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私は善人になりたい

王都は渡さぬ

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「そうだ」

 魔族は総じてプライドが高い。ならば、それをへし折るまで。

「おいで、一龍イーロン
「キュウ!」

 心なしか頼もしい声を張り上げた一龍が、胡威風の影から姿を現して胸を張った。

「はッ、そんな生まれて間もない未熟な奴に何が出来る。それに頼る程弱いのか、人間」

 胡威風は薄く笑った。

「――その言葉、すぐ絶望に変えてやる」

 印を結ぶ。その横で一龍も構えを取った。胡威風が幼子に囁く。「今回は、ちょっとだけ本気出していいぞ」
 虚勢と判断した魔族がこちらへ右手を掲げた。掌に灰色の、ドロドロとしたモノが溢れてくる。

水泥シュェイニー!」

―――なるほど、あれがスキルの。

 思った瞬間、泥の塊がこちらへ突き刺さろうとする。周りがざわつくが、胡威風は顔色一つ変えずにそれを放った。

「無駄な……炎炎イェンイェン
「キュウウウウウウ!!」

 ゴォオオオオオオッッッッ!

 胡威風に呼応して、一龍が大きな炎を手と口から吐き出した。水泥が一瞬で塵となり、そのまま魔族を飲み込んだ。これでも全力の半分である。

「がッッあああああ!」

 火だるまになった魔族が地に落ちて転がる。

「おおおお! あの魔物凄まじいぞ!」

 敵の魔物と対峙しながらも、一龍の活躍を見ていた兵士が感嘆した。胡威風の体の血肉が湧き上がってくる。

――そうだ。一龍はすごい。そこらの魔物とは違うんだ! みんな知ってくれ、一龍のことを。

「くッ……クソがぁ!」
「ほお、生きている。素晴らしい生命力だ」

 レベルからして死なないとは予想していたが、すぐに動けるとは思わなかった。防御力が高いのかもしれない。胡威風はほっとした。

「今なら逃がしてやるが」
「そんな情けないことを僕がすると……ッッ!?」

 ガスッッ!

 言っている合間に魔族の目の前まで飛び、その両足の間に清洗チンシィを突き刺した。ほんの少し足にも掠ってしまったが、愛嬌だと思ってほしい。今度こそ、魔族の瞳が揺れた。

「次はどこを貫こうか」
「クソックソ虫野郎!!」

 最後まで悪態を吐きながら、魔物を連れて魔族が逃げ出した。方神速ファン・シェンスーは魔族の首の一つでも持って帰った方が喜んだだろうが、さすがにまだそこまで慣れることが出来なかった。なにせ、魔族は肌の色や羽が生えているなど、それぞれ特色を持っているものの、だいたいが人間と変わりない見た目をしているのだ。

 それに今回は大勢の証人がいる。

「帰還する」
「はッ!」

 兵士が胡威風に向かって姿勢を正し、敬礼した。

 今回は法術が専門の法術師たちだけなので、馬で来ている者はなく、全員で飛行して帰還した。誰かとともに空を飛ぶのは初めてでなんだか興奮してしまった。
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