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私は転生した

レベル3000

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 疑問だらけであるが、良い方へ変わるなら文句は何もない。大歓迎だ。ただ、気が付いてしまった。聖人と悪人レベルの変化の度合いが違うことに。

 悪人の反対は聖人ではなく、おそらく善人。つまり、悪人レベルを下げることを行っても、聖人とまでは判断されないということだ。聖人とは善人を超越した何か。むしろ人間を超越しないといけないのでは。

――無理じゃない?

 絶望が全力で突撃してきた。眩暈がする。血圧が二百ある気がする。

 胡威風フー・ウェイフォンの未来は決まってしまった。

 死亡フラグで死ぬか。

 死ぬ気で全てのイベントでこの身を犠牲にしながら攻略するか(イベントで死ぬ可能性有)。

 どちらにしても、死ぬとしか思えない。しかし、取り止めにすることも出来ない。心の中は涙の大洪水だった。



 王都を抜けると、荒野が広がる。なるほど、馬で行かないのか聞くわけだ。胡威風だって、馬でいいのならそうしたい。

 さて、今回の旅は不穏な空気を感じ取ったというよく分からない戯言で始まった。何かしらの確認をして帰らなければならず、胡威風は持っていた扇子で口元を隠し、しばし考え込んだ。

 魔族とのエンカウントイベントが強制発生する前に、弱小魔族を征伐してさっさと帰還するべきだ。とにかく、胡威風のレベルがバレる前に陳雷と別れる。これしかない。

 問題は、悪さをしている魔族がいるかどうかだ。

 魔族が支配する国、恨国こんこくとは常にいがみ合っているが、攻撃をしかけてこない内はこちらも何もしないことになっている。だから、何か起こしてくれないと道を進むしかない。または、知性の低い魔物が森や田畑を荒らしているか。人型ではない魔物の方が魔力が低いので、どちらかと言わなくてもこちらを所望する。

――来い来い来い! 魔物来い! 魔族は来んな!

 そんな願いを充満させながら歩いていくと、にわかに黒い雲が出現した。魔力を放出させた者がいるらしい。まだ迅国の陣地内、悪さをしている魔族が魔物がいるのなら追い払わなければならない状況だ。胡威風の背中に汗が滲む。

「将軍、これは」
「気を付けなさい」

 陳雷チェン・レイが頷き、鞘に手を当てる。胡威風は右手を構えた。空から魔物が近づいてきた。

 魔物は魔族に比べて魔力が低い。それは一般的統計だ。中には魔族を遥かに凌ぐレベルの、それこそ魔族の王に次ぐ幹部に匹敵する程の魔物も存在する。たとえば、今まさに二人の前に下りたった龍魔神のような。

――いやぁぁぁあぁ魔物がいいって言ったけど、こういうのじゃなぁああぃぃ……!

 序盤で起きるイベント以上のイベントが起きてしまった。どういうことだ。終わった。これはさすがに終わった。
 震える手で、印を結び相手のレベルを計る。

[龍魔神
 レベル:3000
 スキル:風爪フォンヂャオ

――さささささんぜん……さんぜん……俺、ろくじゅう……。

 気絶しなかっただけ褒めてほしい。軍に所属して一年未満の新米と、レベル60の上司。絶体絶命とはこのことか。

「東将軍、これは……」

 陳雷の顔が真っ青だ。胡威風も逃げ出したかった。しかし、自分は胡威風なのだ。たしか作中の彼はレベル4000を超えていたはず。手こずるが、尻尾を巻いて逃げていいイベントではない。本来の彼ならば。胡威風は陳雷を突き飛ばした。

「うわッ」
「足手まといだ。お前は先に王都へ戻れ。ここは私だけで相手をする」
「でも、この魔物は上級の」
「戻れというのが分からないか」

 ヒュンッッ!

 魔神の前で呑気に会話をしたのが馬鹿だった。胡威風の命令に食い下がる陳雷へ、鋭い爪が襲い掛かる。咄嗟に清洗を抜き、間に割り込む。

 ガキィィン……!

 硬く、重い感触。こうして動けたのは胡威風の体が覚えていてくれたのかもしれない。しかし、レベル60の体では一度防ぐのが手一杯だろう。今のは小手調べなはずだ。一旦離れた龍魔神を睨みながら叫ぶ。

「だから、足手まといだと言ったろう!」
「胡、威風将軍……背中が……」
「あ……?」

 言われて背中を触る。服が破れている。鎧と同等の防御力を誇る服が。ぬるり、触った箇所の感覚が気持ち悪い。
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