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勘助の目

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 勘助が腹をさすって笑うものだから、半次郎は勘助をぎゅうぎゅうに抱きしめた。

「あったけぇ。子どもの体温だ」
「あはは。苦しいよ」
「そうか、すまん」

 布団を敷き、二人で並んで寝転がる。勘助が使っているのはミツの布団だ。もう出番は無いと思っていた半次郎は不思議な気持ちになる。

 ミツがいなくなって一人になって、もう家族は持たないものと思っていた。父と母もすでにいない。寡男として、寂しく、何とはなしに生きていくものだと。

 それがどうしたことか。すぐ横から可愛らしい寝息が聞こえてくる。こんなにも可愛らしい生き物をぽいと捨てるなんて、実の親なのに考えられない。

 何かのっぴきならない理由があるのかもしれない。それでも、子どもというものは自分の命を投げうってでも守るべきものだ。それは半次郎自身が守られて生きてきた幸せ者だからそう思うのだろうか。

──知らない人の考えなんざよく分からねぇ。とにかく、今出来るのは勘助をしっかり守ることだけだ。

 勘助の体はとても薄い。少し食べただけで満腹になってしまうらしかった。きっと、今までろくに食べ物を与えられていなかったのだろう。今日は腹がぽっこり膨れていた。毎日もっと食べて、ぷくぷくと健康に育ってほしい。

 家族でもない自分が望むのはおこがましいが、傍にいる子どもの幸せを願うことくらいは許されたい。

──実の家族に代わって、精いっぱい働いてこの子の笑顔を守っていこう。

 つい先日までは廃業を検討していたのに、なんという心境の変化だ。幸せをもらったのは自分の方かもしれない。半次郎は笑みを浮かべながら目を閉じた。





「そろそろ先生が来るぞ」

 翌朝、屋台を引く時間を遅くし、二人は医者を待っていた。

 今日は勘助の目を診てもらうことになっている。勘助が畳の上を行ったり来たりしていると、間もなくして初老の男性がやってきた。

「お早う御座います」
「お早う御座います。宜しくお願いします。ほら、勘助」

 半次郎が勘助を座らせ、背中を優しく叩く。

「お願いします」

 勘助はぺこりと丸い頭を下げて言った。

 医者は、勘助の瞼を持って上下に広げ、眼球の様子を観察したり、目の見え方を尋ねたりした。

 一通り検査が終わったところで、医者が口を開く。

「目が傷ついたりはしていません。物心ついた時には見えづらかったということですから、生まれつきでしょう」
「そうですか」

 半次郎はそれにがっくり肩を落としたが、当の本人はけろりとしていた。

 医者を見送り、二人で家に入る。

──いつもなら薬をたっぷりくれるんだが、さすがに今日は無かったか。

 解決策を見い出せなかったことを申し訳なく思う。勘助がくいくいと半次郎の服を引っ張った。

「先生に診てもらえてよかった。ありがとう」
「そ、そうか。ちょいと早いが昼飯にしよう。昨夜は甘いもんだったから、塩気のあるものを出そうか」
「うん」

 勘助が半次郎の足に抱き着く。重い足を引きずりながら、半次郎は昼食の支度をした。
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