる。

「釘抜でいけますか」
「多分いけるでしょう」

 二人掛かりで、言い合いながら釘を抜いていく。四か所全て抜き終わり、後は板を外すだけとなった。

「さあ、外しますよ」
「はい」

 片山が黒い手袋をはめ、底板を外す。むわっと生温い空気が漂う。中を覗くと、黒ずんだ石が一つ転がっていた。
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