幸運な家族

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呪い

身守喜八

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 そんなある日、ミツの家を訪ねる者がいた。

 父は仕事に出て、母もちょうど外に出ていたため、仕方なく戸を開ける。白髪交じりの中年女性が立っていた。

『あの、突然すみません。この町で、舟と名乗る子を見かけませんでしたか。もう何日も帰っていなくて』

──舟のお母ちゃん!

『ええと、見かけないです』

 右手に持っていた石を手のひらで転がしながら答える。舟の母がそれを見つめた。

『その石、どこで拾ったがです?』

 ミツは石を拳の中に隠して視線を逸らした。

『え? これはその、山で』
『山に落ちちょったがですか?』
『はい』

 女は礼を言って走り去っていった。

『あ、あの人に石を渡せばよかった』

 しかし、追いかける元気はなく、戸を閉めてとぼとぼ部屋に戻った。

『おまんもお母ちゃんのとこ行ったらえいのに』

 そう言っても、青白い足はミツの傍を動かない。

──舟のお母ちゃんが、死体を見つけるかもしれん。

 見つかったところで、目撃者が現れない限り誰が犯人かは分からないだろう。それよりも、今この現状から抜け出すことだけを考えた。

 ただ、困っていることを相談したとしても、その理由は絶対言ってはならない。悩みが増えるだけだ。

『げほッ』

 口元を押さえる。最近、熱の代わりに咳が出るようになった。医者は何ともないというのだから何ともないのだろう。原因を知っているのはミツだけだ。

 こうして、じわじわ弱っていくのか。そう思うと寒気がした。

 一日、一日と体が蝕まれていく。足の先から順番に千切られていくようだ。ミツはとうとう一人で起き上がることができなくなった。

 両親は心配し、町中の医者を駆けずり回ったが、全く回復しなかった。

『おミツ、心当たりはないが?』
『まっこと、どういたことよ……』

 その頃には、舟はミツの傍を離れなくなった。日中はもちろん、目を瞑って寝ていても現れた。降参の道しか残されていなかった。

『石、石が、悪さをしちゅう』

 ミツは懐から石を取り出して両親に言った。

『この石がか……?』
『うん。お舟という子の石らしい。その子のお母ちゃんが言っちょった。私は拾っただけやき、よう分からん』
『早う捨てよう!』

 父が石を取り上げたが、ミツが懇願した。

『いくら捨てても戻ってくるがよ! これ以上怖い目に遭いたくない……お舟を怒らせないで』

 困惑した両親だったが、ミツの言う通り石は丁寧に扱い、捨てる代わりに祈祷師を呼んだ。石に住まう怨念を取り除こうとした祈祷師はその日の夜に死んだ。

 石を触った父は仕事中に右腕を骨折した。

 ミツは祈祷の日から三日三晩苦しみに苦しんで、最期は発狂して死んだ。

 両親は悲しみに暮れ、残された石がこれ以上悪さをしないよう舟を探した。新五の嫁だということが分かった。

 程なくして、山の中から白骨死体が見つかった。新五の両親から聞き舟の母の居場所が分かったが、迎えに行った時には自宅で倒れて死んでいた。餓死であった。

 舟と新五のことを知った町民たちは、舟を不憫に思い、二人を丁寧に埋葬した。

『石は新五が死んだ場所に祭壇を作って祀ろう』

 問題の石は神に託すことにした。すでに死人が複数出ており、とてもではないが素人の出る幕は無い。

『あの子は死んで悪霊になったらしい』

 町のあちこちで噂話が立った。五十年ずっと山の近くに住んでいる男が言った。

『あこは死畏山しいやまじゃ。死んだら畏れるものになるところ。やき、ほがなとこで息絶えたら畏れにもならぁよ』

 それを聞いた他の人間がある提案をした。

『可哀想にのう。石はほれ、町外れの喜八さんがおるろう。あの人に頼むとえい』
『おお、仙人か』

 喜八とは、人と馴れ合わず、たまの困りものの時になるとふらりとやってきては不思議な力で解決していく男だ。人は彼を仙人と呼んでいた。

 石は厳重に布袋で何重にも包まれ、役人とミツの父親で喜八の家を訪ねた。

『喜八さん』

 戸を何度か叩くと、無精髭を生やした白髪の男がぬう、と顔を出した。袋を見た途端、目を限界まで見開かせた。

『たまるか! 随分禍々しいもん持っちゅうねや、おんしら死ぬぞ』

『やき、喜八さんにこれを処理してもらおうと来たがです。祀る祭壇はこちらで用意しますき、やってくれませんか。もちろん、金も出します』

『金は後でえい。とにかく、すぐ準備に取りかかる』
『有難う御座います!』

 二人は喜八から厄除けの札をもらい、そそくさと帰っていった。喜八が中に入ると、部屋に心配そうな顔をする男がいた。

『お父、平気なが? それ、ずっと怒っちゅう』
『ああ。けんど、誰かがせんともっと大変なことになる』

 息子は玄関先に立つ舟に怯えた様子だったが、喜八よりそういう類に巻き込まれない方法を学んでいたため、舟の呪いを回避しながら生活を送ることが出来た。

 二日して、祭壇が仕上がった。

『ここに』

 喜八が祭壇を指定したのは、新五が死んだ場所だった。役人がここで起きた出来事を伝えると、喜八は納得した。

『ここだけ、石の呪いは弱まる。お舟も分かっちゅうがよ』

 すぐに祭壇の上に石を置き、喜八が祭壇の周りにぐるりと札を貼って回った。

『これで収まりますか?』

 役人が不安そうに尋ねる。喜八は首を振った。

『これだけでは駄目だ。石を封印する倉を建てて、石の傍にお舟を落ち着かせる御守りか何かを置いた方がえい』
『御守りは何でも?』
『まあ、気休めやき。お舟が持っちょったものか、服の一部を埋め込んで作ろう』

 舟はとっくに埋葬されていたため今さら掘り返す気にはなれず、結局、舟が住んでいた家から服の端切れをもらって、子どもの人形が作られた。

 それを石の横に置き、舟の子どもとして一緒に祀った。

 喜八の言う通りにしたためか、以降舟の呪いで死ぬ者は現れなかった。やがて、石を見張る目的で近くに神社が建てられた。初代神主は喜八が担い、身守と名乗るようになった。

『お舟、舟子と静かに眠っておくれ』

 舟は幸せだった。

 幸せになるはずだった。

 夫になる男は殺され、
 生まれてくる子どもも殺され、
 自分も殺された。

 舟は必死に生きてきた。ただ、それだけだった。
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