幸運な家族

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呪い

いる

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 新五が死んだと騒ぎになったのは、その翌日のことだった。ミツの家でもばたばた足音が五月蠅い。ミツは寝床で転がりながら、白い石を眺めていた。

 昨日は帰ったらすぐ川に捨てるつもりだったが、何故か今でも手元に持っていた。窓から漏れる光が石を輝かせる。

『綺麗』

 石の向こうに、何か影が映った。

『ん?』

 石から視線を移してみるが、誰もいない。当たり前だ、家族は体調不良と伝えた自分以外新五の様子を確認しにいっている。新五とミツの家は近所だから、葬式の手伝いもすることになるかもしれない。

──新五が悪い。私はずっと待っちょったのに。

 静かな室内に、外の喧騒が響く。ミツは体を起こし、顔を洗うため外の井戸に向かった。

 水を汲み、井戸桶を引き上げる。顔を桶に張られた水に映すと、そこには舟の顔があった。

『ひぃッ』

 思わず桶を井戸に落としてしまい、遠くの方でぴしゃんと水飛沫の音がした。

『あり得ん。気のせい気のせい』

 深呼吸をしてからもう一度桶を上げて、片目だけ開けて見遣る。不安そうなミツの顔だった。ほっと胸を撫で下ろす。

 手早く顔を洗い、部屋の中に戻ったミツは、布団を頭から被り目を瞑った。いっこうに眠気はやってこないが、目を開けることも叶わず、家族が帰ってくるまで一刻もそのままでいた。

『おミツ、まだ寝ちょったがか』
『のうが悪い言うたろう』

 帰宅した母に咎められたが、具合が悪いことを主張すれば何も言われなくなった。父が口を真一文字にさせてミツを見つめた。

『お母ちゃん、寝かしておこう』
『けんど』
『えいき』

 それをじっとりとした目で見送る。両親が出ていき閉められた障子に女の影が映った。ミツはまた強く目を瞑った。

『これは幻。初めてのことやき、頭が混乱しゆうが』

 ずっと布団に入れていた石を畳に置く。その手に青白い手が重なった。

『ああ……ッ』

 ミツは声にならない声を上げた。体が動かない。それなのに、瞳はどんどん、青白い手の主を見ようと上に向かう。

『あ……ふ、ね……』

 顔が見えた途端、体が動き出した。弾けたように逃げ出す。障子を乱雑に開け、両親のいる部屋に飛び込んだ。

『たまるか。ちゃんと寝ないといかん』
『お父ちゃん! お母ちゃん! あこに、おる……!』
『何が』

 父が開いた障子の先を覗いて不思議そうに問う。

『虫?』

 母がミツに言うが、ミツは俯いて首を振った。

『違う。人が、おった』

 両親が顔を見合わせる。父が近くにあった心張り棒を手に取り、ミツが寝ていた部屋に入る。布団を捲ったり箪笥の奥を見て戻ってきた。

『誰もおらん』
『さ、さっきはおった』
『ミツ、大変なことがあって、ちっくとばぁ混乱しちゅうがよ。寝たら治る』

 両親に諭され、ミツは渋々部屋に戻った。石は変わらず畳に落ちている。それを足で蹴飛ばして、部屋の隅に追いやった。


 翌朝、目が覚めたら熱が出ていた。昨日の幻覚は熱が原因かと父が言った。ミツはそれをぼんやりした頭で聞く。

 新五のことはミツの仕業だとバレてはいないようだった。未来が無い中、それだけが救いだった。

もう誰もいなくなった。ミツは将来の相手を一から探さねばならない。今年で十七だ。ミツはため息を吐いた。

『喉乾いた』

 掠れた声がぽつんとした部屋に響く。誰もやってはこない。じんわり汗の滲んだ体を起こす。布団のすぐ横に石が落ちていた。掛布団で自身の体を顔まですっぽり隠す。

──昨日、箪笥の奥に蹴飛ばしたのに、なんで!?

『お母ちゃん』

 母を呼ぶが、返事は無い。外で洗濯物を干しているのだろう。諦めて、また足で蹴飛ばした。

『明日外に捨てに行こう』

 あの時、持ち帰った自分を恨む。価値の無い石など、その場に捨ててくればよかった。

──舟はまだあこにおるろうか。

 両親の様子から想像するに、まだ吊るされているに違いない。山を越える者は少ないから、ずっと見つからないかもしれない。上手く処理してくれたらしい男に感謝した。

『おまんはもうこの世の者と違う。早う成仏してください』

 ひょおお。

 手を合わせていたら、風が吹いた。隙間風か。春が来たといってもまだ桜が咲くような時期ではなく、冷たい風がミツを縮こませる。

『もう』

 障子窓に文句を言うと目を向ける。舟が立っていた。

『いい加減にして! おまんは死んだちや!』

 布団の中で叫んでみる。外を覗くのが恐ろしくて、そのまま母が部屋に入ってくるまで過ごした。

『おミツ、どういたが?』

 布団をゆすられ、ようやく顔を出す。

『喉乾いた』
『すぐ持ってくる』

 ぱたぱた聞こえる足音に息を吐く。生きている者の音がないと、頭が狂ってしまいそうだった。

──舟が私を呪っちゅう。

 納得すると同時に怒りを覚えた。裏切られた自身は被害者だ。ミツは掛布団を拳で強く叩いた。

 翌日もその翌日も、舟はミツが何をする時にも視界の端にいた。熱が下がり石を河原に捨てに行ったが、夜には布団の横に戻っていた。どうしたらいいのかミツには分からず、日に日に憔悴していった。心配したのは両親だ。

『ミツ、どこが痛い?』
『お医者様は悪いところはない言っちょったのに』

 熱はない。痛いところもない。それなのに、ミツは瘦せ細り、顔色は土気色だった。相も変わらず石はある。そうなると、いつ現れるのか不安に駆られ、反対に持ち歩くようになった。
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